今回は最近気になっていたことについて、アレコレ考えてみる。
テーマは、「トップの差」。
日本経済新聞電子版で、「日本人の残業、元凶は『家に帰りたくない』人たち」(日経ビジネス5月16日号の再構成版)という、ちょっとばかり切ないタイトルの記事が報じられた翌日、ショッキングなニュースがNHKで流れた。
なんと「過労死ライン」と呼ばれる月80時間を超えて残業をした従業員がいる企業は、全体の2割強に上り、なかでも従業員が1000人以上の企業では6割近くに上っていることが、厚生労働省の調査で明らかになったのである。
業種別では、情報通信業が44.4%と最も割合が高く、次いで、学術研究、専門・技術サービス業が40.5%、運輸業、郵便業が38.4%。
また、従業員に対する調査では…
●残業が長い人ほど、メンタル不調者が多い
●残業が長い人ほど、「精神障害の発症・悪化の不安がある」と回答(15.5%)
●残業が長い人ほど、蓄積疲労度が高い
など、長時間労働の“心身を蝕む力”が、改めて確認されたのだ。
「KAROSHI」が海外で使われる不名誉な“英語”になってから、30年。 今なお「2割超」もの企業が“どうどう”と過労死ライン超えを許しているとはどういうことか。ネットでは「死者が残業代欲しがるか?」と真っ当なコメントが拡散していたけど、調査で明らかになった現状はやはり異常だ。
日経新聞では、残業を「生産性」から論じ、厚労省の調査では、残業の問題を「健康面」から示した。
どちらも極めて大事なことだ。
だが、なんだかとんでもなくやるせない気持ちになった。なぜなら、この2つの記事が、今後さらに広がっていくであろう“企業間格差”を、「残業」というキーワードで、ものの見事に白日の下にさらしたのだ。
残業削減の試み、話を聞くだけで楽しい!
「残業削減」に努めている企業には、「それをやろう」という強い思いを持つトップがいる。
午後5時25分に、故・坂本九氏の「明日があるさ」で終業時刻を知らせて帰宅を促すりそなホールディングス、ノー残業デーの日には、午後6時に本社ビルを消灯する味の素、残業を減らせばそれだけ多くボーナスがもらえる大手システム開発会社のSCSK、残業しそうになった社員が周囲の社員に助けを求める「12時ツイート」を実施している電子部品商社のNTW Inc.、残業禁止日には社員に退社時刻を示すマントを着させるセントワークス、残業した社員には徹底した反省会とリポート提出を義務付けた元トリンプ・インターナショナル・ジャパン社長で、元祖・残業削減のプロ、吉越浩一郎氏……。
これらはすべて、「残業をなくす意味」を見いだしたトップのいる企業だけがなし得るワザ。
こうした取り組みは記事を読むだけで、会社の活気とトップの温かさが伝わってきてワクワクする。トップの「何がなんでもやるぞ!」という心意気が、滑稽なまでに伝わってくるのである。
吉越さんの心のボルテージは、笑ってしまうほど、「すごい!」。
禁止されている残業をやるわけだから、社員に反省会やレポートを義務づけるのはわかる。違反は違反だし。
でも、内容に大した問題がなくても、何度でも突き返す。たとえ業務に支障が出ようとも、関係ない。何よりも、レポートを最優先した。
そんな吉越さんに、「理不尽な仕組みだ」「社長はおかしい」と怒り出す者もいたそうだ。
まぁ、怒るでしょうね。「なんでやねん!」と。社員たちの憮然とした表情と吉越さんのドヤ顔が、目に浮かんで面白すぎる。まるでコントだ。
零細企業より大企業より、中規模企業がアブナイ
実際、インタビューをしていると、「残業したいのにさせてもらえない」と愚痴をもらす人たちはいるし、本当に残業が必要な人は自宅に持ち帰って“風呂敷残業”する。「残業禁止=サービス残業増加」と本末転倒になる。
だが、吉越さんは風呂敷残業もしないでいいように、「なぜ、残業をしなければならなかったのか」「どうしたら残業をせずに済むか」を徹底的に考えさせた。
社員が能動的に残業について考えることの意義、考えて仕事をすることの重要性、仕事以外の時間を大切にすることが仕事にもプラスになること、働くことの楽しさと厳しさ、そして、いい意味で「たかが仕事なんだよ」ということを、吉越さんは社員にわかってほしかったのだろう。
反省会やレポートは、吉越さんのためにもなったはずだ。“ため”とは失礼な言い方で申し訳ないけど、「おお、こんなことがあったか! よし、ここは体制を変えなきゃだな」なんて具合に、見過ごしていた部分への気付きになったに違いない。残業をなくすには、会社と社員のタッグが必要不可欠。それを見事なまでに成し遂げていたのである。
一方で、こんな声も聞こえてきそうだ。
「でも、こういうのって、そもそもが企業に体力がないとできないでしょ? 中小にはムリ」
確かに。
実際、件の厚労省の調査「過労死等に関する実態把握のための社会面の調査研究事業」でも、中規模企業の問題が明らかになっている。
「過労死ライン」と呼ばれる月80時間を超えて残業をした従業員がいる企業 22.7%を、従業員規模別にみると
1位 1000人以上 56.9%
2位 300~500人未満 36.9%
3位 500~1000人未満 37.7%
となっている。
