(前回から読む)
再び大国の角逐の場となった朝鮮半島を、真田幸光・愛知淑徳大学教授と「金融」から読み解く(司会は坂巻正伸・日経ビジネス副編集長)
「仕切り」始めたロシア
ロシアが朝鮮半島の「仕切り」に動いています。
鈴置:孤立した北朝鮮との関係を強化したうえ、韓国との間を取り持とうとしたり、米朝対話の場を設定したり……。
ロシアは10月19日からモスクワで核不拡散会議を開き、北朝鮮外務省の崔善姫(チェ・ソンヒ)北米局長を招きました。米国からはシャーマン(Wendy Sherman)元国務次官らが参加しました。
崔善姫局長は金正恩(キム・ジョンウン)委員長の側近と見られるため、この会議が米朝対話の糸口になるかと注目されました。ただ、交渉に向けた動きは確認されていません。
外交関係者は「ロシアは北朝鮮との仲介役を担うことで国際社会での影響力拡大を狙う」と見ています。日経・電子版「ロシア外交、北朝鮮テコ 南北対話探り影響力演出」(10月17日)などが報じています。
真田:ソ連、ロシアには北朝鮮は領土の一部との意識が根強い。日本の敗戦と同時にソ連軍の傘下にあった金日成(キム・イルソン)を送り込んで北朝鮮という国を作らせたのですから。
というのにソ連崩壊後、後身のロシアは国力を落とし北朝鮮へのカネや食料を与える余裕を急速に失った。そこに中国が入り込んで、北朝鮮は中国が仕切る国と見なされるに至った。しかし、北朝鮮はロシアの前身たるソ連の勢力圏にあったのです。
6年間、訪中しない金正恩
なぜ、今になってロシアが朝鮮半島で蠢動し始めたのですか?
真田:中国が北朝鮮との関係を悪化させ、半島への影響力を減じたからです。平和的な方法で北朝鮮を説得し、核を放棄させる力が中国にあるとは少なくとも今は、誰も考えないでしょう。そこで満を持して「ロシアの出番」となったのです。
鈴置:金正恩政権以降、中朝関係は最悪です。父親の金正日(キム・ジョンイル)総書記も中国を信用していませんでしたが、訪中はしました。しかし金正恩委員長は2011年12月に権力を握って6年になりますが、中国へは一度も行っていません。
金正恩委員長は、叔父の張成沢(チャン・ソンテク)が中国をバックに権力を握ろうとしたと考え粛清しました(「北も南も二股外交」参照)。
異母兄の金正男(キム・ジョンナム)も、中国の力を使って自分にとって替わろうとしていると疑って暗殺したと見られます(「弾道弾と暗殺で一気に進む『北爆時計』の針」参照)。金正恩委員長にとって中国は敵なのです。
真田:中国にとっても北朝鮮を支配する「金ファミリー王朝」は困った存在になっています。朝鮮戦争の際は数十万とされる戦死者を出しながら北朝鮮を守った。
今に至るまで経済的に支えてきましたが、北は中国の面子をつぶすことばかりします。9月3日の6回目の核実験も、中国が主催した新興5カ国(BRICS)首脳会議の初日の出来事でした。
いざとなれば北朝鮮に兵を送り、自分の言うことを聞く政権を樹立するでしょう。近未来小説『朝鮮半島201Z年』でイメージされたシナリオにも似て。
国連軍の名分で進駐
あの小説には真田先生と似た人も登場しました。さて、中国に派兵の名分はあるのですか?
