2024年8月、日経文庫は創刊70周年を迎えました。その長い歴史の中で、日経文庫は数々のロングセラーや経済・経営・ビジネス実務の名著を生み出しています。そこで、日経文庫の平井修一編集長と編集者が、さまざまなテーマでおすすめの日経文庫を解説。今回は、ビジネスパーソンはもちろん、就活生や大学生におすすめの、初心者でも「経済とお金が分かる」7冊を紹介。一緒に解説するのは、日経BOOKプラス副編集長の小谷雅俊と入社3年目の幸田華子。

日経BOOKプラス編集部 小谷雅俊(以下、小谷) 5回目の今回は初心者でも「経済とお金が分かる」日経文庫7冊ですね。

平井修一編集長(以下、平井) 今回は日経文庫のジャンルでいうと、A「経済・金融」とF「経済学・経営学」の本を紹介します。日経文庫ではこのAとFジャンルのラインアップが充実していて、読むと経済やお金に対して広い視野が持てるようになります。

 このジャンルの本の著者は取材経験が豊富な日本経済新聞の記者も多く、日経新聞のコンテンツ力を生かした本ともいえます。多くのビジネスパーソンに読まれていますが、就活生や大学1、2年生で「これから経済やお金について勉強したい」という人にもおすすめですよ。

就活生や大学1、2年生で「これから経済やお金について勉強したい」という人にもおすすめ
就活生や大学1、2年生で「これから経済やお金について勉強したい」という人にもおすすめ

バブルを知らない人が読んでも面白い バブル崩壊からの日本経済を網羅

『シン・日本経済入門』(藤井彰夫著、日経文庫)

平井 1冊目の著者は、日本経済新聞の論説主幹の藤井彰夫さんです。藤井さんは当時の経済企画庁、大蔵省、日銀の担当記者を経て、海外の支局でも活躍されてきた方です。編集者としては、こうした著者と本をつくることで視野が広がり、新しい企画が生まれたり、他の著者を紹介してもらったり……というつながりが生まれてきます。こうした中で、日経らしい本も生まれてくるわけです。

『シン・日本経済入門』(藤井彰夫著、日経文庫)/画像クリックでAmazonページへ
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 この本の特徴は、平成になってからの日本経済を解説している点。日本経済の入門書というと、戦後復興期やそれより前から始まるものが多いのですが、この本は読者にとって深く関係するであろうテーマに範囲をぐっと絞り込んでいるんですよね。

日経BOOKSユニット 第1編集部 幸田華子(以下、幸田) この一冊で最新の日本経済が分かるというのが面白いですよね。私が生まれるかなり前のバブル崩壊の話から始まるのですが、2章以降で、デジタル、カーボンゼロ、人口減少、金融政策など、今のビジネスパーソンなら押さえておかないといけない重要キーワードがまとまっているのも役立ちます。

小谷 えっ……幸田さんはバブルを知らない?

幸田 生まれたときから日本経済は「失われているのがデフォルト」なので知らないです。景気の停滞感は感じるものの、バブル崩壊は正直おとぎ話みたいな感覚です。でも、バブル以降の近代史的な話題は仕事をしていると必ず出てくるので、そこをちゃんと押さえておくのにぴったりな本だと思いました。

小谷 僕は平成元年のときに中1だったので、この本に書かれていることはだいたい見聞きしていますが、この本で驚いたのはタイトルです。よく思い切ったタイトルを付けたなと。「シン」は「シン・ゴジラ」か「シン・エヴァンゲリオン」の「シン」ですよね。日経新聞の記者が書く本は日経新聞準拠というか、堅いイメージあるので驚きました。

平井 実はこのタイトルは藤井さんからの提案です。以前書いていただいた『日本経済入門』の新版を出したいと藤井さんに相談したら、「このぐらい思い切ったタイトルにしないと」と逆に提案されました。とにかく分かりやすさに藤井さんがこだわっているので、経済ニュースがいまいち分からないという人も面白く読める本になっています。

とにかく分かりやすい 経済学が難しい人や学生におすすめ

『やさしいマクロ経済学』(塩路悦朗著、日経文庫)

平井 日経文庫にはもともと著名なマクロ経済学者である中谷巌さんの『 マクロ経済学入門 第2版 』という本があるのですが、担当編集者は、別の切り口で、より分かりやすい初学者向けの入門書を出したかったそうです。著者を探しているうちに塩路悦朗さんに出会い、執筆をお願いして生まれたのがこの本です。目次を見ると分かるのですが「GDPとは」「景気がよくなるとき、悪くなるとき」などと「やさしいマクロ経済学」というタイトルにたがわず、やさしく丁寧に解説されています。