これだけ見ると大企業の方が問題が深刻に思えるが、現実はそう単純な話ではない。上記はあくまでも、「平成26年度で1カ月の時間外労働が最も長かった月」のデータで、日常的には中小の方が多い。
例えば、「平成27年度10月の月間時間外労働が80時間以上の従業員が、全従業員の2%以上いる」と回答した割合は、次のようになる(注:年初や年度末、夏期休暇もない10月を対象にしているのは、平均的な月残業時間の把握が目的と推測される)。
1位 300~500人未満 13.1%
2位 500~1000人未満 8.8%
3位 1000人以上 7.8%
ご覧のとおり、300~500人未満の企業の数値は1000人以上の倍近くになるのである。
いまだ多い、「メンタル不調は個人の問題」教の信者
そもそもこういった企業が報告する数字には“ウラ”があるので、実際には示される数字以上の、長時間労働を疑ったほうがいい。
働く人の回答を見ると、数字では見えない実態がわかる。
●「企業は、労働時間を把握する手段を特にとっていない」とした人が、15.0%
●ほぼ毎日「持ち帰り残業がある」としたのは正社員全体の12.4%、非正規10.2%
●年次有給休暇の取得日数「0日」の割合は、正社員で30.3%、非正規45.8%
●「本人の意志に関係なく恒常的に残業がある」とした人が、51.6%
特に「200~500人の中規模の企業」の数字には、注意が必要だ。これまで私が関わった調査では、このくらいの規模の企業ほど、サービス残業が多い可能性が高かった。従業員のメンタルヘルス対策にも取り組んでいないケースが多く、病気休暇を設けている企業も少ない。
零細企業だと「顔が見える」人間関係があるので、互いに傘を貸し合うことができる。社員と社長が近く、家族のように大切にできる。
だが中途半端に人が増えると、互いの顔は見えないわ、きちんとした制度は整っていないわ、マネジメントできるリーダーは少ないわ、の三重苦だ。そこに、「俺がここまで会社を大きくしたんだ」とばかりの「俺さま」オーナーが加わったら……。考えるだけでもゾッとする。俺さまの半端ないパワーは、働く人を想像以上に苦しめる。
「うちの会社のトップは、メンタル不調は“個人の問題”だと、本心から思ってます。二言目には、『残業してたって、元気なヤツは山ほどいるじゃないか』と、ストレスに強い人を持ち出します。メンタル不調はすべて、個人の資質が原因だと信じて疑わないのです」
「なので長時間労働が改善するわけもなく、メンタルを低下させる社員が後を絶たない。あきらかに人員不足ですが、トップが認めるわけもなく、どんなに効率化を図ろうとしても限界があります」
「ウツって……広がっていくんですよ。ひとりが休むと周りがカバーするんですが、もともと抱えている仕事が多いのにさらに仕事が増えて、疲弊していきます。でも、自分が処理しきれないとさらに周りの負担が重くなることがわかっているから、無理して来ちゃうんですよね。本人から『大丈夫です』と言われれば、私もつい任せてしまう。情けないですよね。本当はもっと休ませるべきなのに……」
「するとやはり本人の生産性が下がってるから、ポカしちゃうわけです。で、余計に手間がかかって。本人はまた落ち込むし、周りもイライラして。人間関係も悪くなる。悪循環です」
「おそらくうちのトップは、メンタルが何なのかも、残業の何が問題かもわかっていない。『残業しろとは、自分は一言もいったことない』って平気で言いますから……」
これは社員数が約230名の企業の、部長職の男性が話してくれたことだ。
「いまだにそんな社長が?」 いるんです、かなりたくさん。
「いまだにこんな社長いるのか?」と疑う人もいるかもしれない。
が、「います!」。ええ、想像以上にたくさんいます。経営者を対象にした講演会や懇談会にいくと、必ずといっていいほどいて、その度に唖然とします。
“いまだ”に「最近の人は本当ヤワになったな」という人はいるし、「メンタルだのなんだのいうけど、新型ウツとかいって、会社を離れると元気になるんだろ? ただ仕事イヤイヤ病でしょ?」と本気で聞いてくる人もいるし、「このご時世、仕事があるなんて嬉しいことだよね?」とのん気なことを言う人もいる。
いちばん驚いたのは、“公衆衛生の専門家”と自負する教授だった方が、
「やはり本音をいうと、日本人は弱くなったの一言です。学校の朝礼で倒れる学生がいると聞いたときには、驚きました。熱中症が多いのも、アレも弱くなった証拠でしょう」
と、とあるパーティで、堂々と自論を展開したこと。ちなみにこのお方は、御年80歳。背筋もシャキとして、実にお元気で。“日本人やわ話”にいたくご執心のようで、延々とスピーチを続けていた。
そのときには、100年、そう、100年。長時間労働がなくなるには、あと100年くらい優にかかるかもしれないと絶望的になった。
欠勤・休職よりもっと怖い「プレゼンティズム」
いずれにしても先の部長職の男性が頭を抱えるように、メンタル不調は拡散する。特に日本ではその傾向が強い。
日本は欧米にくらべ、
メンタル低下=使えない人
メンタル低下=弱い人
メンタル低下=性格的に問題のある人
といった偏見のまなざしでみられがち。だから、隠す。
