日本では「中国衰退論」がメディアをにぎわせているが、データが示す実態と、ちまたで語られるストーリーの間には落差があるように思われる。見誤る原因は、視点=レンズの歪(ゆが)み。本連載では新刊『チャイナ・アセアン なぜ日本は「大中華経済圏」を見誤るのか?』から一部を抜粋、「レンズの焦点の合わせ方」について考える。第2回は「焦点は細部に合わせよ」。

池波正太郎の言葉と二元論の超克

 『鬼平犯科帳』の時代小説を創作した池波正太郎は、『その男』という小説の中で、次のような言葉を登場人物につぶやかせている。

 「人の世の中というものは、そのように、はっきりと何事も割り切れるものではないのだよ。何千人、何万人もの人びと。みなそれぞれに暮らしもちがい、こころも身体もちがう人びとを、白と黒の、たった二色で割り切ろうとしてはいけない。その間にある、さまざまな色合いによって、暮らしのことも考えねばならぬし、男女の間のことも、親子のことも考えねばならぬ。ましてや天下をおさめる政まつりごと治なら尚さらにそうなのだ」

 ものごとを安易に2色で割り切ってはいけない、単純に捉えてはいけない、との怜悧な観察眼を持つことの大切さを教えてくれる言葉だ。

 日本人の私たちは慣行的に「白か、黒か」といった二元論的思考に陥りやすいようだ。そして、その伝で「二者択一」的選択へととかく進みがちだ。源氏と平家、攘夷と開国のみならず、戦後日本政治も「保守か、リベラル(革新)か」「右派か、左派か」の安易な色分けとか、国論を二分した全面講和と片面講和、日米安全保障条約堅持と廃棄、自衛隊違憲・合憲論争といった二元論が多くあった。今日でも似たような構図は私たちの周囲に多くあるのではないか。

 勝負事の世界なら「勝ち」「負け」の2つしかないが、人間社会は多様だ。池波正太郎の言葉ではないが、単純に二元論的識別・思考で割り切ってはならないだろう。

 例えば政治の世界では、それぞれの主義主張など立場ごとに「正義」「正論」があるとされる。100人いれば100の「正義」「正論」があるというわけだ。それだけに彼我がその「正義」「正論」を振りかざし、それに固執して角突き合わせれば、平行線のままか、あるいは対立・対決が先鋭化して断交・衝突が避けられず、不毛な結果しか生じまい。国と国の間であれば、冷戦を含めた戦争状態に陥りかねない。

 そんな不毛な結果を回避するには、彼我の立場を尊重し、協調・協働して、折衝・交渉を重ね、合意や妥協点を見いだし創り出していく努力が欠かせない。それは必ずしも“足して2で割る”中間点的解決ばかりではなく、別の新たな“第3の選択”を創ることも可能だろう。いわゆる「中道」的手法である。今日、世界また各国内でエスカレートする分断・対立の原因は、そうした格闘の不足、欠如にあるのではないだろうか。

 一方、経済は「利」を創り出す世界。貿易にせよ投資にしろ、共存共栄、つまり「繁栄」をともに創り出すことが目的だ。そのためには相手方に対する一方的な決めつけや先入観といった固定観念に捉われるのではなく、現実を直視する、すなわち「レンズの焦点を意識する」ことが大事なのではないか。

中国を見る際の勘所とは

 例えば、対中国観の勘所はどこか。中国の人口は約14億人。日本の10倍強だ。その中国は大きく6地域に分かれており、その中にある都市群、巨大都市、中核都市など、それぞれ経済状況も発展度合いも異なっている。そういった規模を持つ大国を“一つの国”として一律的、一体的に捉えるのは、そもそも無理がある。それでは、実態が見えてこないのだ。

 例えば、23年の中国全体のGDP成長率は5.2%で、目標としていた5%前後を達成したとされるが、各省個別に見ると、達成度はまちまちだ。各省の発展状況がそれぞれ異なるため、実際は毎年、各省個別に独自の成長目標を設定している。

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 23年の達成状況を見ると全国31省のうち、設定目標を達成、または上回ったのは14省で、それ以外の省は下回った。

 特に不調だった3省を挙げると、東北地区の黒竜江省は6.0%という目標に対し2.6%、中南地区の河南省は同じく6.0%の目標に対し4.1%、華東地区内陸部の江西省は7.0%の目標に対し4.1%だった。経済成長の度合いも省レベルで大きな差異が出ている。

 このように地域や都市による違いは大きく、個別に見ていくと、既に不況を脱している、または脱しつつある所もあるのだ。住宅・不動産事情に関しても、売れ残り解消も含め大幅に改善している都市もある。地域や都市間の違いが大きいので、地域別に現況把握に努めることが欠かせない。国土が狭い日本でさえ、大きな地域差があるのだから。

(写真:ad_hominem/stock.adobe.com)
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「中国衰退論」がメディアをにぎわせるが、それは本当か。正しい情勢判断のために、日本は今、何を見るべきなのか。リアリズムに立脚する国際情勢分析専門のストラテジストが、モノを見るレンズの「焦点の合わせ方」と、日本繁栄の手段「アジア太平洋での交差点化」について説く。

邉見伸弘著、日経BP、2970円(税込み)