日経ビジネスの3月11日号特集「韓国 何が起きているのか」では、対日強硬姿勢を変えようとしないかのような韓国・文在寅(ムン・ジェイン)政権の動きを取り上げた。その裏に新たな変化があると韓国政治が専門の木村幹・神戸大学大学院国際協力研究科教授は見る。米国への日本の影響力の低下だ。文政権は米国の対北朝鮮政策への日本の影響力が低下したと見て、長年の問題解消に動き出したという。
文在寅大統領が2017年5月に就任して間もなく2年になります。この間の日韓関係悪化は、文大統領が歴史的に日本に厳しい左派系だからという見方があります。どう見ていますか。
韓国で言う進歩派だから日本に厳しいとよく評されますが、保守派、進歩派の違いはもう関係なくなっています。現に朴槿恵(パク・クネ)前大統領は保守派ですが、慰安婦問題を中心に、日本に対して強硬でした。
文大統領も就任当初は、それほど日本に対して反感を見せてはいませんでした。それが大きく変わったのは2018年春以降です。その頃までは日本に対して一定の配慮をしていました。だから朴前大統領が行った慰安婦合意も即座に破棄はしませんでした。
しかし、大統領選では慰安婦合意の見直しも掲げていたはずです。
そのとおりです。でも、当初は「新方針」などといっても、合意そのものを全部ひっくり返すということではありませんでした。この時点での主張は、「(朴前大統領時代の)合意によって全部解決したわけではない。だから日本にも一定の努力をして欲しい」というところまででした。
日本の位置づけが変わった
つまりどういう対日姿勢だったといえるのでしょう。
韓国の首相(国務総理)は当時、日本人記者を集めて懇談もしていました。文政権には対日、対中とも特段の姿勢はなかったように感じます。ただ、北朝鮮との対話は進めたいという思いは強くあった。そのために、何より米国の了解を取り付けたい。しかし、日本は拉致問題の解決のためにそれに反対し、足を引っ張るだろうとみていたのです。
ところが、米朝で首脳会談を開くことを昨年4月、トランプ米大統領に提案してみたら一発でOKになった。日本の世論は北朝鮮への接近に反発していましたが、日本の(政治)力は対米に関しては、意外にないのだと彼らは感じたのです。安倍・トランプ関係は良好と言われてきたけれども、米国への影響力はそれほどではない、という理解が生まれた。こうして彼らの頭の中での日本の位置づけが変わったわけです。
日本は米国にそれほど影響力がないなら遠慮する必要はない、と。
韓国に海上自衛隊の護衛艦が寄港する際に、艦隊旗(旭日旗)を掲揚するのを禁止する法案が、ある議員によって昨年8月、国会に出されました。ただし制定には至っていません。徴用工の判決も近づいていた。文大統領は日本の米国への影響力が低下しているのなら、これらの動きを無理に抑える必要はない、と考えたのだと思います。
李明博(イ・ミョンバク)元大統領、朴前大統領の時代は対日関係への配慮から抑えられていたものが、噴出した格好です。今の政権では知日派が影響力を持っていないことも重要なポイントです。だから日本がどれだけ怒っているかもわからない。
知日派不在とはいえ、日本の世論の動向にそこまで無知ということがありえるのでしょうか。
韓国の国としての建前からすれば、植民地支配がそもそも違法ですし、日本軍の象徴でもあった旭日旗に良いイメージはないでしょう。自分たちにとって常識になっていることだから、日本もある程度の理解を示してくれるだろう、という雰囲気はありますね。だからなぜ、こんなことで日本はそんなに怒るんだ、と彼らは考えるわけです。
レーダー照射問題も、そもそも「(自衛隊機が)なぜ俺たちを監視するのか」という感じが強くある。「そんなことをするのは、右派の安倍晋三政権だからだ。政権が交代すればまた(日本の態度も)変わるだろう」という観測も強く存在する。実際には、(自民党内では比較的リベラルな派閥の)宏池会の政権が出来ても、韓国への政策が変わるとは思えませんが、それが彼らにはわからない。
次も進歩派政権になる可能性がある
政治家に知日派がいなくても、外交官はいます。官僚から情報が上がらないとは考えられません。
知日派官僚が(様々な日本への対応について、それは問題だといった献策を)上げても青瓦台(大統領府)はあまり聞いていないようです。そもそも官僚の中にも日本外交に経験のある人材が減っている。日本の優先順位は明らかに下がっているので、知日派の要請もなおざりになっているということですね。
それでも徴用工問題など、既に国家間で解決済みのことをひっくり返す理由にはならないと思いますが。
徴用工判決については、文大統領は自信を持っている。自分が弁護士で法律の専門家だという自負をもっているからです。韓国の国内法をそのまま適用すれば、ああいう判決にしかならない、だから日本はそれを受け入れるしかない、と考えているのだと思います。
他方で徴用工について(慰安婦問題のように対象者に支援をする)財団をつくるという方法もあるのですが、実はこれを実行した場合、支援対象者の認定が大変だという問題もある。たとえば大企業が直接雇った人は記録が残っているでしょうが、そうでない人は記録を探すのも難しい。でも、認定を厳しくすれば必ず国内から批判が出る。だから財団方式もやりたくない。
最低賃金の引き上げや、公務員の増員を中心に雇用を増やそうとする文大統領の経済政策には国内でも評価は割れているようです。支持率も低下傾向です。それも対日姿勢に影響していますか。
文大統領の経済政策への評価は就任当初から比べれば低下しており、対北朝鮮政策にしか活路はない、という意見もあります。ただ、大統領の支持率は依然、50%を少し切ったくらいで、このレベルである程度安定してしまっている。与党である民主党の支持率も40%近く、未だ保守系野党に差をつけている。だから、この与党支持の「岩盤」層を抑えていれば何とかなると見ているのかもしれません。保守派には弾劾された朴前大統領とその支持勢力とどう向かい合うか、という難問もありますから、このままだと進歩派である文政権の後もまた進歩派大統領になる、というシナリオが現実になる可能性も高いかもしれません。
日本はどう対応する必要があると見ていますか。
実際に企業に影響が出ている状況ですから、何もしない、という訳にはいかないでしょう。考えられるのは韓国への影響力のある米国との関係を強化することと、徴用工問題で国際司法裁判所(ICJ)に提訴すること、そして戦争被害者に日本は最大限配慮しているということを国際社会に積極的に発信する、ということでしょうか。
重要なのは、歴史認識など、日韓間に横たわる問題で鍵を握るのは韓国ではなく、日韓両国の対立を見守る関係諸国だという事です。その意味でも、ただがむしゃらに「自らの言いたいことをいう」のではなく、米国をはじめとする関係諸国が日本の立場を支持する方向に導くような、「賢い行動」が必要になると思います。
日本と韓国の関係がかつてないほどに冷え込んでいる。文在寅(ムン・ジェイン)大統領が歴史問題を繰り返し持ち出していることだけが原因ではない。韓国国会議長は天皇陛下に謝罪を求める発言をし、日本の対韓世論は急速に悪化している。抗日独立運動100年を迎えた3月1日には、韓国政府が大規模な記念行事を開いた。なぜこんなに関係がこじれてしまったのだろう。日本に反発する動きの背景に何があるのか。韓国の政治や経済、企業活動の実態はどうなっているのか。日経ビジネス3月11日号 特集「韓国 何が起きているのか」では、その実相を探る。
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