米南部フロリダ州オーランドでまたまた銃乱射事件が発生しました。場所は未明の同性愛者専用のナイトクラブ。容疑者も含め49人が死亡し、53人が負傷しました。

オーランド銃乱射事件を悼んで集まった人々。場所は米ニューヨーク(写真:ロイター/アフロ)
オーランド銃乱射事件を悼んで集まった人々。場所は米ニューヨーク(写真:ロイター/アフロ)

 南部というと、未だに人種差別が強く、白人主導の保守主義的なところがあるといった先入観があります。その南部でイスラム教過激派に感化されたアジア系米市民が性的マイノリティを大量虐殺した。日本人にはどうも理解できない面が多くあります…。

高濱:米国で銃の乱射事件は日常茶飯事ですが、今回の事件は犠牲者の数で米史上で最悪となりました。6月16日にはバラク・オバマ大統領自らがオーランドを訪れ、犠牲になった人たちの冥福を祈りました。

 確かに、南部というと保守的な土壌を連想しがちです。しかしオーランドは「ディズニー・ワールド」「ユニバーサル・オーランド」「シーワールド・オーランド」が点在する「世界一のテーマパーク都市」です。観光で来られた方も多いことでしょう。

 年間約5000万人の観光客が訪れます。市の人口は24万人ですが、周辺を合せれば208万人。人口の構成も白人45%、黒人27%、ヒスパニック系22%、アジア系2%で、白人に極端に偏っているわけではありません。

 地元紙記者によると「国内外から訪れる観光客が重要な収入源。そのため住民は国際色豊かで、訪れる人たちに対してフレンドリーだ。性的マイノリティにも寛容なところがある」ようです。オーランドは南部のど田舎とは趣を異にしています。

 犠牲者の中には、フロリダ州内はもとより近隣の他州からこのナイトクラブを目指してやってきた若者が少なくないそうです。このナイトクラブは、性的マイノリティたちが大ぴらに酒を飲んだり、ダンスを楽しんだりできるスポットだったからです。

 「このナイトクラブは、ソーシャルメディアで知り合った性的マイノリティ、つまり同性愛者、両性愛者、トランスジェンダー(性同一性障害者)たちが直接交流することができる社交の場でした」(前掲の地元紙記者)。

無口なアジア系米国人警備員

オバマ大統領は、容疑者が「ホームグローン・テロリスト(homegrown terrorist=米国生まれ米国育ちのテロリスト)だったと言っています。いったいどんな人物だったのですか。

高濱:オマル・マティーン容疑者(29)は現場から南に約200キロ離れた海岸沿いのフォートピアスという町に住んでいました。事件当日まで、ウズベキスタン出身の妻と3歳になる男の子とともに自宅マンションで暮らしていた。職場は大手警備会社。生活水準は中産階級の下層といったところです。

 マティーン容疑者はニューヨーク市クィーンズ生まれ。アフガニスタン移民の家の4人兄弟の上から2番目として生まれました。5歳の時に家族とフロリダ州に移住。フロリダで小中高校を修了。

 さらに、地元のインディアン・リバー州立短大に進学・卒業しています。専攻は犯罪司法技術(criminal justice technology)。警察官、刑務官、警備員になるための知識、技術を学ぶ学科です。

 卒業後、警官を目指しましたが、採用試験では合格できず。結局、学生時代インターンとして働いていたフロリダ州マーチン郡刑務所に就職しました。しかし、ここを1年で辞め、世界でも有数の警備会社「G4S」に入社し、事件直前までゴルフリゾートなどの警備を担当していました。

ライセンスを取得して銃を保持できる武装警備員ですから、銃の扱いは手慣れたもの。「潜在的なテロリスト」がフロリダのゴルフリゾートやホテルの警備をしていたとは。今回のテロが見せつけた恐怖は「潜在的テロリスト」が米社会のど真ん中で生まれ、育っている現実があることです。
("Who is Omar Mateen?" The News-Press, 6/12/2016) ("Omar Mateen drifted through marriages, jobs, life," Kyra Gurney, Miami Heral, 6/13/2016)

「オサマ・ビン・ラディンは俺の伯父さんだ」

一見、善良そうな平均的米市民がどうしてテロに走ったのでしょうか。

高濱:この人物には「もう一つの顔」がありました。

 容疑者の父親は熱心なイスラム教徒で、保険業を営んでいました。この父親から民族的、宗教的な影響を受けたのか、マティーン容疑者は高校時代から自分の出自に強い関心を持ち始めたようです。

