
ブラジルの大敗には驚いた。
人の世の無常と儚さに胸を衝かれて、半日ばかり仕事が手につかなかった。
おそらく、読者の皆さんも、リアルタイムで観戦されていた方の感想は、そんなにかけ離れていないと思う。それほどに、衝撃的な惨敗だった。
試合後にメディアを通じて紹介された著名人のコメントの中では、ペレの言葉が心に響いた。
ペレは、8日、ブラジルの惨敗について、自身のツイッターに、以下のような言葉を書き込んだのだそうだ。
「私はいつも、サッカーはびっくり箱だと言っている。世界のだれも今回の結果を予想していなかった」
平凡な述懐と言ってしまえばそれまでだ。
というよりも、思い切りありきたりなコメントだったと言うべきなのかもしれない。
が、「サッカーの王様」とされる世界のペレがこれを言ったところに価値があると私は考える。
あれほどサッカーに打ち込み、精通し、研究を深め、のみならず、世界中をめぐり歩いてサッカーを通じた文化交流に力を尽くしてきた人物の口から出てきた言葉が、「びっくり箱」だったということが、実に、なんというのか、感慨深いではないか。
世界で一番サッカーが上手だった男が、誰よりも深くサッカーを突き詰めた結果、得られた答えが「サッカーはわからない」ということだったのだとすれば、一体、われわれに何がわかるというのだ?
いつだったか、USBケーブルの扱い方について誰かが書いた記事を読んで笑ったことを思い出す。それには、こう書かれていた。
・素人:いきなり抜く
・セミプロ:指定された手順に踏んで「コンピュータから安全に取り外すことができる」旨のメッセージを確認した上で、ケーブルを引き抜く
・エキスパート:いきなり抜く
つまり、あまり考えない人と考えすぎた人の結論は同じで、その結論は、「わからない」ということなのだ。
ただ、中途半端に考えた人々だけが、それぞれにわかったつもりの結論を抱いている。それらの答えが、正しいのかどうかはわからない。というよりも、サッカーのような複雑な競技について言うなら、「わかった」と思っているというそのことが、「わかっていない」ことをあかし立ててしまっているのだと思う。
私は、ペレの結論に従う。
誰かがきいたふうなことを言ったら、
「ペレは、わかんないって言ってたぞ」
と指摘する所存だ。
ペレについて、ひとつ思い出したことがあるので付け加えておく。
1980年代のセレソン(ブラジル代表のこと)に、ロマーリオという名選手がいた。
ある時、ペレが、そのロマーリオのプレーを批判したことがある。ちなみに言えば、ペレという人は、現役選手に対して色々と余計な口出しをすることの多い人で、そのあたりの大人げのなさも含めて、ブラジル国民に愛されている。王様は大人にならない。大人になるような人間は王様にはなれない。
で、そのペレの苦言について感想を求められたロマーリオは、こう言った。
「ペレも黙ってさえいれば立派な詩人なのだが」
素晴らしいではないか。
ブラジルのサッカーの中に、われわれがいまだ及ばずにいる要素があるのだとしたら、それは、こうした現役選手と伝説のプレーヤーの間で交わされるやりとりに見られる何かなのだと思う。
ブラジルのストライカーは、常に思いつきでものを言う。しかも、その思いつきは、おおむね凡庸で、しばしば下品で、ときに驚くほど鋭い。メディアに対していつも紋切り型の誠実な回答を提供しているうちの国のストライカーに学んでほしいのは、この点だ。つまり、いちいちまじめに答える必要は無いのだよオカザキくん。
敗北は敗北として、ブラジルW杯の価値は、ブラジル代表チームの成績とは無縁なところで評価されるべきものだ。
が、少なくともブラジル国民の評価は、代表チームの成績(その中でも特にドイツ戦でのあの歴史的な負けっぷり)に大きく左右されることになるはずだ。
ほんとうは、たかだか一試合の結果(とブラジルのサッカーファンはなかなかそう思えないのだろうが)で、その試合の背景のすべてを断罪するようなことがあってはならないのだが、熱狂している人々は、つまるところ、いつも同じような過ちを犯すことになっている。
W杯の成否を判定するにあたっては、まずその前提として、スタジアムの入場料や、全世界で放送されたテレビ中継の放映権料、スポンサー収入といった収入の総和が、スタジアム建設費や、人件費をはじめとする関連支出をまかなえる規模に達したのかどうかを慎重に計算しなければならない。
当然、すべての数字は、然るべき経路を通じて、明示されていなければならない。
で、黒字になったのだとして、その黒字分がどこに還元されるのか、また、赤字であった場合、赤字分の金額は、最終的に誰の負担に帰せられるのか、そうしたこともすべて勘案しないと評価はできない。
経済面の話とは別に、治安や観客のアメニティを評価する部分もある。
FIFAの目線から見れば、今回のW杯が、サッカーの普及にどれほど貢献したのかという点も重要なはずだ。
そう思ってみれば、ブラジル代表チームが準決勝で敗れたことは、W杯という壮大な物語の中で言えば、ほんの一章を為すエピソードのひとつに過ぎない。セレソンの惨敗は、たしかに、ブラジルの国民感情に多大なダメージを与えたかもしれないが、だからといって、その一点をもって大会の意義を否定し去れるものではない。
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