2024年8月、日経文庫は創刊70周年を迎えました。その長い歴史の中で、日経文庫は数々のロングセラーや経済・経営・ビジネス実務の名著を生み出しています。そこで、日経文庫の平井修一編集長と編集者が、さまざまなテーマでおすすめの日経文庫を解説。今回は、ビジネスパーソンにとって欠かせない「コミュ力」を高める人気の9冊について。一緒に解説するのは、前・日経文庫編集長で数々の書籍を担当してきた細谷和彦と今年編集部にジョインしたばかりの黒田琴音。
日経BOOKSユニット 第1編集部 細谷和彦(以下、細谷) 日経文庫70周年企画の2回目は「ビジネスパーソンの『コミュ力を高める』9冊」ですね。

平井修一編集長(以下、平井) 日経文庫にはA「経済・金融」、B「経営」、C「会計・税務」、D「法律・法務」、E「流通・マーケティング」、F「経済学・経営学」、G「情報・コンピュータ」、H「実用外国語」、I「ビジネス・ノウハウ」というジャンルがあり、それぞれカバーのマークの色が違います。これに加えてビジュアル版というシリーズもあります。今回、紹介する9冊はIジャンル「ビジネス・ノウハウ」のものが多く、マークは金赤のような色です。書店で探す際の目印にしてもらえるといいですね。
平井 もともと日経文庫の売れ筋はBジャンル「経営」の本が多かったのですが、私が入社した後の2000年代からIジャンルが増えてきました。背景には、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われたような日本人が自信満々だった時代が終わり、ビジネスも国際化して海外の手法が紹介され、注目されるようになったことがあるのではないかと思います。戦後、アメリカの心理学などで研究されてきたことが80年代ぐらいからビジネスに活用され、90年代に日本に導入、日経文庫として取り上げたのが2000年代だったというわけです。
この連載1回目の「 何十年も売れ続けている定番の日経文庫11冊を編集長が解説 」で紹介した本の著者の多くは大学の先生でした。今回紹介する本も名著といえるロングセラーが多いですが、著者は主にコンサルタントなのが特徴です。それでは、1冊ずつ紹介していきましょう。
この1冊でコーチングのすべてが分かる
『コーチング入門 〔第2版〕』本間正人著、松瀬理保著、日経文庫
著者の本間正人さんは、東京大学、松下政経塾を経て、ミネソタ大学で成人教育学の博士号を取得した方。日本に「コーチング」を紹介した方は何人かいますが、そのうちのお1人ですね。松瀬理保さんは、航空会社勤務を経て海外留学されて組織開発を学び、独立した方です。この本は、お2人の共著です。
細谷 日本に「コーチング」が紹介された当時、その考え方に注目が集まり話題になりました。文庫にしようと動き出したときは、誰に執筆を依頼するか、けっこう悩みましたよね。
平井 そうでしたね。日経文庫は「はじめの1冊」ではあるのですが、ある程度世の中に広まってきたことについて「これは知っておかなくてはいけない」という人に向けたノウハウ本が多いのが特徴です。著者の本間さんもこの本の中でおっしゃっていますが、「この1冊でコーチングの全体像がつかめる」ことを目指した内容です。
細谷 コーチングの考え方がしっかりと体系的にまとめられています。改訂を重ねながら現在まで読まれているのは、日経文庫が良い著者をしっかりつかまえている証拠だと思います。
平井 それこそ90年代の最初の頃は、「コーチング」というと、「野球などスポーツのコーチのようにやり方を教える」ことかと誤解されがちでしたが、そうではなく、「相手に寄り添って、互いに理解し、モチベーションを上げる」「部下のやる気を引き出し育てていく」といったアプローチなんですよね。最近ようやくコーチングが定着してきたと実感します。
細谷 どんな人に読まれていますか。
