ロシア・ウクライナ戦争が始まって約2年。ウクライナは苦戦が続く。2024年の戦況はいかなるものになるのか。ロシアの安全保障政策に詳しい小泉悠氏に聞いた。西側の支援継続が不安視される中、ウクライナは停戦を選択する可能性がある。考えられる条件の1つは、国土の約20%に及ぶ被占領地の割譲だ。果たして、ウクライナ国民はこれを受け入れるか。ウクライナにとって停戦後の北大西洋条約機構(NATO)加盟が欠かせない。ロシアはそれを許すのか。
(聞き手:森 永輔)
ロシア・ウクライナ戦争の現状をどのように評価しますか。
小泉悠・東京大学先端科学技術研究センター准教授(以下、小泉氏):最悪シナリオに至る3歩手前の状態だと評価します。「1歩手前」とまでは言いませんが、苦しい状況。最悪シナリオとは、(1)米国がウクライナを見捨てる中、(2)ロシアが戦力を再編して強力な攻勢に出る、という状況です。
ウクライナは、ロシアが築いた強力な塹壕(ざんごう)による防衛線を突破できず苦しんでいます。ザルジニー総司令官は英誌エコノミストの取材に「このままでは長期戦は必至。そうなれば敗戦が濃厚になる」と答えていました。
苦戦が生み出す内部分裂
3歩しかないというのは厳しいですね。
小泉氏:西側からの支援が遅れ、苦戦が続く中で、ウクライナ内部で結束の乱れが目立つようになってきました。まず、ゼレンスキー大統領とザルジニー総司令官との間に隙間風が吹いています。
加えて、アレストビッチ元大統領府長官顧問がX(旧ツイッター)上でゼレンスキー大統領を激しくののしっています。23年1月に失言のため解任されたのを逆恨みしての行動と見られます。
アレストビッチ氏は、もし大統領選挙を実施するのであれば立候補するとして、公約も発表しました。この中で注目すべきものとして「被占領地の軍事的奪還を求めない」があります。これを条件にNATOへの加盟を求めるというもの。「被占領地からロシアが撤退しない限り、停戦はしない」というゼレンスキー大統領が掲げる現行の方針と真っ向から対立するものです。
戦争が長引く中で、ロシア軍はウクライナ軍の戦い方に慣れたのでしょうか。ウクライナは22年9月、北部ハルキウ州の大部分をほんの数日で見事に奪還しました。ロシア軍の注意を南部ヘルソン州に引き付けておき、その隙を突いて、機械化部隊がハルキウ州へ突撃。北部戦線のロシア軍を壊滅させました。これに対して、23年6月から始まった反転攻勢では、そのような目を引く戦闘の話が出てきません。
遅すぎる西側の軍事支援
小泉氏:ウクライナが苦戦している理由の一つに西側の支援が十分でないことがあります。
ウクライナによるハルキウ奪還は見事なものでした。ウクライナは、西側からの戦車も戦闘機もなしであれだけの戦果を上げたのです。米国製高機動ロケット砲システムHIMARS(ハイマース)*も入ってきたばかりでした。
あの勢いがある時に戦車や戦闘機、長距離ミサイルATACMS(エイタクムス)*などの支援を決めていれば、23年の年明けから反転攻勢を開始できた可能性があります。そのタイミングであれば、ロシア軍は強力な防御戦であるスロビキンラインの構築が間に合わなかったかもしれません。ウクライナは今ごろ、クリミア半島を孤立させることができていたかもしれないのです。
西側が戦車の供与を決めたのは23年1月。地上発射型小直径弾GLSDB*の供与を決めたのは2月。戦闘機F-16の供与を決めたのは8月になってからでした。
小泉氏:そうなのです。西側は兵器を最後には供与するのですが、それは散々ぐずぐずした後。見ていて、イライラするほどです。
西側の支援が遅いから、ウクライナは領土を奪還できない。ウクライナが領土を奪還できないから西側の支援疲れが進む。こうした悪循環に陥っているのです。
西側諸国がぐずぐずしているのは、戦後を見据えているからでしょうか。ロシアから買う反感が小さい方が、戦後の関係正常化がしやすいと考えているのでは。
小泉氏:そういう面はあるかもしれません。ドイツのショルツ首相は、ロシアの行為を厳しい言葉で非難していますし、米国に次いで第2位の規模の軍事援助を行っています。けれども、空対地長距離巡航ミサイル「タウルス」*のような「飛び道具」を提供しようとはしません。
同首相は10月、ロシアのプーチン大統領がイスラエルとハマスの軍事紛争について「民間人が犠牲となることを懸念する」と発言したのを受けて、「皮肉な話だ」「怒り以上のものを感じる」と非難しました。
小泉氏:とはいえ、タウルスは提供しない。このミサイルはクリミア半島とロシア本土を結ぶケルチ橋を攻撃するのに適しているとされます。ここはロシアにとって何としても維持したい要衝。ショルツ首相は、そこにウクライナがドイツ製兵器を投入するのは避けたいと思っているのかもしれません。
こうした環境の中で、この先の支援に不安が生じています。米国家安全保障会議(NSC)のカービー戦略広報調整官が「米国はこれまでに600億ドル超の基金を用意したが96%を使い果たした」と明らかにしました。
バイデン政権は10月、ウクライナとイスラエルを支援する予算措置を議会に求めましたが、可決のめどは立っていません。ウクライナのゼレンスキー大統領が12月半ばに訪米し議会幹部に直訴しましたが、進展はありませんでした。
支援継続を西側に認めさせるため、ウクライナには何が必要でしょう。
小泉氏:やはり戦果を上げて、「支援は役に立っている」と知らしめることが必要です。具体的には、ヘルソンでドニエプル川の渡河作戦を成功させ、ヘルソン州とクリミア半島をつなぐ地峡を占拠する。これによりヘルソン州とクリミア半島のロシア軍を分断する。第2として、ザポリージャ州のオリヒウからトクマク、メリトポリへと南進しアゾフ海まで進軍する。これにより東部ドンバス地方のロシア軍と南部ヘルソン州のロシア軍を分断することができます。
こうした実績を上げれば、西側も支援継続を認めるでしょう。
プーチン氏は、36年まで大統領を務める気だ
ロシアは今、どのような状況なのでしょうか。
小泉氏:ロシアは今、「時はロシアの味方」と考えていると思います。
日経ビジネス電子版有料会員になると…
- 専門記者によるオリジナルコンテンツが読み放題
- 著名経営者や有識者による動画、ウェビナーが見放題
- 日経ビジネス最新号13年分のバックナンバーが読み放題