『Twitter カンバセーション・マーケティング ビジネスを成功に導く"会話"の正体』の解説者であり、マーケティング、イノベーション研究を専門とする鷲田祐一先生と、『ツイッターの心理学:情報環境と利用者行動』共著者であり、コミュニケーション、ソーシャルメディア研究を専門とする佐々木裕一先生の対談、第3回。今回のテーマは「情報過多」です。ソーシャルメディアを見続けることによって、人の認知や行動にはどういう影響が表れるのでしょうか。
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“心地いい情報だけ”が固定化される危険

鷲田祐一(以下、鷲田):『ツイッターの心理学』を読んで佐々木さんにうかがいたい、と思っていたことがあります。それは、従来のマスメディアを中心にした社会情報学の知見は、ソーシャルメディアが普及したことでどう変わっていったのか、ということです。

<b>鷲田祐一(わしだ・ゆういち)</b><br /> 1968年生まれ。91年、一橋大学商学部卒業後、博報堂に入社。生活総合研究所、イノベーション・ラボで消費者研究、技術普及研究に従事。2008年、東京大学大学院総合文化研究科博士後期過程を修了 (学術博士)。2011年、一橋大学大学院商学研究科准教授、2015年、同教授。ミクロ視点での普及学、グローバルマーケティング、ユーザーイノベーション論、未来洞察手法、デザインとイノベーションの関係などを研究している。(写真:鈴木愛子、以下同)
鷲田祐一(わしだ・ゆういち)
1968年生まれ。91年、一橋大学商学部卒業後、博報堂に入社。生活総合研究所、イノベーション・ラボで消費者研究、技術普及研究に従事。2008年、東京大学大学院総合文化研究科博士後期過程を修了 (学術博士)。2011年、一橋大学大学院商学研究科准教授、2015年、同教授。ミクロ視点での普及学、グローバルマーケティング、ユーザーイノベーション論、未来洞察手法、デザインとイノベーションの関係などを研究している。(写真:鈴木愛子、以下同)

佐々木裕一(以下、佐々木):マスメディアとソーシャルメディアの境目がなくなってきた、ということは言えると思います。例えば、「ツイッターとは何か、ソーシャルネットワークかニュースメディアか?」という2010年に出た論文があり、そこではツイッターは良質なニュースメディアであるということが特徴づけられています。ところがTwitterではユーザー間のコミュニケーションも盛んに行われており、『ツイッターの心理学』でおこなった調査でも、利用者がTwitterでもっとも読んでいる情報は「趣味に関する情報」であり、続いて「友人・知人の日常の情報」「友人・知人がリツイートした情報」という結果になりました。

鷲田:ソーシャル的な身の回りの話題と、従来マスメディアが発信していた公共性・社会性の高い話題がタイムライン上で混在しているんですね。

佐々木:そうです。ただマスメディアと違うのは、ソーシャルメディアでは目に入る話題が限定的になる、ということ。Facebookはそれが顕著です。Facebookでは実名登録し、「友達」になるにはリクエストを送って承認するというプロセスが必要なので、コミュニケーションする人が固定的です。

鷲田:どんどん新しく人をフォローしたり、フォローを外したり、ということはあまり起こらないですね。

佐々木:さらに、ニュースフィードに流れてきたコンテンツをクリックすると、そのデータが蓄積されて、クリックしたコンテンツに類似性、関連性のあるコンテンツがフィードを流れるようになる。自分の指向性にフィットする情報だけが表示されるのは、心地よい環境ですよね。なので、そこから抜け出せなくなる。Twitterは、Facebookよりはフォロー・アンフォローが容易ですが、けっきょく同じようなことが起こっています。例えば、アメリカの議会選挙で共和党支持の人がいたとすると、その人自身は共和党支持者をフォローして、共和党支持の情報をリツイートする。その人をフォローしている人も共和党支持者で、共和党支持者の間で、賛同できる情報ばかりがぐるぐるまわっている。それは、民主党支持者の間でも同じです。2つの陣営のなかで、別々に情報がまわっている。お互いの意見を聞く機会はありません。