真田:いくらでもできます。中国には200万人の朝鮮族が住んでいます。彼らも国籍は中国人。「北朝鮮で圧政に苦しむ中国の同胞を救いに行く」と大義名分を押し立てることもできるでしょう。「人民を解放するのが人民解放軍の本来の役割」なのですから。
中国にとってベストシナリオは、金王朝への反乱が北朝鮮の人民によって発生し混乱に陥るケースです。それをTake Chanceし治安維持の名目で、上手くすれば人民解放軍が国連軍の帽子をかぶって進駐できるのです。その後は粛々と、暗殺された金正男の息子を「新しい王様」に押し立ててもいい。
鈴置:反乱は起きるでしょうか。北朝鮮軍の専門家である宮本悟・聖学院大学教授は『北朝鮮ではなぜ軍事クーデターが起きないのか?』という本を書いています。
真田:中国から援軍が来ると分かったら、話は別でしょう。「金王朝」の下では生きていけない、と考えている軍や党の幹部は必ずいます。彼らが金正恩暗殺に出る可能性が少なからずあります。
北朝鮮を南北に分割
米国はどう出るのでしょうか。
真田:中国の動きを容認するでしょう。金王朝が倒れれば、北の核武装という状況をとりあえずは食い止められる可能性が高いからです。中国にすべてを任せず、米中両軍がタッグを組んで南北から北朝鮮を挟み撃ちにする手もあるのです。
鈴置:米・ランド研究所(Rand Corporation)が2013年に『Preparing for the Possibility of a North Korean Collapse』という報告書を発表しています。
タイトル通り「北朝鮮の崩壊への備え」を論じたもので、第9章は中国の介入に関し検討しています。簡単に言えば「北進した米韓軍と、南下した中国軍が北朝鮮を分割占領すべきだ」との結論です。275ページには地図が付いています。それを参考に作ったのが「地図1」です。
一番上の線は中朝国境から50キロ離れたライン。真ん中の線は首都・平壌(ピョンヤン)が米韓側に含まれるよう引いたものです。一番下は平壌と日本海側の大都市、元山(ウォンサン)のそれぞれ中心部をつないだ線です。平壌は南北に2分割されて統治されるわけです。
ランド研究所は「金正恩後の北朝鮮」に関し、米・中・韓の利害を突き合わせ、どこで線を引くか交渉することになると見通しているのです。
米中談合は許さない
要は、北朝鮮を「北・北朝鮮」と「南・北朝鮮」に分けるのですね。
鈴置:米中両軍の衝突という事態を避けるためです。双方、戦車など重武装の部隊を派遣するのですから。占領行政の領域を定めておく必要もありますが。
もちろん、この「分割占領案」はランド研究所が検討しているだけで、米国政府の案ではありません。ただ、中国と「金正恩後」を話し合う時に、こうした分割案を定めておく可能性が高いのです。
この案を提示されたら、ロシアは賛成するでしょうか?
真田:激怒すると思います。冒頭に申し上げたように北朝鮮は領土の一部と考えているのです。こういう米中談合を許さないために、ロシアは今、動き始めたのです。国際金融筋はそう見ています。
鈴置:米中が談合に動く可能性が大いにあります。4月の米中首脳会談の後、習近平主席に教えられたとしてトランプ大統領は「韓国は中国の一部だった」と語りました(「『韓国は中国の一部だった』と言うトランプ」参照)。
わざわざ「同盟国が中国の属国だった」と語るのは奇妙です。そこで「北朝鮮処分に協力してくれるのなら、代わりに韓国は与える」と中国に約束したとの推測が飛び交いました。「ランド案」とは逆に、米国が朝鮮半島から大きく後退するシナリオですが。
世界が買うロシア株
ロシアは米中談合に反対する力があるのですか?
真田:ロシアの交渉カードは「イラン」です。ペルシャ、すなわちイランの動きをユダヤ国家たるイスラエルは危惧しています。イスラエルとの関係を大事にするトランプ(Trump)政権は、その意向を汲み、イランとの核合意の破棄に動いていると私たちは見ています(「金正恩の耳元でつぶやくトランプ」参照)。
しかし核合意に加わった欧州は「破棄などとんでもない」と言っていますし、米国の中にも批判する向きは多い。
一方、ロシアはイランに一定の影響力を持ちます。プーチン大統領はイランの核問題でトランプに何らかの貸しを作ることにより、朝鮮半島への発言権確保を狙うと思います。
「核合意」を破棄しないというなら、中東の泥沼に足をとられたくない米軍にとっても朗報です。米ロの軍が接近する理由がもう1つあります。「制宙権」です。現在、国際宇宙ステーションは米ロが中軸となって運営しています。
これに中国がクサビを打ち込む形で、独自の宇宙ステーションを建設し、単独で運用しようとしています。米ロは宇宙で中国を叩いて置く必要があります。このように、米国には朝鮮半島でロシアを「立てる」十分な動機があるのです。
今日お話ししたことは陰謀論のように聞こえるかもしれません。が、国際金融筋の1つの見解です。7月ごろからロシア株が上がっています。「米ロの関係改善が本格化する」との読みから両国を含む世界の投資家が買っているのです。
「北を尊敬せよ」とプーチン
鈴置:ロシアの北朝鮮に対する影響力はどれほどあるのでしょうか。
真田:今、北朝鮮にとって頼れるのはロシアだけです。米中の談合による「北朝鮮処分」が現実のものとなり始めたからです。トランプ大統領は11月8、9日には北京で習近平主席と会談する予定です。
だから、北朝鮮はロシアの言うことをある程度は聞くと思われます。9月15日の「火星12」号の試射以来、弾道ミサイルも発射していません。これもロシアの圧力と国際金融筋は見ています。
鈴置さんが指摘したように、強硬なトランプの国連演説や、爆撃機「B1B」の派遣など軍事的威嚇が北をおとなしくさせた部分もあるでしょう(「金正恩をコーナーに追い詰めたトランプ」参照)。
それと同時に、プーチンの「これ以上やると、俺も見放すぞ」との姿勢が北朝鮮をおとなしくさせたのではないかと金融筋では見ています。
ただし、金融筋の見方がすべて正しいとは言えないし、むしろ外れてほしいと願うこともあります。
鈴置:ぐれた子供は叱りつけるだけではダメ。「お前の気持ちは分かる」と頭をなでる人が必要、というわけですね。
ロシアの通信社、スプートニクが、プーチン大統領の「問題解決は北朝鮮との合意と尊敬だ」と語ったと報じました。一生懸命に頭をなでているのです。「プーチン大統領、北朝鮮を尊敬するよう呼びかけ」(10月20日、日本語版)で読めます。
4カ国分割占領案
ロシアの考える解決策は?
