先日来の、北朝鮮によるミサイル発射を匂わせる一連の恫喝的な意思表示について、私は、まじめに受けとめるべきなのかどうか、判じかねている。

 米韓両政府は、事態を受けて、素早い対応を示している。
 日本政府も、いくつか対策を講じているように見える。

 私は、これらの国々の動きについても、真に受けて良いものかどうか、判断を留保している。

 すなわち、米韓にしても、わが国の政府にしても、おそらく半ばほどまでは、「北の脅威」を利用しながら政策を遂行しているのであって、要するに彼らは、ふだんから彼らがアピールしたいと考えていたところものを、こういう機会を通じて、目立つ場所に押し出すことを心がけているはずなのだ。

 であるから、北朝鮮をめぐる関係各国の諸対応に関しては、万事冷ややかな目で、いくつかの方向から吟味しながら、総合的に判断しなければならないと考えている。

 なので、結論は、ここでは述べない。 
 というよりも、私の結論など、申し上げても仕方がないのだ。

 でも、せっかくの機会なので、国防や外交課題を度外視した視点から、この問題を読み解く方途を模索してみる所存でいる。

 無論、政治外交の現場にたずさわる当事者にしてみれば、北朝鮮をめぐる出来事は、どんなささいなことであっても国防上の重大事だ。彼らは、あらゆる事態を想定して、対応策を講じなければならない。のんびり笑っているわけにもいかないし、斜に構えていて良い立場でもない。私は、それらの、専門家の皆さんの尊い努力と苦労を否定しようとは思っていない。

 ただ、そうした専門家向けの「万が一」の部分を取りのけた上で観察してみるに、このたびの事態は、私のような者の目には、単にキム・ジョンウン第一書記が混乱しているというふうにしか見えないわけです。

 それでも、独裁国家の独裁者が混乱しているということであれば、これは緊急事態だ。
 額面通りにとらえれば、そうなる。
 でも、私は、そう思わない。

 どういうことなのかというと、キム・ジョンウン氏が演じて見せているこの数カ月にわたる混乱の様相は、彼がいまだにきちんとした独裁の内実を手にしていないからこそ起こっているドタバタ劇なのであって、つまるところ、これは、はじめてバイオリンを持たされた幼児が神経に障る擦過音を奏でている段階なのである。

 独裁者が幼児というようなことがあり得るものなのかと、問う人があるかもしれない。
 いくらなんでもそんなバカなことがあってたまるものか、と。

 しかしながら、おおいにバカな状況ではあるものの、これは、現実には、さしてめずらしくない事態でもあるわけで、特に極東アジアでは、大きな組織を担うリーダーの後継者として未熟な素人が選ばれることは、頻繁に観察される事例なのだ。今回はその話をしようと思う。幼児を戴く国のお話だ。

 順序立てて話をしないといけない。
 問題は、世襲だ。

 北朝鮮と韓国とわが日本は、いずれも世襲の政治指導者を戴いている。
 これは、偶然ではない。

 この三国は、結局のところ、世襲の指導者を歓迎する文化を育んできたことの報いを受けているわけで、そういう意味ではとてもよく似た国々なのだ。

 世襲ということがリーダー選びの有力な基準になっている社会では、リーダーが未熟だったりナイーブだったりすることは、必ずしも稀有な事態ではない。われわれのリーダーは、長らく未熟だったし、多くの場合未熟なままその座から去って行った。それどころか、われわれは、未熟なリーダーが体制に適合する過程を娯楽として消費してさえいる。

 暴論だと思う人もあるだろう。
 北朝鮮とわが国が似たような社会だという言い方に、抵抗を覚える人もいるはずだ。
 でも、事実なのだから仕方がない。

 われわれ、東アジアの儒教文化圏に生きている人間は、さまざまな場所に世襲のリーダーをはめ込んで、自分たちの利権の存続をはかっている。

 別の言い方をするなら、われわれが暮らしている国は、リーダーがシステムをリードしたり、指導者が集団を率いる社会であるよりは、システムの方がリーダーを選定し、集団がリーダーを使い捨てにすることの方が多い、倒錯した社会なのである。

 たとえば、歌舞伎役者が大きな名跡を継承する場合、先代の名前を名乗ることになった役者は、

「看板を汚すことのないように精進いたします」

 といった、はなはだへりくだった挨拶をすることになっている。
 それだけではない。彼は、観客に向かって

「ご指導ご鞭撻」

 を仰いだりする。
 舞台上から芸を提供するはずの役者が、逆に、観客からの指導を仰いでいるカタチだ。
 これは、異常なことだと思う。

 無論、襲名挨拶の口上は、言葉の上だけのことで、一種の謙遜なのだと言うこともできる。
 でも、私は、そうではないと思っている。

 実際に、襲名直後の役者は、名跡に追いついていない。
 というのも、彼は実力で名前を勝ち取ったのではなくて、血統によってそれを受け継いだに過ぎないからだ。

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