「広告宣伝にお金をかけても、簡単にモノは売れなくなっている」。
こう嘆くマーケティング担当者は少なくない。
SNSの発達によって、人々の情報収集の手段はますます多様化している。その分、企業側の意図だけを十分に汲んだ広告で訴えても「本当にそうなの?」と勘繰られ、なかなか響かない。
そんななか、“素人”に自社のPRを託す企業が増えている。
代表格がスウェーデンのアパレルブランド、ヘネス・アンド・マウリッツ(H&M)と化粧品専門店の英ラッシュだ。
「H&Mに対して強い思いを抱いているお客様、いわゆるロイヤルカスタマーにH&Mの世界観を体験してもらい、それをSNSで広めてもらっている」とH&M日本法人のルーカス・セイファート社長は言う。

大学卒業後、1996年H&Mに入社。世界各国でマーチャンダイジングの経験を積み、2006年グローバルマーチャンダイジング責任者に。17年から現職(写真:室川イサオ)
「素人がPRしても、効果は限定的だ」と考える人がいるかもしれない。しかし、ツイッターやインスタグラムを熱心に更新する人は特別なインフルエンサーでなくても、思いのほか影響力を持っている。ネットの社会では「類は友を呼ぶ」法則があり、そのブランドのファン同士、フォローし合っていることが少なくないからだ。
だからこそ、ロイヤルカスタマーにPRを頼むことで、効率的にファンの間に情報を拡散できる。
情報を伝えるのはあくまで一般の顧客だから、時には厳しい言葉もある。しかし飾らない、率直な言葉での商品の感想は、より多くの人の心をとらえる面がある。
モルディブ旅行に招待する
ではH&Mはどのように自社のファン見つけ出し、どうPRしてもらっているのか。
今年1月、H&Mが会員組織「H&Mクラブ」で呼びかけたこんなキャンペーンが話題になった。
「ロマンチックなモルディブ旅行をプレゼントします」
アパレルブランドが旅行をプレゼントすることに違和感も覚えるが、これはただの消費者還元サービスではない。顧客が自分のSNSで商品の情報を伝えたくなるようなシカケを作っているのだ。
単に、顧客に洋服を着てもらい、それをSNSにアップしてもらっても話題性は乏しいため、多くの人の目に触れることもない。
一方、H&Mの服を着てモルディブを旅行しその様子をSNSで公開してもらえば、旅行中の顧客は頻繁に情報をアップし、楽しい様子がファンの間に伝わっていく。「旅行をプレゼントした狙いはH&Mはいつも驚きをもたらす、楽しいブランドというイメージが伝わると思ったから」とセイファート社長は説明する。
H&Mでは、モルディブ旅行以外にも米ニューヨークでのファッションショーや仏パリでのロックフェスなどの「H&Mのブランドイメージに合うような」海外旅行に一般人を招待する。同様にそこでの様子をSNSに上げてもらっている。

実際、どんな人が招待されるのか?
単純にH&Mでの購入金額が高い人が選ばれているわけではない。これらの海外旅行に応募する際、「自分がいかにH&Mを愛しているか」を記入してもらう。その内容からより熱量が高い人を“ファン”と判断し、候補者を選び出す。
H&Mと同様にブランドのPRに一般人を巻き込んでいるのが、英ラッシュの日本法人で、国内に約85の店舗を持つラッシュジャパンだ。
社員研修にも参加してもらう
ラッシュで実施しているのが、英国本社への招待だ。ここでは新製品について学ぶ社員研修に参加してもらう。海外で行われる社員のみのイベントに参加してもらうことで、顧客は否が応でもテンションが上がり、SNSでの情報更新も頻繁になる。
「自社サイトで地味に告知しているだけなのですが、ラッシュを熱烈に好きなお客様が見つけて応募してくれる。応募ページではなぜ英国ツアーに参加したいのか、志望動機も書いてもらう。それを見ながらより“ラッシュ愛”が強と判断した人に参加してもらっている」と同社で顧客とのコミュニケーション活動に力を注ぐプルネダ・マイケル氏は言う。
ラッシュはほかにも自社のファンともいえる顧客を巻き込んだイベントを複数開催している。
その1つが新製品発売前のお披露目イベントだ。国内で実施し、60人近くのファンが会場に訪れる。社員から説明を聞いたり、ファン同士の交流を図ったりすることで、ブランドへの愛着が増す仕組みだ。
自社製品の原料を提供する農家を訪問するツアーもある。
ラッシュでは野菜や果物を使って化粧品を作っており、仕入れ先の野菜農家に顧客40人を招待。実際に収穫したばかりのじゃがいもなどを使って、製品を作ってみせる。「野菜から生まれた化粧品ということを、深く理解してもらえる」とマイケル氏は話す。
顧客を巻き込んだイベントは参加者を満足させるだけでなく、参加者のSNSを通じてその先にいる人にも情報を届けることができる。ファンと頻繁に交流することで、商品の不満点や改善点も見つかりやすいというメリットもある。


これまで企業と消費者は商品の提供側と購入側に分かれ、そこには壁があった。しかし、SNS全盛の時代、企業は消費者1人ひとりの力と密接な連携をとりながら商品やブランドを育てる。新しい取り組みが始まりつつある。
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