 父親は望郷の念を捨てきれず、アフガニスタンのイスラム過激派タリバン系列の慈善事業団体に寄付をしていました。これを探知した米連邦捜査局(FBI)が6か月にわたり、父親を監視対象にしたことがあります。ただし、父親がテロリストであることを示す証拠は出ませんでした。

 マティーン容疑者は善良な米国市民のふりをしながらも、自分はアフガニスタン人だという民族的な自我意識を捨てきれずに生きてきた可能性があります。

 高校生時代の容疑者についてフロリダ州地元紙「マイアミ・ヘラルド」はこんな事実を探り当てています。「2001年9月11日の同時多発テロ事件を知ったマティーンが教室内で小躍りして喜ぶ姿を当時のクラスメートが目撃していた。『(国際テロ組織の指導者だった)オサマ・ビン・ラディンは俺の伯父さんだ』と言っているのを聞いたクラスメートもいる」。

 ビン・ラディンへの親近感ーー。ビン・ラディンと祖国アフガニスタンとの関係。米軍の侵攻が引き起こした戦渦の中で2万数百人のアフガニスタンの女子供ら民間人が殺されました。過激派組織「イスラム国」(IS)に同容疑者が傾倒する下地はあったといえそうです。

 民族意識に目覚めたマティーン容疑者がISシンパになるのは全く不自然なものだとは思えません。
(参考:「アフガン・パキスタン戦争犠牲者」 海洋戦略研究、6/3/2015)

 それを助長したのは、国境を越えて侵入してくるインターネット上の「IS」プロパガンダだったのでしょう。

 カリフォルニア州サンバーナーディーノで昨年12月2日に発生した銃乱射事件(死者14人、負傷者17人)の犯人2人のうち、男性の方は米国生まれのパキスタン系アメリカ人(女性は婚約ビザで米国に入国したパキスタン人)で「ホームグローン・テロリスト」だったのです。

ISは「米国にいるISの兵士の一人が今回の銃乱射を実行した」と主張していますね。

高濱:FBIはマティーン容疑者とISとの関連を捜査中です。

 FBIタンパ支部は同容疑者が2013年、勤務先の同僚に「俺はテロリストとつながりがあるんだ」と言っていることをキャッチしました。また、同容疑者が、シリアで自爆テロを実行した米国人のムナー・ムハンマド・アブサルハと親交があると2014年に言っていたという情報を得て、徹底調査。しかし確証は得られませんでした。

 ただ、今年に入ってISは、米国をはじめとする有志軍によるドローン(無人機)空爆で甚大な被害を蒙っています。最高幹部や司令官など120人以上が死亡しました。このタイミングを考えると、今回の事件はISによる「復讐措置」と見ることができるかもしれません。ISの意を汲んだ同容疑者が単独犯行に及んだというわけです。
("Who was Omar Mateen?; Is Orlando the US' Paris attack?; ISIS' south Syrian progress; Conflict simmers on Africa's east coast; and a bit more,"The D Brief, 6/13/2016)

 もっともオバマ大統領は13日、ジェームズ・コミーFBI長官らによる状況説明を受けたのち、記者団にこう述べています。「海外のテロ組織などからマティーン容疑者に指示があったことを示す明確な証拠はない。同容疑者はインターネットで広められた過激思想の情報に触発されていた。長い間、懸念してきた『ホームグローン・テロリスト』の事例だ」。

「堕落した性的マイノリティ」を標的にした理由

ところでマティーン容疑者が、性的マイノリティが集まるナイトクラブを標的にした理由はどこにあるのでしょう。

高濱:イスラム教では元々「同性愛者は、神の道に反した行いに耽っている堕落した者たち」と見なされているようです。

 エジプト出身のイスラム教宗教学者は次のように筆者に説明しています。「イスラム世界では性的マイノリティ、とくに同性愛者は、神の意志に反するハラーム(イスラム教の法学における5段階の義務規定。「義務」「推奨」「許可」「忌避」「禁止」からなる)のうち「禁止」にあたる。同性愛は個人の選択によってなされたものと解釈され、来世でその責任を取らさせれ罰される。性的マイノリティを刑事罰に処すイスラム教国家もある。シーア派国家のイランは刑法でソドミー罪が定めており、同性同士の性行為が確認されると死刑に処す」。

 ISもこの戒律を厳格に遵守しているようです。ISは今年1月、イラク北部のモスルを陥落させたことを記念する1周年の集会で、あるビデオを公開しました。同性同士で性交した者にソドミー法を適用してビル屋上から突き落とす映像です。突き落とされてもまだ生きている者が石打の刑に処せられるシーンまで記録されています。