平井 やはり部下がいるビジネスパーソンやマネジメントで課題を感じている人、人材開発系の部署やビジネスをしている人が読んでくれていますね。本書はコーチング全般について書かれていますが、コーチングから得られるさまざまな知見についてより深く知りたい人には『 コーチングの神様が教える「できる人」の法則 』(マーシャル・ゴールドスミス著、マーク・ライター著、斎藤聖美訳、日経ビジネス人文庫)もおすすめです。
日経BOOKSユニット 第1編集部 黒田琴音(以下、黒田) 私は高校生のときに受けていた文章講座で、「正しい答えにたどり着かないのは質問の仕方を間違えているからだ」と教わったことがあります。この本を読んで、正しいコーチングのためには問いの立て方や問いを立てる力も重要なんだなと思いました。
平井 黒田さんは入社前に大学院でコミュニケーション論を学んできただけあって、的確な指摘ですね。
黒田 しかも、この本は会話例やケーススタディーが想像しやすく、分かりやすいんです。仕事だけではなく、教育や親子関係でも使えそうだと思いました。
細谷 この後で紹介する本もそうなのですが、ビジネスパーソンだけではなく、教育関係で働く人や子育て中の読者からレビューをもらうことも多いですね。
仮想ストーリーで総ざらいができる丁寧な構成が魅力
『ファシリテーション入門 〔第2版〕』(堀公俊著、日経文庫)
平井 90年代ごろまでは「司会役」や「議長」といった表現しかなかったのですが、2000年代に入り、著者の堀公俊さんたちが、集団的な場で意見を引き出したり、合意形成して成果を上げたりする「ファシリテーション」という考え方を日本に紹介し、普及活動を続けてきました。堀さんは、2003年に日本ファシリテーション協会を有志と共に設立し、初代会長に就任。組織変革、企業合併、教育研修、NPOなど多彩な分野でファシリテーション活動を展開しています。
黒田 この本も、事例や仮想ストーリーが分かりやすく、読みやすかったです。注目は第7章(186ページ~)。「この場合はこうすればいいんだ」という総ざらいができるんです。
最初のほうに読んだことは忘れがちなので、いつでも立ち戻れるように、関連ページが注で本文に記載してあるのは読者に親切ですよね。編集作業はきっと大変だったのではないかと思います。編集者の丁寧さを感じました。
平井 そうですね。本書の初版の編集者はとても丁寧に本作りをする人で、同じく堀さんとのコンビで『 ビジュアル ビジネス・フレームワーク〔第2版〕 』(日経文庫)という、非常に作り込まれた名著も編集しています。
細谷 著者の堀さんの本はどの本も反響がありますね。ちょうど、新刊も発売されたばかり。『 ロジカル・ディスカッション 』というロングセラーの新版が2024年9月17日に発売されました。
慶應大で学生や社会人向け講座で使われている名著
平井 著者の田村次朗さんはハーバード大学に留学していたときに交渉学を学び、それを日本に伝えた方です。当時、田村さんが学んだ内容は 『ハーバード流交渉術』 (ロジャー・フィッシャー著、ウィリアム・ユーリー著、三笠書房)というロングセラーでも知ることができるのですが、翻訳でアメリカ社会を前提としているのでやや分かりにくい。そこで日経文庫では、田村さんと隅田浩司さんの共著という形で、心理学の知見なども加えながら、日本の読者に向けた内容で書いてもらいました。
同調圧力に巻き込まれたり、相手の言うことに耳を傾け過ぎて遠慮してしまったり…。奥ゆかしい日本人ならではのよくあるシチュエーションで、どう交渉を進めていけばいいのかについて丁寧に書かれています。読みやすく、分かりやすい内容なので読み継がれており、長年、慶應義塾大学の学生向け講義や社会人キャンパスでも使われている本です。
平井 そういえば本書のタイトルを決めるとき、田村さんは「交渉『術』ではなくて交渉『学』なんだ」と強くおっしゃっていました。
細谷 本書で書かれているのは交渉の「術」ではない、と。
平井 おそらく「術」でイメージされるような小手先のノウハウではなく、交渉について、本質的で創造的なことを伝えたいという思いがおありだったのでしょう。ただ、「交渉学」としてしまうと読者が限られてしまう。そこで、まさに交渉して、「戦略的交渉入門」に落ち着きました。
