
「日本生態系協会」という公益法人があるのだそうで、そこの会長に当たる人物が、ちょっと困った発言をしている。以下、引用する。
「――(略)――日本は福島がそうですが、これからですね内部被ばく、これがどうしようもないんでございまして、これからの放射能雲が通った、だから福島ばかりじゃございませんで栃木だとか、埼玉、東京、神奈川あたり、だいたい2、3回通りましたよね、あそこにいた方々はこれから極力、結婚をしない方がいいだろうと。結婚をして子どもを産むとですね、奇形発生率がどーんと上がることになっておりましてですね、たいへんなことになる訳でございまして。――(略)――」
「えっ?」
と言ったきり、言葉が続かない。
どういうつもりなんだ?
経緯を振り返ってみよう。
新聞各紙が伝えているところを要約すると、状況はこんな感じだ。
発言の主は、公益法人「日本生態系協会」の会長である池谷奉文氏。7月9日に「日本生態系協会」の主催で開催された「日本をリードする議員のための政策塾」という会合での講演だという。
で、件の講演を聞いた福島市議会会派「みらい福島」の議員は、後日、池谷会長のもとに、真意を確認する確認書を送付する。と、池谷会長は「そのような発言はしておらず、事実に反する」と反論し、発言を裏付ける根拠を示すよう求めて来た。これに対し、同会派の菅野輝美議員は、8月29日に開いた記者会見の中で、「メモを取っており、他市の議員も聞いている」と主張している。
一方、池谷会長の方は、同じ29日に各報道機関などに宛てた文書の中で、福島の人を差別するようなことは申し上げたことはありません」と発言を否定している。が、その後、福島民報社の取材に対し、発言内容を認めた上で「福島の人を差別するようなことは思っていない」と反論。これまでの取材に一貫して「発言していない」としていたことについては「差別発言ではないという意味だ」と答えた。 《以上、「産経新聞」8月29日、「福島民報」8月30日より抜粋》
なんだか、グダグダな展開だが、真意はどうあれ、発言はあったということのようだ。
それも、冒頭で引用した通りの文言で、だ。
こういう場合、語る側の「真意」は、重要な要素ではない。
「差別の意図はない」
「いじめるつもりじゃなかった」
「足を踏む気はなかった。靴を踏んだだけだ」
「蚊がいたから叩いたのであって、殴った自覚は無い」
「蹴っていない。足を上げたらたまたまそこに人間がいたということだ」
「酔ってない。酒を飲んだだけだ」
「酔っぱらい運転なんかしてない。運転してるうちに酔いがまわっただけだ」
問題は、「意図」ではない。
「雨じゃない。大粒の霧だ」
と言い張ったところで、洗濯物が濡れることには変わりがない。
実際のところ、多くの差別は、差別する側が意図しないところで発生している。それどころか、かなり多くのケースで、差別を実行している人々は、正義を成し遂げているつもりでいる。そして、差別は苛烈であればあるほど、差別者はそれを自覚しなくなる。
もうひとつ重要なのは、池谷会長が「内部被曝」という「量」についての検証抜きでは語れないはずの事象について、ほとんど何の説明もしないまま、警鐘を乱打したことだ。
危険性を訴えることはむろん無意味ではない。が、しっかりとした根拠は示さねばならない。それをしないと、警報はただの風評被害になる。悪くすると差別を誘発する悪魔の指笛になってしまう。
ツイッターを眺めていると、いまだに「安全デマ」という言葉を振り回している人たちに出くわす。
彼らに言わせると「安全デマ」(放射能や原発についてその安全性を強調することを目的としたプロパガンダや偽情報)は、「危険デマ」(同じく放射能や原発についてその危険性を強調するタイプのウソや誤解)に比べて、格段に凶悪だということになっている。で、彼らの中では、安全デマを流す人間は真性の極悪人だが、危険デマを流した人間はただの「おっちょこちょい」ぐらいな扱いになる。悪気は無かった。被災地の人々のためを思って安全率を高めに見積もっただけなのだ、と。
違うぞ。
どっちにしてもデマはデマだ。
うそつきには、きちんとケジメをつけさせないといけない。
でないと、デマは差別の温床になる。
内部被曝の危険性については、疫学的にまだはっきりとわかっていない部分があると言われている。とはいえ、長年の研究を経て一応の閾値が定められてはいる。すなわち、どの程度の放射性物質を体内に取り込んだら、それが人体にとって危険であるのかについては、現状で、一応の目安となる数値が提示されているということだ。
であれば、内部被曝の危険を訴える以上、どの地域の、どのポイントで、どんな食事をとって、何ベクレルの放射線を取り込んだら、どんな疾患についてのどの程度のリスクが想定されるのかを、きちんと説明しないといけない。そうしないと、良心ゆえであるはずの警報は、いとも簡単に差別のスイッチに化けてしまう。
池谷会長は「放射能雲の通過」というおよそつかみどころない雲の如き不安を根拠に、その雲が通過した地域全般を、丸ごと危険地域に指定してしまっている。
で、その危険に対処するためのアドバイスが、
「極力結婚しない方がいい」
だというのだからたまらない。なんという放言。そして、なんと典型的な偏見であろうか。
でもって、その彼のアドバイスに耳を傾けなかった場合のリスクは、
「結婚をして子どもを産むとですね、奇形発生率がどーんと上がることになっておりましてですね、たいへんなことになる訳でございまして」
である。まるでホラー映画じゃないか。
どういうアタマを持っていたら、こんな断言が可能なんだ?
驚くのは、こういう人が主催している「政策塾」に、全国から70人もの議員さんが駆けつけていたことだ。
しかも、冒頭の発言があった「日本をリードする議員のための政策塾」は、「第12回」で、ということはつまり、これまでに11回も「塾」が開講されていたことになる。
調べてみると、池谷会長は「鳩山友愛塾」にも招かれて講演をしている。
ううむ。
鳩山由紀夫さんは、高校の先輩なのだが、どういうめぐりあわせなのか、あの人には、ポイントポイントでがっかりさせられることになっている。素晴らしい理念を抱いておられることは存じ上げている。が、いかんせん人を見る目が無い。それでいつも道を誤っている。惜しい人だ。
私のような者が忠告を試みるなど、僭越この上ない所業なのだが、ここは一番、同窓のよしみで勇を鼓して言ってみることにする。
鳩山先生、まず、目の前の鏡をごらんになってください。
そこに映っている人物の顔を見て、「この人はなかなか有望だぞ」と、あなたがもしそう判断しておいでなら、あなたの人を見る目は、残念ながら、まだまだ曇っています。
ひと目見て、「ああ、こいつはダメだ。目が死んでる」と、そこのところがわからないとダメです。
お願いします。どうか、人を見る目を養って、日本の未来のために精進してください。
さて、池谷会長のために一言弁護をしておく。
おそらく、会長は、引用した発言から想像される通りの、まるっきりのアホンダラではない。
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