『やさしいマクロ経済学』(塩路悦朗著、日経文庫)/画像クリックでAmazonページへ
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 説明も「おまんじゅうをお腹いっぱい食べられるのは幸せか」といった例が登場して、親しみやすいですよね。

幸田 私は大学時代、経営学部だったので経済学の授業も必修単位でした。ただ、経営学よりも経済学のほうが大変で。経営学は生活の中に根ざしているので自然と頭に入ってきますが、経済学は改めて理論として捉えるのが難しく、苦労しました。でも、この本は、塩路さんのお話をその場で聞いているようでとても分かりやすかったですね。大学の教科書は分厚くて「どこから読めばいいの?」と途方に暮れることがありましたが、この本は224ページに要点が詰まっています。学生にもすすめたい本です。

平井 ちなみに塩路さんは、ノーベル経済学賞を授賞したクリストファー・シムズ教授の弟子にあたります。2017年ごろにシムズ教授の理論である「物価水準の財政理論(FTPL)」が日本で注目され、塩路さんが解説の論稿を書いていました。

小谷 一流の研究者が「分かりやすく書こう」というモチベーションを持ってくださるのは、ありがたいですね。

幸田 あとがきの部分で、担当編集者や家族への謝罪もメッセージに含められていたのがとてもおちゃめで。お人柄も魅力的なんだなと感じました。

エピローグのタイトルは「大航海への船出を飾った皆さんへ」
エピローグのタイトルは「大航海への船出を飾った皆さんへ」

経営のプロがデータを読み込むノウハウを一冊に凝縮!

『コンサルタントが毎日見ている経済データ30』(小宮一慶著、日経文庫)

小谷 さて、次に紹介するこの本は、24年9月に出版されたばかり。私が担当しています。著者の小宮一慶さんは、30年以上経営コンサルタントとして活躍されている大ベテランです。経営のプロなのでもちろん経済には詳しいのですが、小宮さんは毎日、日経新聞を読んで失業率、GDP、金利、消費者物価指数といった経済データをチェックして、コンサルティングに生かしているんです。そのノウハウをこの一冊にぎゅっと詰め込んでもらいました。

『コンサルタントが毎日見ている経済データ30』(小宮一慶著、日経文庫)/画像クリックでAmazonページへ
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 「失業率とは何か」「GDPとは何か」という説明はもちろん書いてありますが、それだけだと無味乾燥で味気ない。そこで例えば、「コロナ禍でアメリカでは失業率が乱高下したのに日本ではあまり変わらなかった」という実際のニュースを題材にして、解説してもらっています。また、GDPとは簡単に言うと景気が良いのか悪いのかが分かる指標ですが、それも最近の動きをからめて説明してもらい、生きた経済社会が分かるようになっています。

 実際、こうした知識が何の役に立つのかというと、直接的には分かりづらいかもしれませんが、例えば新商品の企画書を書くときに「今の景気はどうなのか」「日本経済や世界経済の見通しはどうか」といったことを踏まえて、自社の商品企画に落とし込んでいくこともあるでしょう。そうした、ビジネスを進めるうえで押さえておきたい基本的な経済の見方をひと通り身に付けることができる便利な本です。

平井 そうですね。小宮さんは本当に読者目線に立って、経済や会計を分かりやすく解説してくれる著者ですよね。

小谷 100冊以上の著書がありますが、経済データの見方はお得意な分野の一つ。これまで蓄積されたノウハウや知識を詰め込んでいます。

平井 この本も20代、30代の「これから経済を勉強したい」「スキルアップしたい」という人にいいですね。

戦後の日本復興から新ビジネスの誕生まで網羅

『戦後日本経済史』(日本経済新聞社編、日経文庫)

平井 先ほどの『シン・日本経済入門』が平成以降だったのに対し、こちらは戦後の日本復興からスタートします。もともとは日本経済新聞の連載をプレミアシリーズとしてまとめ、その後に日経文庫化しました。戦後日本の歩みが図表などを交えて分かりやすく解説されています。

『戦後日本経済史』(日本経済新聞社編、日経文庫)/画像クリックでAmazonページへ
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 写真も面白くて、バブル期の証券市場の様子とか、狂乱物価のときにトイレットペーパーを求める行列とか、見ていて懐かしさを覚えるものもあります。

