写真左=<span class="fontBold">田中研之輔(たなか・けんのすけ)</span>/法政大学キャリアデザイン学部教授 1976年生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了後、メルボルン大学、カリフォルニア大学バークレー校で客員研究員を務める。2008年に帰国後、現職。著書に『先生は教えてくれない就活のトリセツ』(筑摩書房)、『丼家の経営』(法律文化社)、『ルポ 不法移民』(岩波書店)など。企業の取締役、顧問を歴任。新著に『新人研修の組織エスノグラフィー』(ハーベスト社)。<br> 写真右=<span class="fontBold">西村創一朗(にしむら・そういちろう)</span>/HARES代表取締役 1988年生まれ。首都大学東京(当時)卒業後、リクルートキャリアに入社し、法人営業・新規事業開発・人事採用を担当。本業の傍ら、自身の会社HARESを設立し、パラレルキャリアの実践と普及を促進する個人・企業向けコンサルタントとして活躍する。2017年に独立。経済産業省「我が国産業における人材強化に向けた研究会」委員(2018年3月まで)。著書に『複業の教科書』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。(撮影/竹井俊晴)
写真左=田中研之輔(たなか・けんのすけ)/法政大学キャリアデザイン学部教授 1976年生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了後、メルボルン大学、カリフォルニア大学バークレー校で客員研究員を務める。2008年に帰国後、現職。著書に『先生は教えてくれない就活のトリセツ』(筑摩書房)、『丼家の経営』(法律文化社)、『ルポ 不法移民』(岩波書店)など。企業の取締役、顧問を歴任。新著に『新人研修の組織エスノグラフィー』(ハーベスト社)。
写真右=西村創一朗(にしむら・そういちろう)/HARES代表取締役 1988年生まれ。首都大学東京(当時)卒業後、リクルートキャリアに入社し、法人営業・新規事業開発・人事採用を担当。本業の傍ら、自身の会社HARESを設立し、パラレルキャリアの実践と普及を促進する個人・企業向けコンサルタントとして活躍する。2017年に独立。経済産業省「我が国産業における人材強化に向けた研究会」委員(2018年3月まで)。著書に『複業の教科書』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。(撮影/竹井俊晴)

田中氏(以下、田中):対談の前編(「転職は怖い。ならば『複業』を試してみよう」)で西村さんは、「複業」で自分の市場価値を高めるには、「Myselfの分析」が重要だと説明しました。自己分析は、具体的にどんな方法で進めていくのでしょうか。

西村:スキルのモジュール(部品)化から着手することを薦めています。例えば、「営業ができます」では漠然としていますが、営業に必要なスキルを細分化していくと、「顧客候補のリスト作成」「説得力のある資料作成」「プレゼンテーション」「制約後の細やかなフォロー」「実績から次の営業に生かす顧客管理」など、いくつものスキルに分けられます。

 可能な限り細かくスキルを部品化した上で、そのうちのどれに長けているのかを特定したら、それが自分の“売れるもの”の候補になります。実際に「複業」で売ってみて、いくらで売れるかを試してみると、その市場価値が分かってきます。

田中:そのためには、自分で発信して、PRをしていく必要があります。

西村:職業ではなく職能、つまり“何ができるのか”を明らかにして、周囲に示していくトレーニングが、これからはもっと必要になる時代だと思います。

田中:それは、世の中も変わってきているからでしょうか。

西村:企業が個人を一生にわたって面倒見る時代は終わりつつあります。個人の長寿化によって、「定年後は全員フリーランス時代」へ突入します。その中で、「複業」は誰もがいつか迎えるフリーランス期に向けてのトレーニングだと捉えてもいいと思います。

田中:確かに人生100年時代におけるキャリア設計では、“何度でも変われる自分”をいかにつくっていけるか、さらにその変化をいかに市場価値に結びつく資産にできるかが肝になります。

西村:外的環境の変化も大きいですね。既にロート製薬やソフトバンクなどの大企業が、続々と「副業解禁」を発表しています。厚生労働省はモデル就業規則の副業の項目を「原則、許可」の方向に180度転換しました。企業名はまだ明かせませんが、2019年はさらに多くの有名企業が解禁を控えています。

田中:つまり、個人が本気で自分のキャリアを守り、攻めなければいけない時代がやってきた、と。

 昔は一つの企業で一つの技能を極めていくスペシャリストが求められていたと思いますが、これからはジェネラリストの時代になるのかもしれません。それも、組織をまたいで活躍できる新世代のジェネラリストが必要になる。

西村:「ジェラリスト2.0」の時代ですね。

田中:一つの組織の枠の中で評価される時代は終わり、同時に大人が何歳になっても自己成長を求められる時代が到来するともいえるでしょう。きっと「複業」は絶好の成長機会になるだろうし、「複業」をしている人は幸福度も高いのではないでしょうか。

西村:データはまだ取っていませんが、「複業」を始めた結果、「本業のモチベーションが高くなった」という人は多いですね。

 企業側が解禁を渋る理由の一つとして「本業に専念しなくなるのではないか」という不安がよく挙げられるのですが、実は逆で、「複業」によってキャリアの主導権を得られるので、現状の充実感が高まり、むしろ離職リスクは減るんです。