黒田 自分の修士論文のテーマがこの本の内容に近かったため、読んでいてとても面白かったですね。特に第7章の「コンフリクト」では、「利益にフォーカスするとうまくいく」と書かれていて、確かにそうだなと。私は異文化コミュニケーションを専攻していたのですが、この学問では、お互いの立場が違う中で協調していくためには「ゴール設定」を共通にすることが大事だとされています。この本で書かれている交渉学はビジネスと親和性がとても高く、身近なところでも生かせるはずです。
会議のスケジュール調整もその1つです。例えば、今回のこの企画も、「読者のみなさんに良い本をお届けする」というゴールにフォーカスすると、予定を合わせる優先度は上がりますし、気合も入る(笑)。日常のあらゆる場面で交渉が必要ですよね。
ビジネス界のファンが多い著者、20年読み継がれる1冊
平井 著者は、1回目の記事「 何十年も売れ続けている定番の日経文庫11冊を編集長が解説 」で紹介した『 経営組織 』の著者でもある金井壽宏さん。ビジネス界にもファンの多い、神戸大学の名誉教授です。
「リーダーシップ」は経営学の主要テーマですが、日本でリーダーシップというと、どうしてもいわゆる「偉人伝」をイメージしたり、「社長が学ぶべきもの」だと思ったりするかもしれません。でも実は、1つのグループを動かしたり、良い成果を上げたりという「小さなリーダーシップ」は、ビジネスでも生きていくうえでもとても重要なんですね。
この本では、そういう小さなリーダーシップを自分事として捉えるためのエクササイズ、経営者の逸話などが書かれているうえに336ページで1100円と非常にお買い得です。初版が約20年前だからできた価格設定ですね(笑)。
細谷 しかも、価格改定もしていませんよね。
平井 はい。しかも本書の「あとがきと文献案内」を読むと、当初は500ページに達しそうな勢いで書いていたのを、担当編集者がなんとか調整して336ページに収めたそうです。
黒田 確かに他の本と厚みが違いますね。この本は、有名な経営者のリーダーシップ論について1つずつ解説しているので、「どう自分に取り入れられるのか」を考えることができました。「自分だったらこう解釈しよう」というたたき台としても使えると思います。
平井 そうですね。これから紹介する本は、細谷さんが担当した本が多いので、バトンタッチしますね。
WEBテスト付き 「トレーニング方法」が書かれているのは珍しい
細谷 今でこそ「EQは心の知能指数」「いくらIQが高くてもEQがなくてはダメだ」とEQの定義や意味が理解されていますが、日本でよく知られるようになったきっかけは、アメリカの心理学者ダニエル・ゴールマン氏の著書だったと思います。
また、エール大学のピーター・サロベイ、ニューハンプシャー大学のジョン・メイヤーがEQを提唱していて、この本の著者の髙山直さんはお2人とEQの共同研究をして、日本に「EQ」を紹介した人です。
先ほどもお話したように、「EQ」という考え方はよく知られるようになりましたが、「どうやってトレーニングをするか」を書いた本は少ないんですよね。アメリカと日本ではメンタリティーも違いますし、日本人に適したトレーニング方法を紹介したいと思いました。
この本には著者の髙山さんからEQをさらに鍛えたい人に向けて、「髙山スペシャル」と題したメソッドを収録しています。例えば、自分を褒める言葉を50個ぐらい挙げ、そうやってボキャブラリーを増やすこともEQを高めることにつながるとか、かなり実践的なものです。自分のEQを計測できるWEBテストもついているんです。
平井 テストは何分ぐらいで受けられますか。
黒田 私も受けましたが、5分くらいでした。平均値は119らしいのですが、私は172と上回り驚きました! ちなみに隣の席の先輩は113と微妙に下回り、別の「心の元気度」を測るテストでは「元気度86%」でした。「EQが低くて、元気だけはあるって、何か我ながらイヤだな…」とつぶやいていました(笑)。