真田:とりあえず北朝鮮の挑発をやめさせ、米国との軍事的な衝突を防ぐ。そうしておいて米朝に話を聞き、落とし所を探っている状況と思います。
米国もある程度は納得できる妥協案を作り、それをロシアが北朝鮮に守らせるとの構想でしょう。その妥協案がどうなるかまでは現段階では分かりませんが。
ロシアが首を突っ込んできた今、中国はどう出るでしょう?
鈴置:ガセネタかもしれませんが、もう1枚、面白い地図があります。韓国・毎日経済新聞社系の放送局、MBNがニュースで流したものです。
中国による金正恩後の北朝鮮分割統治案なる代物でして、韓国の市民団体が韓国政府の資料の中から発見した、と報じました。
「朝鮮半島の統一シナリオ、4カ国が分割統制か?」(2015年8月4日、韓国語による動画)で見ることができます。それを基に作成したのが「地図2」です。
もう一度繰り返しますが、これが本物という証拠はどこにもありません。ただ、実にそれらしい代物なのです。
日本海に港を持つ中国
ロシアは自国から北朝鮮の日本海側の港、羅津までの鉄道を改修して使うなど利権を有しています。この「中国案」では、羅津港を含む咸鏡北道はロシアが統治します。これによりロシアは極東に不凍港を確保できます。
米国と韓国は北朝鮮の南半分を得ます。それにより、韓国は首都・ソウルが軍事境界線と40キロほどしか離れていないという脆弱性をある程度、改善できます。
南半分のうち日本海側が米国、黄海側が韓国の管轄となります。ただ韓国は平壌を取り囲む平安南道は確保できますが、平壌そのものは4カ国が共同で管轄します。
中国は自国に接する広大な地域を、東北部を除き管轄します。ポイントは咸鏡南道も得ることでして、初めて日本海側への出口を獲得します。
中国にとって実に都合のいい線引きで、それだけに本物の中国案らしく見えるのです。この案だと、一応はロシアにも配慮しています。
真田:うーん。ロシアが受け入れるアイデアとはとても思えません。他の取引とバーターでこれを飲むということでない限り、ロシアにさほどのメリットはありません。
もしも私の見方が外れ、米中に加えてロシアまでも金ファミリー王朝を除去する動きに出れば、北朝鮮はいよいよ「窮鼠猫を咬む」状態に追い込まれます。あるいは、IS(イスラム国)など非国家テロ組織とタイアップを始める可能性が高まると思います。
(次回に続く)
■「朝鮮半島の2つの核」に備えよ
北朝鮮の強引な核開発に危機感を募らせる韓国。
米国が求め続けた「THAAD配備」をようやく受け入れたが、中国の強硬な反対が続く中、実現に至るか予断を許さない。
もはや「二股外交」の失敗が明らかとなった韓国は米中の狭間で孤立感を深める。
「北の核」が現実化する中、目論むのは「自前の核」だ。
目前の朝鮮半島に「2つの核」が生じようとする今、日本にはその覚悟と具体的な対応が求められている。
◆本書オリジナル「朝鮮半島を巡る各国の動き」年表を収録
『中国に立ち向かう日本、つき従う韓国』『中国という蟻地獄に落ちた韓国』『「踏み絵」迫る米国 「逆切れ」する韓国』『日本と韓国は「米中代理戦争」を闘う』 『「三面楚歌」にようやく気づいた韓国』『「独り相撲」で転げ落ちた韓国』『「中国の尻馬」にしがみつく韓国』『米中抗争の「捨て駒」にされる韓国』 に続く待望のシリーズ第9弾。2016年10月25日発行。
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