田中:なるほど。組織の奴隷から解放されるから。

西村:そもそも「複業」をするということは、余暇時間の使い方が変わるということです。通常は平日の夜や週末の余暇時間はゲームをしたり、買い物をしたりと、消費によるレクリエーションに使っていた時間を、生産側の活動に回していく。

田中:ベストセラーの『ライフ・シフト』で著者のリンダ・グラットン氏が唱えた“リ・クリエーション=再創造”の時間ですね。料理が好きなら、料理をレストランで食べるのではなく、人に料理を教える側に回る。その視点の移行はすごく大事ですね。

 私も学生たちに「できるだけ早いうちに、生産する側に回る経験をしたほうがいい」と伝えています。「複業(副業)」を解禁することによる企業側のメリットは何だと思いますか。

「複業」で蘇る人材は確実にいる

西村:まず、採用力が高まること。特に若い世代にとっては、複線のキャリアを積んでリスクヘッジできることは魅力に映ります。同時に離職リスクも減らせます。しかも、このメリットは解禁が早いほど他企業との差別化となって、メリットを享受できる。売り手優位の労働市場において、複業解禁の会社は人材確保の面で一歩抜きん出ることができます。

田中:「自己変芸型キャリア=プロティアン・キャリア」は個人の自己成長だけでなく、組織の成長にもつながるはずです。

 例えば一つの組織の中では生かせる場が限られ滞留している人材が、ほかの組織で強みを伸ばす機会を得たら、もう一度成長できるかもしれない。あるいは自分の居場所をもう一度価値付けできるかもしれない。「複業」は個人にも企業にとってもメリットが多そうです。

 あえて突っ込むとすると、「複業」のデメリットは何でしょう。

西村:デメリットというより、優先順位を誤ると本業にも支障を来たすリスクはあると思います。

 「複業」はあくまで自己実現の手段なので、本業で十分に自己実現できているならば、「複業」をする必要はありません。「複業」そのものが主目的になると、本業を圧迫して本末転倒になってしまいますから。

 「複業」にどれくらいの時間と労力を費やすのかというバランスも、本業の状況次第で緩急をつけたほうがいい。

 僕自身の経験で言うと、会社員時代、「複業」で得た経験がきっかけとなって、本業で希望の部署に異動できた直後は、半年くらいピタリと「複業」を止めて、120%本業に振り切りました。

 繰り返しになりますが、「複業を始める理由=why」を見失わないことが大切だと思います。

田中:状況に応じてポートフォリオを変えていく、と。キャリアのセーフティネットとして「複業」は効くのですね。ちなみに、「複業」は若い世代こそ始めるべきものなのでしょうか。話を聞けば聞くほど、管理職世代も強く意識すべきキャリアの視点のような気がします。

西村:働く期間が延長化されていくこれからの時代では、世代を問わず、自分のキャリアを主体的に切り開く意識が欠かせなくなると思います。

田中:そうですよね。管理職も、自己変芸型キャリアのロールモデルになっていく気持ちになったほうがいい。

 これからテクノロジーがますます進化する中で、今、持っている知識と経験だけで生き残ろうとする上司には、部下もついていかないでしょう。管理職も変わることを恐れず、果敢に挑戦して、部下と一緒にプロティアン・キャリアを歩んでいくほうが、キャリアの長期的安定につながるはずです。

西村:プロティアン・キャリアを切り開く手段となる「複業」は、いわば“時間とスキルの投資運用”です。このうち時間は若い世代ほど豊富に持っていますが、スキルは40代以降の経験豊富な層のほうが持っている。

 自分が保有しているスキルを棚卸しして、「本当にやりたいことは何だっけ」と自分自身に問い直してみる。これまで積み上げた経験の中で、「これからも極めていきたい」と意思が宿るものを見定めて、「複業」として少しずつ始めておくと、定年後のセカンドキャリアの準備にもなります。

 逆に、これをやっておかないと定年後に再就職の必要が生じた時、慌てて求人広告を見て、不得意な仕事をイチから始めるようなことになってしまいます。

 田中先生がおっしゃるように、部下からの信望という意味でも、会社から言われたことをやるだけの上司と、自己成長のために変化し続けようとする上司と、どちらが魅力的かは明白です。

 実際、僕が企業研修に行った先で最も熱心に話を聞いてくださるのが、40代以上の年齢層なんです。

管理職こそ、「複業」で成長できる

田中:「複業」は、若者に流行っているお小遣い稼ぎでは決してなく、管理職世代のキャリアのアップデートにこそ効くのかもしれませんね。

 管理職がどういう変化を遂げようとしているか、自己分析から始めて、部下の変化にも伴走していく。そんな上司・部下の関係性が、これから求められる一つのモデルとなりそうですね。SNS(交流サイト)による情報共有・発信の影響力が大きく、個人の挑戦が可視化される時代だから、輝く上司はより輝いて見えます。

 いくつになっても引く手あまたの人材になるだけでなく、管理職世代が組織の外に目を向けて、新しい経験にどんどん挑戦して変化することが、組織成長にもつながります。

西村:ソフトバンクのように、社員が組織の外でも発揮できる、市場価値のあるスキルを評価して、社内講師として活躍する場を提供する企業も出てきています。「複業」の第一歩を支援する仕組みですね。そういう仕組みづくりが企業価値の向上にもつながると考えているんです。

 個人の自己成長機会を組織の枠を超えて考える先に、企業の成長もあると期待できると思います。

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