日経ビジネス3月27日号の特集「メガブランド強さの限界」では、ビール業界を代表するアサヒビールのビールブランド「スーパードライ」の苦闘と戦略を詳報した。特集に関連して取材に訪れた英国ロンドンでは、グローバルブランドへの道のりの険しさを目の当たりにしたが、もう一つ考えさせられたのが、日本のビール消費における隠れた大きな課題だ。
それは日本のビール市場、特に外食店など業務用の市場における「樽生ビール」の功罪。具体的には、「とりあえず生!」の言葉に表れる日本のビールメーカーのブランディングの問題点である。居酒屋をはじめとする日本の外食店が若者のビール離れや喫煙規制といった逆風にさらされる中、もう一度ビールブランドのあり方を根本から考え直すタイミングではないか。
送別会ラッシュとなった3月中下旬。記者も多くの会に参加させてもらい、日経ビジネスの編集部を離れる先輩を見送ったり、日本を離れる同期の記者にはなむけの言葉を送ったりした。そこではひたすらビールを飲み続けたが、はて、何の銘柄のビールを飲んだかと聞かれると、途端に答えに詰まってしまう。
もちろん、各店舗のメニューには「スーパードライ」だったり「一番搾り」だったり、ビール各社のブランド名が記されていたはずだし、稀に「当店では生ビールとして『エビス』『黒ラベル』をご用意しております」と親切に説明する店もある。だが、大半の店では来店客は着席するなり「生ビール」を注文し、店側は契約しているビールーメーカーの樽生サーバーからビールを注ぎ、特に何の解説をすることもなく、素早くテーブルに運んでくるのが当たり前の光景だ。
英国では多品種が当たり前
記者も長年これを当たり前のこととしてきたし、それが全て悪いとは思わない。一刻も早く喉を潤したい、まずは乾杯して腰を落ち着けたい客にとって、店側の素早いオペレーションは非常にありがたいし、一々「今日の注ぎ方は…」などと注文をつけるのはよっぽどのマニアだと思われるだけだろう。ただ、これは「ビールの楽しみ方」として本当に正しいのだろうか。
2月上旬、特集の取材で訪れた英国ロンドンの光景は、これとは全く異なっていた。
ロンドン中心部のスタイリッシュなビアバー。来店客は数あるビールのメニューから自分の好みの銘柄、または新しく試してみたいブランドを選び、注文していた。カウンター越しに店員とビールの味の違いなどについてやり取りし、最初の一杯、次の一杯をじっくり選んでいる人の姿も目立った。
例えばビアバーには5~6種類、多いところでは十数種類のサーバーが置かれ、スタンダードビールから高級なプレミアムビール、変わった味わいのクラフトビールなどを好みに応じて選ぶことができる。ブランドごとに専用のグラスやコースターが用意されていることも珍しくなく、店の中で誰がどのブランドを飲んでいるかも分かりやすい。
日本でも「HUB」など英国風パブがあり、ロンドンではこうしたやり方が一般的と思われるかもしれない。ただ、米国なども含め、ビアバーに限らず中華料理店やホテルのちょっとしたレストランでも、消費者がメニューの中から思い思いに自分の好みの銘柄を選び、「主体的」にビールを楽しんでいる光景は同様。必ずしも店のシステムの問題ではないのだ。
消費者に自社のブランドの価値を伝え、いかに主体的に選び取ってもらうか。この点で成果を上げているのが、昨秋からアサヒグループ入りしたイタリアのブランド「ペローニ」である。
ペローニはロンドンではオランダの有名ビール「ハイネケン」などよりさらに高級な「スーパープレミアムブランド」と位置付けられている。年間販売量は900万ケースと中程度だが、ビアバーなどでの生ビールの価格は日本円で1000円近くするケースも珍しくなく、最も高い値付けがされているブランドの一つ。これは小売店でも同様で、値引き販売などは、まずされていないという。
