「ウチの若手は何を考えているか分からない」「言われたことしかやらない」「挑戦する前から失敗を恐れる」……多くの管理職がメンバーとの関係に悩みを持っている。“上司であること”が何よりも難しい今、新しいマネジメントの方法論とは? そもそもなぜ「無関心社員」が増えているのか。『なぜ部下は不安で不満で無関心なのか メンバーの「育つ力」を育てるマネジメント』(片岡裕司、山中健司著)から抜粋・再構成してお届けする。

「ゆとり教育化」する職場

 今、多くの企業が「働き方改革」の御旗のもと、生産性を高め、残業時間を減らし、「ゆとり」を職場につくることで、新たなスキルの獲得やイノベーションを促進する創造性を組織に生み出そうとしています。

 本来、「働き方改革」とは、「少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少」や「育児や介護との両立など働く人のニーズの多様化」といった課題解決に向け、働く人がそれぞれよりよい将来の展望を持てるようにしていく改革を指すものです。

 この趣旨だけでいえば、有休取得の自由度の向上やハラスメント対応など、どんどん進めるべきことです。

 しかし、実際の職場では、一般職の残業禁止など極端な形で落とし込まれているはずです。結果、若手には残業させられず、マネジャーが仕事を抱え込む状態になっていないでしょうか。

 また、メンバーが毎日定時で帰宅していて、これで本当に大きく成長するような経験が積めるのだろうかという疑問の声も多く聞きます。

 ここでいいたいのは、時間的に「もっと働け」ということではありませんし、「ゆとり」があることはとても大切です。

 しかし、一人ひとりが「仕事が楽しい」と思え、自分を成長させていきたいという意欲を持てるようになるには別の要素が必要になるということです。

 それがなければ、ただ働く量が減ったという結果に終わりかねず、依然としてマネジャーだけが大変という事態が続くのです。

不安の中で「将来ありたい姿」は描けない

 昨今、企業でも、働く人の一人ひとりが自らのキャリアについて主体的に考え、主体的にキャリア形成に取り組む、いわゆる「キャリア自律」の推進が命題となり、研修を実施したり、相談窓口を設けたりと積極的に取り組むようになっています。

 しかし、ここに落とし穴があります。

 主体的な行動を生み出していくには、「こんな自分になりたい」という目標が大切です。ワクワクする目標こそ、人が主体的に成長する原動力になるからです。

 曲者なのが「こんな自分になりたい」という「将来ありたい姿」です。

 ご承知の方も多いでしょうが、2013年にオックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン教授が、AIの登場で49%の仕事がなくなると指摘しました。また後の研究では、2030年には18.7%~21.2%程度がなくなるともいわれています。

 そんな環境下で、将来にワクワクできる人がどれくらいいるでしょうか。

 不安を抱えたまま、将来の自分を「自律的に」デザインしなさいといわれたとしたら?
 自分を守るため、そして見える範囲の現実的な姿しか描けなくなります。
 「今の業務を続けながら、3年後にはもう少しだけ業務の幅を広げたい」
 「特にやりたい仕事はないが、やりたくない仕事はある。そういう環境に置かれたらすぐに転職する」
などです。

 これを、心理学用語で「トンネリング状態」といいます。

 トンネルの中にいて外が見えない状態です。本来、キャリア自律は自分の可能性を広げていくことが大切なのですが、皮肉なことに、自分自身の視野を狭める結果に終わってしまっているのです。

 「キャリア自律を図らなければ、これからの時代を生き延びることができない」とメンバーの危機感を煽(あお)る組織があるかもしれません。

 こうした煽りが逆効果にしかならないことは研究でも実証されています。

 そもそも未来の姿だけを議論することこそ間違っていると私は考えています。
 大事なのは、まずは「目の前の仕事」でやりがいをつくることです。

メンバーの本音はどこにある? マネジャーの悩みは尽きない(写真:photo pocket/stock.adobe.com)
メンバーの本音はどこにある? マネジャーの悩みは尽きない(写真:photo pocket/stock.adobe.com)
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「不満の解消」と「やりがい」は別物