細谷 大丈夫、EQはトレーニングをすると高まるものなんですよ! 数週間、数カ月後にもう一度チェックしてみるといいですね。
黒田 そうなんですね。この本も読みやすく、あまり専門書っぽくなり過ぎないように工夫されているのかなと思いました。「EQの定義」が出てくるのは45ページで、わりと読み進めてから出てくるのも印象的でした。
細谷 はい。最初から「EQとは」という学術的な部分から入ると、とっつきにくいのでそこは意識しました。
平井 編集者の配慮が感じられますね。続く3冊は、戸田久実さんの本ですね。
怒りのコントロール術から他者の怒りに巻き込まれない方法まで
細谷 今は「怒りそうになったら6秒我慢する」というアンガーマネジメントの手法がよく知られるようになりました。もともとはアメリカで始まった研究を日本にそのまま紹介したような本が多かったように思います。
この本の著者の戸田久実さんは、日本のアンガーマネジメントの第一人者である日本アンガーマネジメント協会代表理事だった安藤俊介さんと一緒に活動され、企業や官公庁などでも研修を行っている人です。そのため、日本のビジネスシーンに非常に適した内容になっていると思います。
平井 もともとはパワハラ防止法が始まるというのが出版のきっかけでしたね。
細谷 戸田さんが、さまざまなビジネスシーンで起きがちな事例を意識して構成してくださったので、パワハラ防止法に引っかかりそうな上司だけではなく、多くのビジネスパーソンに読まれる内容となりました。この本で一番大事なこととして伝えているのは、「怒ること自体がダメなのではなく、怒りはコントロールするものなんだ」ということです。
黒田 怒りは自然な感情だけれどもすべてあらわにしていいわけではなく、「伝え方が大事」ということですよね。「怒りを6秒我慢する」というように一度間を置くことが必要で、それが自分を押し殺さずに仕事をしていく秘訣だとも思いました。
細谷 そうですね。それに、怒りの前提にあるのは、思い込みなんですよね。「世の中は絶対に○○だ」という思い込みがある人は、自分が思ってもみないことが起きると怒ってしまう。でも今は、多様性や心理的安全性、いろんな人の価値観が大事にされる時代です。そうした幅広い見方を身に付けていくと、本来は必要のない怒り自体も抑えられるようになるのかもしれません。
この本で戸田さんに書いてもらうようにお願いしたのは、「他者の怒りに巻き込まれない方法」。実は、僕自身が、怒っている誰かと同じ場にいるのがとても苦手なんです。この本を読むと「その場を離れる」「スルーする」といった対処法が分かります。
黒田 この本の帯の中田敦彦さんの「キレちゃだめ! 怒りにくい体を作りましょう。」も印象的ですね。
細谷 発売後3カ月ぐらいで、中田さんが「YouTube大学」で取り上げてくれました。帯には「今日からできる心理トレーニング」とも書かれていますが、アンガーマネジメントはトレーニングでもあるんですよね。
多様性・心理的安全性を守りながら言いたいことを伝えるために
『アサーティブ・コミュニケーション』(戸田久実著、日経文庫)
細谷 アサーティブという言葉もビジネスでよく使われるようになり、平木典子さんの『アサーション入門』(講談社現代新書)、勝間和代さんの『断る力』(文春新書)という本もよく知られていますね。
戸田さんはこの本で、「自分も相手も尊重しながら主張することが大事」だと言っています。
戸田さんはコミュニケーションの専門家なので、アンガーマネジメントで怒りに対処するだけではなく、そこから一歩進んで「ちゃんと自分の意見を主張する」ことが大事なんだと伝えます。相手をやり込めるのではなく、周囲を適切に巻き込みながら意見を言う必要があると。
アサーティブという言葉自体は古くからありますが、この本を2022年に出版した意味としては、「みんなの意見がバラバラなのは当たり前。その中で多様性や心理的安全性を守り、自分も相手も尊重しながら発言することの大切さ」を伝えたかったからです。この本は、読者に女性が多いのも印象的です。もしかしたら、女性のほうがまだ意見を言いづらい環境や場面がまだ多いのかもしれません。
