VR(仮想現実)にAR(拡張現実)やMR(複合現実)を含めた「xR」がB to B用途で広まりつつある。製造や医療、建設といった分野において訓練や教育、作業の遠隔支援などで活用されている。ハードウエアの進化が普及や用途の拡大を後押しする。
(日経ビジネス2018年10月22日号より転載)
●オキュラスなど使いやすい製品が増えてきた
xRについて、B to B分野の用途開拓に大きく貢献しているのが、米マイクロソフトのHMD(ヘッドマウントディスプレー)「ホロレンズ(HoloLens)」だ。2016年3月に開発者版を発売。その後、製造分野では、トヨタ自動車や三菱ふそうトラック・バス、スウェーデンのボルボ・カーなどが、自動車のデザインレビュー、各種トレーニングなどに利用している。
医療分野でも、日立製作所が自社の手術支援の映像統合配信システム「OPERADA」を導入した手術室のイメージを体験してもらうためにホロレンズを導入する。また、建設分野では、小柳建設(新潟県三条市)が日本マイクロソフトとホロレンズを活用するプロジェクト「ホロストラクション」を開始。建設業における計画・工事・検査の効率化を図る。マイクロソフトによると、「遠隔支援」「空間プランニング」「トレーニング」「コラボレーション」「空間&IoTデータへのアクセス」という5つの用途において、ホロレンズが大きな効果をもたらしたという。
新興企業もアプリ開発
ホロレンズ用アプリはマイクロソフトが開発・提供するものもあるが、大半はサードパーティーが開発を行う。
その一つ、ホロラボ(東京・品川)は医療・建設・放送など多様な分野に向けたアプリを開発する新興企業だ。例えば、医療分野向けの「MR脊椎・関節手術トレーニングシステム」は研修医を支援する外科手術の訓練用。CT(コンピューター断層撮影装置)スキャンの結果を3Dモデル化して実空間に重ねて表示できるほか、ビデオ通話を通じて遠隔地の医師からの支援を受けられる。
手術室はこれまで複数のモニターに電子カルテやCTスキャン画像を表示させる必要があった。しかし、このアプリによって、画像を見やすい場所に表示して配置できる。手術室に複数のモニターを置かなくて済むことから、作業の効率向上につながる。
船舶用の制御機器や計装機器を手掛けてきたJRCS(山口県下関市)では、日本マイクロソフトと共同で、船員の訓練や船舶の制御機器のメンテナンス作業などを支援するアプリの開発を進めている。
例えば、海洋事業者向け遠隔訓練用の「INFINITY Training」は船員や陸上勤務の監督者などに向けて、同社製機器の操作・メンテナンスなどの訓練を行う。世界中どこにいても訓練を受けることが可能で、19年3月の実用化を目指す。将来は他企業の利用に向けた「遠隔訓練用基盤」としての提供も想定している。
●アプリの開発も進んでいる
トヨタの3つの運用事例
製造分野において、xRへの取り組みが目立つのがトヨタだ。同社は、18年5月に都内で開催された米ユニティ・テクノロジーズのゲーム制作ツール「Unity」の開発者向け会議「Unite Tokyo 2018」でMRやVRの試験運用事例を3つ紹介した。
その一つがホロレンズを使った修理点検作業の補助だ。
CAD(コンピューターによる設計)データから作成した3Dモデルや部品情報を実際の車体に重ねて表示しながら修理や点検作業を行う。具体的には、修理時に取り外す部品に3Dモデルを重ねて強調したり、奥にある見えない部品を可視化したりする。ホロレンズの活用によって、文字や図で確認しながら作業できるので、作業工程を理解しやすい。途中で作業が分からなくなった場合は、ビデオチャットで他の社員とやり取りして教わることも可能だ。
例えば、車体の板金の修理では、CADデータから作成した板金の3Dモデルを実際の車体に重ねて表示する。板金の3Dモデルは金属の材料ごとに色分け可能で、修理箇所の材料を示すことができる。配線の3Dモデルを実際のエンジンルーム内の複数の配線に重ねれば、配線の接続先の場所や部品の種類がすぐに分かるようにできる。
2つ目の事例がVRを使ったトレーニング教材だ。
これは3Dモデルを使用して実際の車両を再現しながら作業学習をする。若手技術者に対する教育が目的で、社内の評判は高いという。
3つ目の事例として挙げたのが、VRを使ったコミュニケーションツールで、遠隔地から3Dモデルを仮想空間で共有して研修を行う。例えば、新型車を発表する際、仮想空間内で車両の3Dモデルを使用して構造や機能を社員に対して紹介できる。コミュニケーションツールとして、離れた場所にいる社員の研修にも利用できる。17年末には、実際に日本と海外3拠点(タイ、マレーシア、インドネシア)との間で研修を実施したという。
ハードの進化が後押し
VRの普及や用途拡大をハードウエアの進化が後押しする。
これまでのVR用HMDは、ゲーム機やパソコンを接続する必要があった。このため、費用がかかる上、作業が面倒だった。それが18年にオキュラスVRの「オキュラスゴー」(Oculus Go)のような単体動作するHMDが登場してきたことで変わりつつある。価格は従来の半額以下の199ドル。高品質なVRコンテンツを手軽に視聴可能になった。今後もVR用HMDの性能向上や小型・軽量化、コスト削減が見込まれる。
また今後は5G(第5世代移動通信システム)の実用化によって、クラウドのサーバーで処理したVRコンテンツをHMDにストリーミング配信できるようになる。これにより、HMDにおける処理負荷を低減してハードウエアが簡素化され、いずれメガネ並みのサイズと重さになる。
HMDがより手軽になれば、VRの応用先はさらに広がる。すると、HMDの改善が一段と進み、応用先が増えていく。そんな「正のスパイラル」に突入し、HMDは「1人1台」の電子機器になっていく。調査会社IDC Japanによれば、ARとVRのハードウエアとソフトウエア、関連サービスを合計した支出額は個人向けも含めて17年の91億2000万ドルから、18年に178億ドルに拡大。21年には1593億ドルと高成長すると見込まれている。
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