 多くの人が将来への「不安」に包まれる一方で、現状に大きな「不満」を持つ人も多くいます。実は、不満はその原因が表面化しており、どう対処していくかはある意味明確です。

 ただ忘れてはいけないのは、不満を改善しても、満足度は高まらないということです。

 心理学者のフレデリック・ハーズバーグは、従業員の不満の要因と満足の要因は別のものであって、不満を改善しても満足度の向上につながらないことを証明しました。「2要因理論」といわれる理論です。

 現代ではそれほどきれいに2つを分けることはできないという考えが主流となっていますが、不満を改善しても、「不満ではない」という状態になるだけで、仕事のやりがいにはつながらないことは、皆さんもよくイメージできるのではないでしょうか。

急増する「無関心社員」

 そしてここ最近、急激に増えてきていると感じるのが「無関心」社員です。

 私たちの会社では、入社2、3年目ぐらいの社員への研修も実施しています。節目研修という呼び方をしますが、新入社員は会社に入り、最初に仕事と職場の現実で悩むことになります。これを専門用語ではリアリティ・ショックと呼びます。この壁をどのように越えたのかを確認し、今後の成長の土台をつくるのがこの節目研修です。

 節目研修では、自分が「ひと皮むけた」と感じる経験を共有し、その成長を共有します。コロナ禍以前においては、

 「苦しい環境の中で、周囲に助けられて仕事をやりきった。チームで仕事をする意味を知った」
 「無理と思っていた目標に対して、先輩のアドバイスで地道に取り組んだら見事に達成できた」
など、チームで仕事をすることや、地道にやるべきことに集中することなど、社会人人生の背骨になるような体験談が話され、自分の成長を感じられる内容になっていました。

 しかしコロナ禍を経て、実感値としては約3割の社員からこんな話が聞かれるようになりました。

 「仕事をしている中で不安やプレッシャーを感じ、もうダメと思ったときに、なんでこんなに感情を揺さぶられなくちゃいけないんだろうと気づいたんです。だから仕事はお金をもらうためにやっていると割り切って、できないことはできないでいいやと考えるようになったらとても楽になりました」

 「厳しい目標があっても、自分のペースでやればよくて、それを否定されるなら辞めればいいと思うようになって穏やかに働けるようになりました」

 私自身、研修でいろいろな人の「ひと皮むけた経験」を聞くのが、ワクワクして大好きでした。

 ところが最近は、大切な仕事経験に正面から向き合わず、逆に仕事との距離感を大きくとって無関心となることで、心の安定を得ることが成功体験と語る人が増えてきています。このことに強い危機感を覚えます。

 もちろん、心が病んでしまうほどの状況では距離感をとるのは大切なことですが、これは職場の「静かなる分断」が大きく影響しているのでしょう。

 社会人としてスタートし、最初の3年間くらいの経験の質はその人の仕事観に大きな影響を与えます。この無関心社員が後輩を導いていくわけですから、無関心社員の連鎖が止まらなくなる可能性があるのです。

 この連鎖が始まったら、マネジャーにとってさらに大変な状況になります。分担が曖昧な仕事はすべてマネジャーが拾わなければなりませんし、社員同士が調整すれば済む問題もマネジャーが調整する羽目になります。どんどん悪循環に陥っていくでしょう。

 私たちは、何とかしてこの流れを止めなければと思っています。

マネジャーの育成の悩みを解決!

誰も本音を話してくれないから、どんな感情を持っているかも分からない。だけど、問題になるのが怖くて一歩踏み出せない。そんな負の連鎖が職場のあちこちで起きている。“上司であること”が何よりも難しい今、新しいマネジメントの方法論を提案。

片岡裕司、山中健司著/日本経済新聞出版/1760円(税込み)