<b>佐々木裕一(ささき・ゆういち)</b><br /> 1968年生まれ。92年、一橋大学社会学部卒業後、電通に入社。その後、アーサー・D・リトル・ジャパン、NTTデータ経営研究所に勤務。2009年、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程修了(政策・メディア博士)。現在、東京経済大学コミュニケーション学部教授。ソーシャルメディアとネット広告、情報サービス産業などの研究に取り組む。ソーシャルメディアの収益モデル史・社会史に関する15年以上にわたる調査を継続中。
佐々木裕一(ささき・ゆういち)
1968年生まれ。92年、一橋大学社会学部卒業後、電通に入社。その後、アーサー・D・リトル・ジャパン、NTTデータ経営研究所に勤務。2009年、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程修了(政策・メディア博士)。現在、東京経済大学コミュニケーション学部教授。ソーシャルメディアとネット広告、情報サービス産業などの研究に取り組む。ソーシャルメディアの収益モデル史・社会史に関する15年以上にわたる調査を継続中。

鷲田:分極化(クラスター化)していくわけですね。

佐々木:この、自分にとって心地よい情報ばかりが目に入る環境をフィルターバブル、とも呼びます。検索サイトやソーシャルメディアのアルゴリズムによって、ユーザーは自分とは違う意見、興味のない情報からは隔離されて、自分自身の文化的、思想的なフィルターでできたシャボン玉の膜に包まれているような状態です。

鷲田:アメリカの場合は、マスメディアでも政治的立場をわりと明確にしていますよね。だからマスメディアしかなかった時代も、自分と同じ政治的思想を持つメディアを見ていたら、フィルターバブルと似たような状況になっていたのでは?

佐々木:そうともいえますが、度合が高まっているのが問題だと思います。マスメディアしかなかった時代と現在を比較した研究成果はないので、はっきりとは言えませんが……。マスメディアでは、そのメディア自体に思想があったとして、他の観点からの意見があることも多少は紹介しますよね。完全に偏向した報道をすることは少ない。でも、アルゴリズムによって情報がフィルタリングされると、ニュースやコンテンツをクリックするたびにプラスのフィードバックがかかって、さらに限られた情報しか表示されなくなる。その結果、分極化が激しくなると言われています。

スマホの登場で、ファッション産業が衰退する?

鷲田:『ツイッターの心理学』では、ソーシャルメディアが普及したことによる情報過多の問題にも触れられていますね。たしかに、受け取る情報があまりにも増えると、適切な取捨選択ができなくなって、大半の情報を捨てるだけになっていきます。これは大きな問題です。佐々木さんから見て、いまの情報環境というのはやはり過剰だと思われますか?

佐々木:僕は過剰である、と考えています。これは、『ツイッターの心理学』共著者の北村智と意見がやや割れているところなんですよね。彼は心理学出身なので、どちらかと言えばソーシャルメディアによって情報が過剰になったとしても、何気ない自己開示や感情の発露がカタルシス効果を持つならそれを尊重しよう、という立場。でも僕はもともと、情報とその価値を研究対象としていたので、そこには強く同意できない。ウェブの黎明期は、利用者が少なくて、発信される内容も練られて充実していたんですよ。その時代から見ると、今の状況は、やはり玉石混交の「石」が多すぎる、というのが僕の立場です。

鷲田:おお、シビアな意見ですね(笑)。

佐々木:情報の価値、というものをどう定義するかにもよると思いますけどね。哲学的には、そこに価値の優劣はないということになるのでしょう。でも僕としては、差異を生み出す、パターンを生み出す、そういうものが情報だと考えているんです。生物学的には、生き延びるために価値のあるものが情報だと言えます。そういう考え方をどうしてもしてしまうんです。

鷲田:ソーシャルメディアをダラダラ眺めたり、「ひまだ」とか書きこんだりしているのは、生存に役立たないですもんね。でも、『Twitter カンバセーション・マーケティング』にもデータが載っていますが、学生の1人あたりのTwitter月別訪問時間は約21時間半、女子学生に限って言うとひと月に約26時間訪問していると。

佐々木:このデータ、びっくりしました。そんなに学生はTwitterを眺めてるんですね。

鷲田:それだけソーシャルメディアに時間がとられているし、注意力も奪われているということだと思うんです。以前、ファッション学を専門とする同僚と、ITがファッション産業を滅ぼしているのではないかという仮説を立てて、調査してみたんですよ。IT環境が発達すると、直接人に会わなくてもよくなる。すると、それだけ服を買わなくなる人が増えるんじゃないかと。そして、データを採るとたしかにそういう傾向が見られたんです。

佐々木:へええ。

鷲田:ファストファッションが支持されているというのは、画一化されているということですよね。尖った格好をする人が減って、みんな無難な真ん中に集まってきている。その背景には、やっぱり過大な情報の伝播というものがあるのではないか、と考えたんです。情報が流通しているからこそ真ん中がどのあたりかわかるということと、情報そのものが人間の注意力を大量に消費しているので、他の産業に欲求が向かわないのかなと。