 また2月発刊のIS機関誌は「ISは性的倒錯、宗教的罪悪を広めようとする西欧文明に鉄槌を加える」とする論文を掲載しています。

 マティーン容疑者がこうしたISの主張をインターネットで閲覧していたことは十分考えられます。FBIは、同容疑者たちがこのナイトクラブのほか、同じくオーランドにあるディズニー・ワールドを「視察」していたとの情報を入手しています。5月31日から6月6日まで「ゲイ・ディー」と銘打った性的マイノリティ団体主催のイベントが開かれていたのです。容疑者はナイトクラブ以外にディズニー・ワールドも標的にしていたのではないのかという憶測が出ています。
("In Islamic State-held areas, being gay often means a death sentence," Nabih Bulos, Los Angeles Times, 6/13/2016)

「イスラム教徒入国禁止」を改めて強調したトランプ

今回の事件は米大統領選にどのような影響を与えるのでしょうか。

高濱:まず、トランプ、クリントン両氏が「オーランド・テロ」にどう反応したかを見てみましょう。

 事件が発生した直後に、最初に口火を切ったのはトランプ氏でした。まずツィッターで「私が正しかったことを祝福してくれてありがとう」と書き込みました。

 トランプ氏は2015年12月、カリフォルニア州サンバナディーノでイスラム教徒が銃を乱射した事件を受けて、「イスラム教徒の米国入国を一時禁止すべきだ」とぶち上げました。

 そして今回のイスラム教徒による銃乱射事件。誰かがトランプ氏に「あなたの言う通りになった。イスラム教徒の入国は禁止すべきだ」とでもツィートしたのでしょう。それに対する返事だったのです。

 トランプ氏はさらに続けてこうツィートしています。「フロリダ州オーランドで起こったことは始まりに過ぎない。われわれの指導者(オバマ大統領)は弱すぎて無力なのだ。私はイスラム教徒の入国禁止を要求した。もっと強硬にならなければだめだ」。

 そしてトランプ氏はステートメントを発表しました。「オバマ大統領は恥ずかしくも、この事件について、容疑者に対してイスラム過激主義者(Radical Muslim)という表現を使うことを拒んだ。そのことだけでも大統領を辞任するに値する」。

 トランプ氏は13日には遊説先のニューハンプシャー州で「テロと移民と安全保障」と題して演説しました。要旨は次の通り。「ヒラリー・クリントンが主張する悲惨な移民政策では多くのイスラム過激派が米国に入り込んでくる。なんと愚かなことか。クリントンは大統領としての気質にも品位にも欠けている」。

 「彼女はイスラム過激主義が何なのか全く分かっていない。我々の移民制度は壊れており、イスラム過激派を米国内に入国させてしまっている。テロの歴史がある地域からの移民を禁じるべきだ。私が大統領になったらテロの歴史を持つ地域からの移民は一時的に全面禁止する」

 「今日はオーランドの犠牲者を追悼するために政治休戦する」といったクリントン氏もさすがに堪忍袋の緒が切れたのでしょう。トランプ氏に猛反発しました。13日にはステートメントを発表。その中でクリントン氏は、犠牲者になった性的マイノリティを悼み、彼らの権利を再確認しました。

 そしてこう続けています。「(容疑者がイスラム教徒であったからと言って)これによってイスラム教徒を悪霊のように見ることがあってならない。反イスラム教的なレトリックが燃え上がれば、自由を愛し、テロを憎む大多数のイスラム教徒の人たちが傷つくだけだ。米国は寛大な心を持つ公正な国家なのである」。

 クリントン氏は13日、CNN、CBSとのインタビューに答えてトランプ氏にこう反論しました。「トランプ氏の発言は我が国にとって極めて危険だ。トランプ氏は、私が今回の容疑者のことを『イスラム過激派のテロ』と呼ばなかったことを取り上げて『(イスラム教徒を)怖がっている』と言っているが、問題は呼び名ではなく、我々がどんな行動をとるか、だ。今は党派争いを排除して政治的手腕を発揮する時だ」。
("Trump, Clinton face off over Orlando massacre," Stephen Collinson, CNN, 6/13/2016) ("Donald Trump, Hillary Clinton showcase clashing style at times of crisis," Stephen Cillinson, CNN, 6.14.2016)

相次いで出た各種世論調査はヒラリーに軍配

 トランプ、クリントン両氏による非難の応酬を見た米国民はどちらに軍配を上げたでしょうか。

 ブルムバーグ、CBS、ワシントン・ポストが15日、相次いで最新の世論調査を発表しました。ブルムバーグの「今、選挙が行われたらだれに投票するか」との問いに対する回答は、「クリントン」が49%、「トランプ」が37%。クリントン氏が12%もリードしました。(リバタリアン党のゲリー・ジョンソン大統領候補は9%)