過去12カ月にうつ病にかかったと判断される人のうち、なんと7割もの人が、適切な対処することなく、無理して会社に通い続けていたとの報告もある(Y.Naganuma et al. Twelve-Month Use of Mental Health Services in Four Areas in Japan)。
「メンタル不全ではないか?」と周りから疑われたくない。「あいつ、うつじゃないか?」と、偏見のメガネ越しに見られたくない。そんな気持ちから不調を隠し、医療機関に相談することさえも躊躇し、一人きりで抱え込んでいる人が多いのである。
健康状態が悪いにも関わらず出社すると、やる気もでない、ミスが増える、ボ~ッとする、頭の回転が鈍る、などで生産性が落ちる。
いわゆる「プレゼンティズム(Presentism)」だ。出勤しているが、心身の不調などによりパフォーマンスが低下する状態を指す。
プレゼンティズムは、欠席や休職を指す「アブセンティズム(Absenteeism)」より、深刻な状況で、企業側の損失も大きい。大企業が負担する従業員の健康関連コストのうち、7割超がプレゼンティズムで、15%が医療費、残りがアブセンティズムと労災と分析するデータもある。また、同僚などへのマイナスの影響も、アブセンティズムより高いと考えられている。
残念ながらまだ定量的に捉えた調査はない。ただ、イメージしていただければ、なんとなくわかるはずだ。
休んでいる同僚の仕事をカバーしている場合と、出社している同僚のミスで、突発的に仕事が増える場合。心の準備ができていない分、後者のほうが手間だし、イラつく。単に労働時間が増えるだけじゃなく、心理的にも負の影響が及び、メンタル不全が拡散していってしまうのだ。
この国の“トップ”たちに、命を搾取されている
メンタルが低下する社員を「個人の問題」と片付けるトップには、
「だって、ウツとか言っても、どうせ100人いて1人なるか、ならないかくらいの確率だろ?」
と“たったひとりのために?”的感覚を持っている人が多い。
もちろん中には、下請けの中小企業などの場合、どんなにトップが長時間労働をなくしたくても、自社だけではコントロールできない部分があることは否定できない。
それでもやはり、うつ、メンタル不調、プレゼンティズム、アブセンティズム、どれもこれも企業の生産性に対してマイナスでしかないので、残業削減に取り組んで欲しい。1社でも多くの企業のトップが、残業を撲滅させる勇気を持って欲しいと願う。
毎度、長時間労働の話題になると、「国の責任」を追及したくなってしまうのだが、長時間労働を本気で改善したけりゃ、国が徹底的に違法な残業を取り締まるべきだし、インターバル規制を義務づけるべき。日本には36協定という抜け道があるし、欧州の残業が人権問題、健康問題とセットで考えられているのに対し、日本は賃金とセットになってしまっている点で明らかにおかしいのだ。
なぜ、過労死が、世界にも通じる不名誉な「KAROSHI」になってしまったのか?
なぜ、いまだに「過労死ライン」である月80時間を超えて残業をした従業員がいる企業が、全体の2割余りもあるのか?
なぜ、この異常な結果を、メディアはもっともっと積極的に報道しない?
全くもっておかしな話だ。
過労死ラインギリギリで働いている人たちは、この国の“トップ”たちに、命を搾取されている。
なぜ、週休2日にこだわる? 週休3日にすればいい。 それくらいのパラダイムシフトが必要じゃないのか。
フランスのレオン・ブルム氏が、週40時間労働制を推し進め2週間の有給休暇を保証するマティニョン法(通称「バカンス法」)を制定し、「もっと働け」ではなく、「もっと休め!」とのスローガンで、経済も、人も、元気にさせたように、だ。
『考える力を鍛える「穴あけ」勉強法: 難関資格・東大大学院も一発合格できた! 』
この本は現代の競争社会を『生き勝つ』ためのミドル世代への一冊です。
というわけで、このたび、「○●●●」となりました!
さて、………「○●●●」の答えは何でしょう?
はい、みなさま、考えましたね!
これです!これが「考える力を鍛える『穴あけ勉強法』」です!
何を隠そう、これは私が高校生のときに生み出し、ずっと実践している独学法です。
気象予報士も、博士号も、NS時代の名物企画も、日経のコラムも、すべて穴をあけ(=知識のアメーバー化)、考える力(=アナロジー)を駆使し、キャリアを築いてきました。
「学び直したい!」
「新商品を考えたい!」
「資格を取りたい!」
「セカンドキャリアを考えている!」
といった方たちに私のささやかな経験から培ってきた“穴をあけて”考える、という方法論を書いた一冊です。
ぜひ、手に取ってみてください!
『考える力を鍛える「穴あけ」勉強法: 難関資格・東大大学院も一発合格できた! 』登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。
※こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。
この記事はシリーズ「河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学」に収容されています。フォローすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。