雲のような形をしたカラフルな綿あめに炭酸水を注ぐ。すると、綿あめがみるみる溶けて崩れ落ち、グラスの中のレモネードがオレンジ色に染まっていった。
目にも鮮やかなこのカクテルの名は「マーブリングレイン」(800円、以下価格はすべて税込み)。東京・渋谷の渋谷センター街に2022年6月末、突如オープンした「SUMADORI-BAR SHIBUYA」(スマドリバー渋谷)の看板メニューである。
ガラス張りで観葉植物が置かれた明るい店内は、バーというより、カフェのような趣だ。その瀟洒(しょうしゃ)なたたずまいや、店名からは想像しにくいが、実はアサヒビールが肝煎りで始めたプロジェクトである。
スマドリとは「スマートドリンキング」の略。お酒を飲む人も、飲まない人も、気兼ねなく好きなドリンクを楽しめる「飲み方の多様性」を指す概念として、アサヒビールが20年12月に提唱した。このスマドリを体感できる場としてオープンしたのが、渋谷のスマドリバーだ。
ドリンクメニューは基本的に0~3%の3段階で、アルコール度数を選べるようになっている。
例えば、マーブリングレインや1日10杯限定の「マーブリングスノー」(850円)なら、客の要望に応じて0%、0.5%、3%と3種類をつくり分ける。
提供するのはノンアルコールや低アルコールだけではない。スーパードライやペローニといった通常の生ビール、ボトルワインも注文できる。お酒を飲めない人から、多少飲める人、結構飲める人まで、みんなで一緒にワイワイ楽しめるのが特徴だ。
みすみす見逃してきた巨大市場
コンセプトは「飲めても飲めなくても、みんな飲みトモ」。酒類メーカーであるアサヒビールが、「飲めない人」「飲まない人」に着目したのはなぜか。それは、これまでターゲットとしてきた「飲む人」こそが社会の少数派であることに気づいたからだ。
アサヒビールが試算したところ、日本の20~70代約9000万人のうち、お酒を日常的に飲む人はわずか2000万人にとどまった。飲めるけど飲まない、そもそも全く飲まない人は計5000万人にのぼり、残りの2000万人も「家飲み」や「外飲み」が月1回未満という、ほとんど飲まない層だった。
この推計をまとめたのは、20年9月に同社が立ち上げた新価値創造推進部である。これから新しい市場を切り開くにあたり、「改めてビール会社の課題はなんだろう」と立ち返ったことが調査のきっかけだった。
「我々は、お酒好きの人に向けて、新しいビールを、新しいRTD(レディー・トゥー・ドリンク=ふたを開けてすぐに飲める缶チューハイなど)をつくってきた。当たり前のように、お酒を飲む人の声に耳を傾けて開発してきたが、そもそもどれだけの人が日常的にお酒を飲むのか。誰も考えてこなかった」
こう振り返るのは、アサヒビールマーケティング本部長の梶浦瑞穂氏である。5000万人といえば、日本の飲酒可能人口のほぼ半数に当たる。裏を返すと、「世の中の半分が我々のお客さんになっていないということ。これはまずい」と社内に危機感が広がった。
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