スマホ決済事業者に対し、ゆうちょ銀行が入金する際の手数料値上げを要請していることが明らかになった。公正取引委員会も実態調査に乗り出しているもようだ。市場価格から大きく乖離した手数料を要求するゆうちょ銀の行為が、独占禁止法が定める優越的地位の濫用に当たる可能性も指摘されている。
問題となっているのはスマホ決済事業者と銀行の間で取り決める手数料。スマホ決済サービスを利用する場合、利用者はクレジットカードや銀行口座を登録し、チャージ(入金)してから利用するケースが一般的。銀行がスマホ決済事業者に請求する手数料は各行で異なるものの、「1回当たりのチャージで数十円程度」(スマホ決済事業者)とされている。
ゆうちょ銀の場合は「即時振替サービス」の利用料に当たる。ゆうちょ銀は接続を希望するスマホ決済事業者に対して「チャージ金額の1%」(新興のスマホ決済事業者)を要求。事業規模にもよるが複数のスマホ決済事業者によれば「およそ他銀の5~6倍に上る」という。加えて、既にゆうちょ銀と接続をしているスマホ決済事業者に対しても手数料の大幅な値上げを迫っているようだ。
2019年6月24日に開催された金融庁設置の「決済高度化官民推進会議」の場で、業界関係者が驚いた一幕があった。
委員として出席したヤフーの中谷昇執行役員兼政策企画統括本部長は具体的な金融機関名は避けながらも「(金融機関との)接続コストは低いことが望ましいものの、実際は手数料を6倍にするなど逆のパターンが多いのではないか。このようなケースはキャッシュレス化推進に逆行する動き」と発言。出席していたスマホ決済事業者は「名指しこそ避けたもののゆうちょ銀行の件だ」とすぐに気づいたという。
なぜ、ゆうちょ銀がこのタイミングで手数料値上げに動いているのか。
一つの理由はゆうちょ銀自身が2019年5月8日に開始したスマホ決済サービス「ゆうちょPay」の存在が考えられる。
あるスマホ決済事業者の幹部は「ゆうちょ銀からの入金に対応しようと交渉を試みたがゆうちょPayの開始まで協議の場すら設けられなかった」と明かす。ゆうちょPay開始後に連絡が来て、他の金融機関とは大きくかけ離れた「法外な手数料を要求された」(スマホ決済事業者幹部)という。
もう一つの理由は、民営化に伴うひずみだ。ゆうちょ銀では2019年6月、高齢者に対する投資信託の不適切販売が発覚。同じく日本郵政グループのかんぽ生命保険では保険料の二重徴収の疑いが発覚するなど、次々と問題が顕在化している(関連記事:かんぽ保険料二重徴収「年内にご報告」のお粗末)。
こうした中で「民営化に伴い過剰なノルマのしわよせが現場へ向かっているのではないか」(金融業界関係者)という声が挙がっている。「ゆうちょ銀は自身のスマホ決済サービスと他のスマホ決済事業者からの手数料の両輪で稼ごうとしている」(大手スマホ決済事業者幹部)との指摘が業界内で相次いでいるのにはこうした背景がある。
だが、ゆうちょ銀のこうした一連の行動は「優越的地位の濫用に当たる可能性がある」と語るのは公正取引委員会に出向していた経験を持つ東京八丁堀法律事務所の野田学弁護士だ。
「ゆうちょ銀の市場における立場を鑑みるに、事業者が取引先を変更できる可能性が低く優越的地位が認められる可能性がある」(野田弁護士)。また、「十分な協議をせずに市場の価格とかけ離れた著しく高い料金を一方的に設定をした場合、不当に取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定したという要件を満たし、独占禁止法に抵触する可能性がある」(野田弁護士)という。
実際、あるスマホ決済事業者はゆうちょ銀の行為について個別に公取委へと相談を持ち掛けているようだ。公取委も水面下でスマホ決済事業者へのヒアリングを開始。スマホ決済事業者が銀行預金口座に接続する上でのコストや条件、問題点についてヒアリングを始めている。
では、ゆうちょ銀はどう考えているのか。
ゆうちょ銀行コーポレートスタッフ部門経営企画部の表邦彦担当部長は「ゆうちょPayの戦略と各種サービスの値上げは完全に別の話」と断言。スマホ決済事業者に対する値上げは「収益基盤の強化の一環として行われている」(表部長)と語った。事実、ゆうちょ銀は4月から決済送金サービス料金を一斉に値上げしている。時期こそずれているものの、こうした一環で手数料が見直されているとした。
キャッシュレス決済は表と裏で様相が大きく異なる。対消費者においては派手なキャッシュバックキャンペーンが繰り返されているが、裏側では金融機関とスマホ決済事業者の間でシビアな手数料の交渉が続いている。
貯金残高約180兆円と国内最大の残高を誇る金融機関であるゆうちょ銀の動きは、今後のキャッシュレス決済社会の進展に大きな影響を及ぼす。ゆうちょ銀が他行と足並みをそろえるのか、それとも自身の収益基盤の強化に突き進むのか。公取委の動きも含めて今後、決済業界が注視することになる。
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