外食店で生ビールを提供する場合は、まず例外なく専用のグラスとコースターをつけ、サーバーもお洒落で目立つ特別仕様のものが多い。瓶で提供する際も氷をふんだんに入れた専用容器に10本程度の瓶を入れてパーティー感を演出する。アサヒヨーロッパの外食営業担当者は「高級感をしっかり伝えることで、品質の良さを理解してもらう。若者やビジネスマンにとっては、ペローニを飲むことをステイタスにしてもらうことが重要」と強調する。
スマホでデータ収集
高級感の演出だけではない。営業担当者は仕事・プライベートを問わず頻繁に外食店を回り、ペローニがその店でどのような品質管理をされているか、どのような提供の仕方をされているか、量や値段はどうか、といったことを細かくチェックし、項目ごとにデータをスマートフォンを使って登録。会社側ではそのデータをまとめて分析し、店舗向けの指導や営業などに活用している。
精緻なデータの分析により、外食店でのビール消費のトレンドを掴むとともに、現在のペローニに足りない部分を把握して改善につなげる。こうした地道なブランディングを積み重ねてきたことで、ペローニはロンドンっ子たちにとって、「美食の国イタリアの高品質なプレミアムビール」として受け入れられた。
実際、ペローニがほとんどを占める英国事業のEBITDA(利払い・税引き・償却前利益)の利益率は3割を超え、その収益力は極めて高い。アサヒヨーロッパのヘクター・ゴロサベルCEO(最高経営責任者)は「プレミアムは一旦プレミアムでなくなればすぐにダメになる。ペローニは味はもちろん、パッケージ、店での提供の仕方など全ての品質に気を配ることで、英国で成功できた」と語る。
翻って日本はどうか。もちろん、アサヒビールをはじめとして大手各社は膨大なマーケティングコストを費やし、自社ブランドの浸透に努めてきた。消費財の中で最も巨費が投じられるとされる、テレビなどでの広告宣伝はその最たるものであり、精緻な消費者調査を通じて改善を積み重ねてきたことも確かである。
加えて、日本においては小売り用と業務用の出荷比率は7:3(ビールのほか発泡酒・第3のビールを含む)と、欧米などに比べて小売りの存在感が大きく、小規模な居酒屋では複数のビールサーバを置くことが難しく、単一ブランドだけになりがちといった構造的な要因も大きい。
しかし、冒頭に書いたような外食店での現実を見れば、日本のブランディングの仕方には多くの課題があったと言わざるを得ない。業務用で特に象徴的なのが、数量を伸ばすための販売促進費だ。各社はキャンペーン支援などの名目で多額の「販売奨励金」や「協賛金」と呼ばれる販促費を投じ、外食店の集客や売り上げ増を支える見返りに、自社のブランドを優先的に取り扱ってもらうことを競ってきた。ただ、こうした競争が行き過ぎた「陣取り合戦」や、ブランド浸透のためのきめ細かな努力がおろそかになってきた状況を生む要因ともなってきたのではないか。
業務用の販促費は抑制へ
一方、足元では潮目も変わりつつある。外食市場は長期縮小傾向が続き、ビール離れも相まって、かつてのように薄利多売で単品のビールだけを売りまくれる時代は終わった。厚生労働省が準備を進める外食店での喫煙規制の行方によっては、居酒屋などでの消費行動が大きな影響を受けることもありうる。
こうした中、アサヒビールやキリンビールは販売促進費の抑制など、従来の外食向けの営業やマーケティングのあり方を見直し始めている。アサヒグループホールディングスの小路明善社長は「過大な販促投資はせず、流通も含めてしっかりと利益の取れる業界にしていかなくてはならない」と強調する。
そこで重要になっていくのは、本当の意味で消費者に選ばれるブランドを浸透させなければならないということ。アサヒビールでは英国でのペローニの成功事例やノウハウを、国内でのマーケティングに生かすことなども考えているという。日本のビール各社が危機感を持ちブランディングのあり方を見直さなければ、「名前のない生ビール」はいずれ消費者の支持を失い、外食店における主役の座を失うだろう。
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