佐々木:現在、人間の認知的なリソースの多くは、明らかにスマホに向かっていますよね。そしてソーシャルメディアはスマホによって利用が促進されたサービスです。しかもウェブで記事を読むより、ソーシャルメディアはより多くの認知的リソースを必要とします。対人関係があるので、「あの人がこう言ってる、他の人はどう思うのか」など、処理する情報量が多くなるからです。都市部の人は、電車の中でもみんなスマホをいじっている。それで何が起こったかというと、独りでものを考える時間が失われてしまったんです。それを僕はすごく問題視しています。

鷲田:たしかにそうですね。家でもちょっと時間があれば、スマホをチェックするという人は多いでしょうね。

佐々木:ソーシャルメディアが普及することによる問題は、いじめや炎上関係に焦点があたることが多いのですが、僕としてはソーシャルメディアに触れている時間が長くなることによる人間の認知能力や脳への影響についても、もっと取り上げられるべきだと考えています。そして沈思黙考する時間が減ったことへの影響も。

「局所的に最適化」の行く先は…

鷲田前回、佐々木さんはウェブが登場した時代から比べると、だんだん投稿者のクリエイティビティが下がってきているのでは、と危惧されていましたよね。たしかに、インターネットやソーシャルメディアの発展によって、情報が氾濫することにより、クリエイティビティが失われていっている一面もあるのかもしれません。僕が先程出したような、ファッションの画一化などの現象を見ると、そんなふうに考えられなくもない。でも、日本でテレビ放送が始まった80年ほど前にも、「こんなものを皆が見るようになったら、クリエイティビティは失われる」と言われていたんじゃないかと思うんです。

佐々木:うーん、そうかもしれませんが、テレビとウェブサービスは違うと思うんですよね。フィルターバブルの件もそうなのですが、ウェブサービスはテレビに比べて、サービスの設計者が利用者の行動データをもとに、機能やユーザーインターフェースを素早く変更することが可能です。どんな情報がユーザーに提供されるかは、アルゴリズムによって決められている。そのアルゴリズムは、「もっと滞在時間を延ばしてほしい」「もっとクリックしてほしい」という、サービスの収益を上げるという観点で設計されています。逆に公共性や倫理の観点が抜け落ちやすい。僕はそこに危うさを感じているんです。

鷲田:儲けることが先に立って、社会的にこういう情報を広めたほうがいい、といった公序良俗の考えは抜けてしまっているのでは、ということですね。

佐々木:情報工学的な素養を持った人たちが、そのサービスを拡大させるために局所的に最適化を進めているのではないか、と思うんですよね。もちろん、サービスによって考え方は違っていて、スマートニュースでは、アプリを開いた時にかならずハードなニュースも並んだトップタブを表示するようになっています。そこには個人の嗜好にかかわらず「これを読んだほうがいい」と思われるコンテンツが出るようになっている。紙の新聞を代替する、というミッションをある程度意識されているのでしょう。でも、Facebookなどはそのあたりを強く考慮してはいないと感じるんです。2017年に入り、Facebookも自分たちを容れ物であるプラットフォームというよりも中身にまで責任を持つべきメディアである、という風に考え方を変え、事実に反すると思われるニュースの伝播を問題視するようにはなりましたが、そもそもフィルターバブルのような問題が存在していることも多くの人は知らない。

鷲田:Facebookはよりその傾向が強いかもしれませんね。

佐々木:アルゴリズムに頼る程度は低いですけれどTwitterでもそうなんですよ。『ツイッターの心理学』で分析をしましたが、公式リツイートを生み出しやすい感情というのは、「おもしろい」が抜きん出ていて、ついで「楽しい」「好きだ」「すてきだ」があがります。そうやって、良質なあるいは触れるべき情報よりも、おもしろい情報ばかりが流通する世の中というのは、どうなのかなと。僕はもともとペシミストなんですが、これからの情報社会に対しては悲観的になってしまっているんですよね。

鷲田:うーん、佐々木さんの懸念はもっともだと思います。でも、『ツイッターの心理学』を読んだときに感じたのですが、人間のクリエイティビティや良心というのものは、危うい橋を渡り続けるんだと思うんですよ。失われそうになったら、何かしらのカウンターが現れて復活する。そういうことを繰り返しているのではないか、と僕は考えています。

(次回へ続く)

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