トヨタのカローラが発売された1966年の当時の写真
トヨタのカローラが発売された1966年の当時の写真

幸田 私が面白いなと思ったのは、コンビニやファミレス、宅急便の創業期が経済のキーファクター、新しいビジネスとして書かれているところです。日常生活で欠かせないモノやサービスについて「どうやって誕生したのか」と考えることってそうないですよね。この本を読むと、例えば「ファミレスの第1号店はどこだったのか」というエピソードと一緒に経済や経営史を学ぶことができるんですよ。

 また、出てくるエピソードをより深める他の日経の本がたくさん思い浮かびました。例えば「国産ロケットの父」といわれる糸川英夫さんなら、『 国産ロケットの父 糸川英夫のイノベーション 』(田中猪夫著、日経BP)、ユニクロの柳井正さんなら『 カリスマ経営者の名著を読む 』(高野研一著、日経文庫)や『 ユニクロ 』(杉本貴司著、日経BP)など。合わせて読んでいくと学びが深まり、読書の楽しみが広がりますね。

金融に携わる人が入門で読むのにちょうどいい

『金融入門 第3版』(日本経済新聞社編、日経文庫)

平井 この『金融入門』も、かつてあった日経文庫ベーシック版のころから日経新聞のベテラン記者に書いてもらってきました。「金融」というのはすごく複雑で、難しい世界だと思います。日ごろ何となく金融に接していますが、本当のところがどうなっているのか、すべて分かっている人は実はほとんどいないのかもしれません。

『金融入門 第3版』(日本経済新聞社編、日経文庫)/画像クリックでAmazonページへ
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 金融について代表的な本といえば古くは日本銀行金融研究所が執筆した『わが国の金融制度』という本がありました。日経新聞の記者も「金融担当になったら、まずこれを読め」と言われていたそうですが、今は絶版のようです。近年では、池尾和人さんの『現代の金融入門』や、日銀総裁になった植田和男さんが書かれた『大学4年間の金融学が10時間でざっと学べる』という入門書がありますね。こうした類書があるなかで、この『金融入門』は、日経新聞の記者が書いているので、現実で起きたニュースを交えながら、銀行や株式市場の仕組み、金利や為替がどう動いているかといった基本を解説しているのが特徴です。金融業界を目指す学生、実際に金融関係の仕事に就いたビジネスパーソンが最初に読むにもいい本だと思います。

幸田 ビジネス書や実用書は読了後のゴール設定が明確で、投資本だったら「実際にどう投資するか」まで書かれている本が多いと思います。でも、この本はあえて明確なゴールを設定していない。落ち着いて今の社会を振り返り、学べるところがいいと思いました。「お金は社会の血液だ」といった話も書いてあり、社会を構成する私たちが知っておくべきこと、知らなくてはいけないことを俯瞰(ふかん)できるのがいいんです。

 それからこの本には「お金が先か、金利が先か」といった「コーヒーブレイク」というコラムがあって面白かったです。ちょっとした知識として、勉強になります。

本文中に出てくる「コーヒーブレイク」のコラム
本文中に出てくる「コーヒーブレイク」のコラム

小谷 昔は、この「コーヒーブレイク」を日経文庫のなかに必ず設けるというルールがありましたね。テーマによっては難しい本も出てきて、今はなくなってしまいましたが(笑)

幸田 「金融」という、ちょっととっつきにくいものを学ぶときにコーヒーブレイクで息抜きできると、頭の中がリフレッシュされるように感じました。私は日経文庫では、この本で初めてコーヒーブレイクを見たので「こういう作り方もあるんだ」と勉強になりました。コーヒーブレイクだけを集めた雑学事典、教養本なんかも作れそうですね。

株式だけでなく、貴金属などの商品も網羅して真面目に解説!

