「年収の壁」に関する議論が活発化している。年収が一定額を超えた際に、税や社会保険料の負担が発生して手取りが減る問題だ。いわゆる「103万円の壁」は引き上げるべきか。そもそも年収の壁はなぜ発生し、なぜなくならないのか。以前から壁の存在は問題視されてきたものの、ここにきて再びクローズアップされている。新型コロナウイルス渦の収束を機に人手不足が顕在化し、パートやアルバイトの「働き控え」が無視できなくなったからだろう。

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 特に注目が集まっているのが、国民民主党の訴える「103万円の壁」の引き上げだ。最低賃金の伸び率を反映し、所得税が発生する年収の最低ラインを103万円から178万円に引き上げるべきだと主張する。先の衆院選で少数与党となった自民・公明両党は国民民主に譲歩し、来年度の税制改正で実現する方針を掲げている。

「103万円の壁」、実際のところは壁ならず

 国民民主の主張に納得できる部分はある。所得税の控除額は物価上昇を考慮すべきだが、国は数十年に渡って対応を怠り、その額を据え置いてきた。インフレを反映していないため、実質的な増税になっていたと言える。103万円の壁を引き上げると、地方税である個人住民税の非課税ラインも連動して上がる。地方自治体は「地方税が減収になる」と懸念の声を上げているが、それにしても物価に応じた控除額の引き上げを実施してこなかったことが背景にあるのだから、合理的な反対とはみなしにくい。

 しかし今回の議論は焦点がずれているとも感じている。理由は大きく2つ。「103万円の壁」は実際には壁になっているとは言えないこと、そして対処すべき壁の本丸は103万円という「税の壁」ではなく、106万円と130万円のラインにある「社会保険の壁」であると考えられるからだ。

 103万円超で所得税が発生するのは事実だが、課税対象は超過分に限られる。例えば年収104万円であれば所得税は500円程度で、そこから年収の増加に応じて徐々に税額は拡大していく。つまり壁を越えたからといって大幅な手取りの減少に直面することはない。パート主婦の夫など扶養者は「配偶者控除」を受けられなくなるが、これについても「配偶者特別控除」で対応できる。パート主婦の年収が150万円までであればフルに、以降も逓減しつつ控除を受けられる仕組みだ。

 学生アルバイトの場合は103万円を超えると親の特定扶養控除の対象から外れてしまう。だから壁の影響は少なくないかもしれない。かといって、学生に焦点を当てて壁を引き上げることは人手不足対策の中心にはなり得ない。奨学金受給者の割合が増加していることからも明らかなように、経済的な困難を抱える学生が増えているのは事実だ。だが、学生や親の経済的支援に取り組むにしても、本筋は学生の労働時間を増やすことではなく、高等教育の費用対効果を高めることにあるはずだ。

 さらに言えば、103万円の壁を引き上げたところで今度は106万円と130万円の壁が立ち塞がる。社会保険などに加入する義務が生じる壁だ。これを越えた先には深い崖があり、可処分所得が一気に15万円程度減る。その影響は極めて大きく、パート主婦などの就業調整につながっている。つまり「社会保険の壁」こそ年収の壁の本丸なのだ。

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社会保険、収入要件「撤廃」も現状とほぼ変わらず

 社会保険については壁に到達する要件を緩和し、加入対象者を拡大していく方針で議論が進んでいる。就労促進の観点からすれば正しい方向だろう。ただ現在検討されている施策に実質的な効果は見込みにくく、しかも本質的な問題は手つかずのまま放置されているのが実情だ。

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