黒田東彦氏が日本銀行総裁に就任し、新体制がスタートした。日本経済の復活にはさらなる大胆な金融緩和策が不可欠とする黒田新総裁のもと、日銀は1月に導入した物価上昇率2%という目標を実現できるのか。あえてインフレを起こそうとするリフレ策は、日本経済に多大な打撃を与えるとして、著書『リフレはヤバい』でリフレ策を痛烈に批判している小幡績氏に、今後の日本経済の展開をどう見ているか聞いた。
黒田東彦新総裁は、金融緩和策として国債だけでなく日銀による資産担保証券(ABS)や株式の購入まで視野に入れているようですが、2%のインフレを本当に起こすことができると見ていますか。
小幡:僕は大蔵省に入る際の面接で、自分の卒論のテーマを巡って黒田さんとかなり議論したこともあるんですが、彼は自分が正しいと思ったことはやり抜く人です。妥協はしない。「できない」とは絶対に言わない。2000年頃からデフレは問題だと考えていたわけだから徹底してやるでしょう。
知的好奇心が旺盛で知識の幅も広い。本当のインテリで、信念を持って行動するので、財務省の意向などにもまったくとらわれず動くでしょう。財務省の論理としては、名目金利が上がったら国債の利払いが増えてしまうから困ると考えるでしょうが、そんなことは気にせず、金融緩和をとことんやると思います。
ただ、財務官として金融を担当したとはいえ、財務官と日銀総裁は仕事が違う。金融政策の実務経験はない。だから日銀の現場というか執行部の意見をよく聞き、よく学んだ上で政策を出してくるでしょう。恐らく初回は国債の買い入れ増など従来の延長線上の拡大版のようなところからスタートして、その後、2回目、3回目から本領を発揮すると見ています。
2年以内に物価上昇率が2%になる確率は5分5分
それでも2年以内に金融政策によって物価上昇率2%を実現させるのは難しいと思います。
本にも書きましたが、経済学においては、金融政策に関する「たこ紐理論」というのがあります。強い風に煽られている凧をうまく操ることは技術により可能になるが、そもそも風がないときに凧紐を引っ張って無理やり凧を揚げようとしても上がらない。インフレで経済が過熱しているときには、中央銀行が過熱を抑えるべく金利を引き上げ、金融引き締めを行う。凧紐と同じで、引っ張って制御はできるが、どう押しても(金融政策では)凧を動かすことはできない。
つまり、金融政策によってインフレを抑えることはできるが、デフレを解消することは難しいということです。
ただ、「2年以内に物価上昇率が2%になる確率は?」と聞かれれば、5分5分くらいだと思います。可能性としては2つある。
どういう可能性でしょうか。
1つは、既に起きている円安によるコストプッシュ型のインフレが発生するというパターンです。原発を今後、再稼働するかどうかにも関係しますが、再稼働すれば輸入エネルギー分が減るので、若干インフレになりにくくなるものの、大幅な円安に振れれば輸入インフレになる。石油危機の時ほど激しいインフレにはならないでしょうが、景気にはマイナスなので、中長期的にはそのインフレは持続しない。
いわゆるスタグフレーション、マイルドなスタグフレーションに陥るということです。今までは不景気だけだったのに、今度は物価まで上がって困った事態に、という展開です。
もう1つは、金融政策によっては実現しないが、今後の景気動向次第でインフレが実現する可能性があるということです。リーマンショックから5年を経て昨年夏以降、世界の景気は回復傾向にあります。世界的に株も上がっている(もっともこれは景気による回復だけでなく、金融緩和による影響も大きい)。欧州ではキプロスの問題は大勢には影響ありませんし、米国経済は好調です。中国も底を打ったと言われています。
このように世界中の経済がいい方向に進むと、日本も景気がよくなり、物価も長い調整局面を経てさすがに少しはプラスに転じる可能性が出てくる。具体的には輸出主導による回復です。円安も加わると輸出がかなり伸びて、その結果、ディマンドプル型のよいインフレが起きる可能性が考えられます。
しかし、円安で恩恵を受ける企業は今ではかなり限られるとの指摘もあります。
日経225に入っているような大企業にはプラスに影響し、株価にはプラスになりやすいですが、中小企業ほどマイナスの影響を受けるので、全体として円安はマイナスの影響のほうが大きいと思います。それでもある程度円安になり、世界経済の回復にうまく乗れればよいインフレになる可能性があるということで、つまり、金融政策はあまり関係ないわけです。
日銀の最初の「量的緩和」と今のFRBのQEは似て非なるものだ
金融緩和策によってインフレは起こせない一方で、量的緩和のやり過ぎはむしろ資産バブルといった弊害を招くと今回の著書でも指摘されています。
日銀が世界で初めて「量的緩和」という政策をひねり出して、2001~06年まで実施した量的緩和はまっとうな政策でした。これは米連邦準備理事会(FRB)が今やっているQE(量的緩和)とは似て非なるものです。
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