『投資のきほん』(日本経済新聞社編、日経文庫)

平井 こちらは幸田さんが手がけてヒットした一冊ですね。

幸田 この本は、日経新聞電子版で連載されていた「キソから!投資アカデミー」を文庫化しました。ベーシックな投資の基礎を日経新聞の記者がやさしく解説しています。お金や投資の本は著者の考え方や価値観が色濃く出るテーマになりますが、日経新聞の記者らしくニュートラルかつファクトに基づく視点で解説されているのがこの本の特徴です。

『投資のきほん』(日本経済新聞社編、日経文庫)/画像クリックでAmazonページへ
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 金融商品も株式、債券、貴金属など網羅して取り上げていますし、日経文庫のコンセプト「はじめの1冊」としてぜひお読みいただきたいです。日経新聞の電子版は読み返したい記事を保存できるクリップ機能があるのですが、「キソから!投資アカデミー」はクリップする人がとても多かったと、担当記者に聞きました。普段から日経新聞を読んで投資や金融商品に慣れている人にとっても、日経新聞記者の視点が刺さっているのだと思います。

とにかく基本を分かりやすく図解で紹介するなど工夫がたくさん
とにかく基本を分かりやすく図解で紹介するなど工夫がたくさん

平井 ちょうど刊行したのが新NISAの開始時期と重なり、株式投資や海外投資に関心が高まっていた頃でしたね。株式や為替だけでなく、貴金属や非鉄金属、穀物、エネルギーなどの商品の取引についても一般の読者向けに解説しています。こうした本は意外と少ないかもしれません。

小谷 金融商品を網羅し、真面目に解説する本は貴重かもしれません。僕には「キソから!投資アカデミー」を日経文庫にするという発想はありませんでした。入門的な連載の内容と日経文庫の「はじめの1冊」というコンセプトがうまくハマりましたね。

幸田 編集長には、「カバーには絶対イラストを入れたいんです!」と相談しました。

平井 そういえば、5パターンぐらいデザインがありましたね。

幸田 はい。「基本が学べる」というイメージを出したくて。結果的に、「投」と「資」の間にお金のイラストが入った案に落ち着きました。

小谷 実は、タイトル周りにイラストをあしらうという方法、僕も自分が担当した本でまねしています(笑)。先ほどの『コンサルタントが毎日見ている経済データ30』の表紙にイラストを入れて、やわらかい雰囲気にしました。

幸田 日経文庫の表紙やタイトルからは、発刊時やそのときのトレンドも見えるので面白いですよね。書店に行くと、必ず日経文庫の棚の前でずらりと並んでいる表紙を眺めてはニマニマしています。

教育を経済データで読み解くと、何が「良い」になるのか

『教育投資の経済学』(佐野晋平著、日経文庫)

小谷 この本は、実務系の本が多い日経文庫の中では、ちょっと異色のテーマですね。でも今は「教育経済学」というジャンルがとても注目されています。

『教育投資の経済学』(佐野晋平著、日経文庫)/画像クリックでAmazonページへ
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平井 教育や医療などにおける「これがいい」という判断や選択には、自分や家族の経験や身近であったこと、噂レベルのことに影響されることが多いですよね。果たして本当のところはどうなんだろうか……という部分をデータで確かめたのがこの本の特徴です。

小谷 教育への価値観は自分が受けた教育にかなり影響されますよね。例えば、自分が中学受験をして私立中学に通ったことに満足していれば私立中学の教育に肯定的な姿勢になるけれど、公立中学に通って良い思い出があるなら公立中のほうが良いとなることも。このような学校による違いについても、客観的なデータから見ると結局はどうなのか、ということがこの本を読むと分かります。自分が学校に通っていたときと今とでは時代も違うし、環境も違う。お子さんがいる人にはぜひ読んでもらいたい一冊です。

幸田 私は教育投資を「された」立場にしかいたことがないんですが、自分が受けた教育という投資について改めて考えるきっかけになりました。本では教員たちの話を科学的に分析したり、教育を経済の面から考えたりしていて、新しい発見があります。また投資を「され終わった」側の子どもも、大人になる前に読んでおくべきだと思いました。

小谷 日経BOOKプラスでもこの本の内容が記事になっているんですよ。

「大学進学は得なのか? データをもとに経済学で分析した結果」

「『ゆとり教育』の評価は? データで分かった本当の影響」

「教員はどうすれば増える? 経済学による合理的な解決方法」

 これらの記事の反響はとても大きかったですね。刺激的なタイトルですが、科学的なデータをもとに分析されていて面白いですよ。

平井 日経文庫のFジャンルはマクロ経済学や経営学など、大学の講義として一般的なジャンルの本が多いのですが、こちらは新しい分野ということで、珍しいです。著者の佐野晋平さんは、神戸大学経済学部で教壇に立たれている研究者で、担当編集者と毎週のようにオンラインミーティングをしながらつくった渾身(こんしん)の一冊です。

取材・文/三浦香代子 構成・写真/日経BOOKプラス編集部 長野洋子