 銃乱射事件が発生する前(6月8日発表)にフォックス・ニューズが実施した調査では「クリントン」42%、「トランプ」39%と僅差でした。それが12%に広がったわけです。

 またトランプ氏の「オーランド・テロ」についての発言について、CBS世論調査で「不支持」が51%。「支持」は25%に過ぎませんでした。

 ワシントン・ポストの世論調査はトランプ氏に対する好感度を聞いています。「好感できない」はなんと70%、メキシコ系の回答者に至っては「好感できない」が89%に達しました。
("The Donald Trump polling disaster," Tom McCarthy, The Guardian, 6/15/2016)

ヒラリー、支持率でトランプを大きく引き離す

 最新の各種世論調査を見ると、国民のホンネを浮き彫りにしている点があります。オーランドの銃乱射事件を受けて、「テロとどう戦うか」について聞いたブルムバーグの世論調査結果です。

○テロとの戦いを任せるなら、クリントン、トランプのどちらが信頼できるか。

  • トランプ 45%
  • クリントン 41%
  • 分からない 15%

 誤差がプラス・マイナス4.9%あることに配慮する必要はあるものの、「イスラム教徒入国禁止」「銃があればこんな悲劇は起きなかった」といったトランプ氏の発言が、一部の国民から心情的な支持を得ていることが窺えます。
("Clinton Has 12-Point Edge Over Trump in Bloomberg National Poll," John McCormick, www.bloomberg.com., 6/14/2016) ("General Election: Trump vs. Clinton," www.realclearpolitics.com., 6/15/2016)

 民主党員を自認する政府高官OBの一人は筆者にこう説明しています。「大統領選の最大の争点はテロ対策ではない。銃乱射事件を受けて、一般市民は不安と恐怖を身近に感じている。それに付け込んでトランプが威勢のいいことを言っている。まるで一杯機嫌のオヤジがバーで言いたいことを言っているように」。

 「バーテンダーも隣に座っている白人の中年男も『そうだ、そうだ』と相槌を打っている。人種的、宗教的理由からくる憎しみに満ち満ちいる。しかしトランプが言っていることが実現不可能なことは皆わかっている。オヤジはあくまでもオヤジ。誰もこのオヤジを大統領にしようなどとは思っていない。そのことを世論調査は見事に抉り出している」

 「『今、誰に投票するか』という問に対する回答で、ヒラリーがトランプに12%もの大差をつけている。これは、米有権者の半数がトランプのこれまでの言動から、この人物が知識、経験、気質、モラルの面で欠陥だらけで、とても大統領になる資格はないと判断している表れだ。たとえヒラリーが嫌いな人でもね」

銃規制強化を阻む「一億人の銃愛好家」

これだけの人が殺されたのに、トランプ、クリントン両氏から銃を規制する提案は出てこないんですか。

高濱:今回、これだけの人が短時間の間に殺されてしまったのは、マティーン容疑者がAR-15という攻撃用自動小銃を使用したからです。軍事利用のために設計された半自動式ライフルです。犯罪歴がなければ、誰でも容易に入手できます。

 オバマ大統領は14日、今回の事件を受けて、1994年に10年間の時限立法で成立した攻撃用銃器の販売・所持を禁止した銃規制法を復活するよう訴えています。武器を保持する権利を定めた憲法修正2条を侵害しない範囲で銃規制強化をするという考え方は、クリントン氏も同じです。

 しかし銃愛好家は全米に1億人いるといわれています。それを束ねる圧力団体「全米ライフル協会」(NRA=会員数約500万人)から、民主・共和の垣根を超えて上下両院議員にカネと票が流れている。オバマ大統領がいくら銃規制案を出しても拒否されてきました。NRAは5月20日、トランプ氏を支持すると発表しました。

 ただし、攻撃用銃器を対象とする規制法を復活させるかどうか、大統領選の争点にはなることは間違いないでしょう。クリントン氏の出方が注目されます。
("Why Hillary can't ban AR-15 rifles," Tom Gresham, Washington Times, 5/15/2016)

 こうした中、民主党のクリス・マーフィー上院議員(コネチカット州)が15日、「テロリストから銃を取り上げるため銃規制を強化する法律が必要だ」として本会議場でフィリバスター(議事妨害)を開始しました。

 クリントン氏は「私が以前から言ってきたのがこれだ。歓迎する」とコメントしています。銃規制強化に反対してきた共和党議員がどういった反応を示すか注目されます。
("Gun debate takes a dramatic turn," Mike Lillis, The Hill, 6/15/2016)

まずは会員登録(無料)

登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。

こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。