データセンターでのAI開発需要の次に見定める巨大市場は、ロボットだ。現実世界から直接学習し自律的な動作を可能にする「動くAI」を搭載する。日立、安川電機と協業を開始。日本勢の技術と掛け合わせる余地は大きい。

 米シリコンバレーにあるエヌビディア本社のデモルーム。主力製品のAI(人工知能)向けGPU(画像処理半導体)が所狭しと並ぶ室内で、大型スクリーンに同社の将来を占う映像が映し出されていた。

 段差などの障害物がある仮想空間に、少なくとも数百台のヒト型ロボットがずらり。ロボットは縦横無尽に歩き回る。この異様な光景は、一体何を意味するのか。

ChatGPTは目が見えない

 「物理AI」。ジェンスン・ファン最高経営責任者(CEO)の直近の発言に、高い頻度で表れるキーワードだ。現在の生成AIの主用途は、パソコンやスマートフォン上でユーザーの質問に答えたり、文章作成などを補助したりするもの。エヌビディアが考えるその先は、人間の身の回りの世界(物理世界)をAIが操作する巨大な市場だ。

 「Chat(チャット)GPTは目が見えないんだ」。エヌビディアでシミュレーション技術を担当するレブ・レバレディアン副社長はこう言う。ChatGPTの裏側で動くAIモデルはインターネット上の膨大なテキストなどを使って学習している。つまり「形あるものを見たことも触れたこともない」。

 ロボットに超高性能なGPUを追加したとしても、頭脳となるAIが身の回りの世界を知らないのでは、期待する動作は不可能だ。

 物理世界で動くAIは、現実世界を直接学習する必要がある。そこに、学習用のデータをどうやって入手するのかという大きな問題があった。自動運転車の開発のように、膨大な距離をテスト走行することで現実のデータを手作業でこしらえるのが従来の主流だが、途方もないコストと時間がかかる。

エヌビディアは仮想空間上でAIに学習させるプラットフォームを展開する。大量のロボットを使ってAI学習用のデータを作成(下)。現実社会の様々な動作を可能にする(上)(写真=2点:エヌビディア提供)
エヌビディアは仮想空間上でAIに学習させるプラットフォームを展開する。大量のロボットを使ってAI学習用のデータを作成(下)。現実社会の様々な動作を可能にする(上)(写真=2点:エヌビディア提供)

 エヌビディアが提供するのは、「オムニバース」と呼ぶ現実を忠実に再現するシミュレーション技術だ。仮想空間上で学習データを合成し、それをAIに学ばせることでコストを大幅に縮減できる。冒頭で紹介した無数のロボットは、仮想空間を歩き回ることで合成データをつくっていたのだった。

 データセンター向けに提供するAI用GPU、ロボットに実際に搭載するGPU、そして、シミュレーション用のGPU。この3つのコンピューターがそろって初めて、「動くAI」が実現する。このAIによって、決められた動きだけではなく、臨機応変に動作を変えられる自律的なロボットが誕生する。

 シミュレーションは、エヌビディアの祖業である3次元コンピューターグラフィックスの延長にある。誤差の少ない超高精度なシミュレーションはお手のもの。計算を担うコンピューターとソフトウエアをエヌビディアが提供する。AIと同様、開発企業が使う「道具」で覇権を握ろうとする戦略だ。

 エヌビディアがロボット事業に着手したのは2010年代前半。当時、担当者は20人程度で、現在はロボット事業で副社長を務めるディープゥ・タッラ氏もその一人だった。「当時は市場の大きさなど分からなかった。それでも、(実用化が)少なくとも10年以上先の技術でなければ出遅れていると考える。それが当社の文化だ」と説明する。14年にロボットなどに搭載するGPUを発売し、19年にシミュレーション技術のオムニバースを発表。10年以上前から、「AIの先」を見据え、準備してきた。

(写真=3点:エヌビディア提供)
(写真=3点:エヌビディア提供)
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アマゾン最新倉庫に技術提供

 24年10月、米テネシー州にある米アマゾン・ドット・コムの巨大物流拠点で、広大な空間をロボットが競うように稼働していた。その数、数千台。ロボットアームで2億種類以上の商品を認識してピックアップし、目的地に合わせて仕分けする。円形でロボット掃除機のような自律搬送型ロボットが、梱包された商品を運んでいく──。アマゾンの最新技術を詰め込んだ物流システムだ。

 「ロボットとAIを組み合わせた物理AIが既に稼働している」。アマゾンでロボット部門の責任者を務めるタイ・ブレイディ氏はこう説明する。その裏側で重要な役割を果たしたのがエヌビディアだ。

(写真=左:エヌビディア提供)
(写真=左:エヌビディア提供)
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 AIに学習させるために、2億種類以上の商品のデータを手作業でつくるのは現実的ではない。そこでアマゾンはエヌビディアのオムニバースを使って、商品パッケージの代表的なサンプルを自動で作成することにした。外形、大きさ、色、質感……。それらを組み合わせて無数のパッケージを仮想空間上で合成し、AIの学習用データとして利用したわけだ。

24年3月の年次イベントでヒト型ロボットへの注力を発表したエヌビディアのジェンスン・ファンCEO(写真=Bloomberg/Getty Images)
24年3月の年次イベントでヒト型ロボットへの注力を発表したエヌビディアのジェンスン・ファンCEO(写真=Bloomberg/Getty Images)

日立の強みを掛け合わせる

 AIとシミュレーション技術の発展によるロボット時代の到来は、日本企業にとっても商機となる。

 「日本は世界をリードする『メカトロニクス』大国だ」。ファン氏は11月の合同インタビューでこう述べた。メカ(機械)とエレクトロニクス(電機)を掛け合わせた造語で、いずれも日本企業の存在感が大きい分野。エヌビディアにとっても日本企業との連携がロボット分野を制す鍵になる。

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