黒田 「女性は感情的」といった偏見ってありますよね。それを払拭したいと思っている女性が多いのかもしれません。あるインタビュー記事では、交渉などを専門とするコロンビア大学の教授も「同じ内容の発言をしているのに、男性と女性では『女性のほうが主張が激しいと受け取られてしまう』」と指摘しています。(参考:Women Are More Likely to Negotiate Salaries. Why Do They Still Earn Less Than Men?/SHRM)
私がこの本で印象的だったのは「アサーティブ・コミュニケーションを勘違いしている人が多い」という部分です。アサーティブ・コミュニケーションとは自分の言いたいことを伝える方法であって、「言う必要がないときや相手の言うことを許容できるなら言わなくてもいい」と書かれています。なるほど。心に感じたことをすべて伝えることを言っているのではないのだ、と。それから第5章の「攻撃的な相手に伝えるケース」「取引先からの無理難題を断るとき」といった実例もすぐに役立ちそうだと思いました。
平井 戸田久実さんの3部作、最後は傾聴力についての本ですね。
結局「聞く」がすべての基本!
『アクティブ・リスニング ビジネスに役立つ傾聴力』(戸田久実著、日経文庫)
細谷 こちらは傾聴力についての本ですが、コーチングでも「まずは相手の話をきちんと聞くこと」が基本です。相手に何かを尋ねる場合、相手が自由に答えられる「オープンクエスチョン」と、AかBか選択しなければならない「クローズドクエスチョン」があり、その2つをうまく織り交ぜながら対話をするといいといったアドバイスが書かれています。
細谷 戸田さんのこれまでの2冊とも共通するのですが、やっぱり「聞く」ということはすべての基本です。ただ、ひたすらうなずいて聞いていればいいのではなく、「○○はどうですか」と質問をしながら相手を誘導する。この本の中でも「戦略的傾聴」について記述がありますが、会話の主導権を聴き手が握ることによってビジネスもコントロールできるようになるのではという考えなのです。
戸田さんと私の間では、この3部作『アンガーマネジメント』『アサーティブ・コミュニケーション』『アクティブ・リスニング』を、ビジネスに必要な「3A」と呼んでいます。

平井 なるほど。大事なスキルですね。黒田さんはこの本をどう読みましたか。
黒田 今の質問は、オープンクエスチョンですね(笑)。23年9月に出版された本なので、「コロナ禍以降に増えたオンラインでのコミュニケーションの取り方」などにも言及されていて、すごく参考になりました。私の前職はフルリモートで、会議のときはひたすら画面オフのアイコンに向かって話し続ける…ということも多く、早く知っておきたかったなと。日本の職場におけるさまざまな悩みに寄り添う内容だと感じました。
平井 最後に紹介する1冊もコロナ禍以降にリモートワークが増えたことと関係しています。
部下や相手との信頼関係をつくっていくために必要なスキル
細谷 1on1は、コーチングとミーティングの両方を兼ね備えた手法ですよね。1on1というものは職場で昔からあったと思いますが、そうした機会を持つだけではなく、どうやって部下や相手との信頼関係を醸成していくかが注目されるようになったのだと思います。著者の本田賢広さんは「傾聴」など1on1の重要ポイントをきちんと解説してくれています。
細谷 もともと外資系企業で行われていた1on1ですが、コロナ禍でリモートワークになって、一人ひとりが何をしているか見えづらくなり、相手から言葉を引き出すのも難しいので、日本に適した形での1on1が広まってきたのだと思います。
平井 この本を読んで、実際に1on1をしましたか。
細谷 私はしていたつもりでしたが、中には「自分は1on1はしたくない」「場が持つか心配」という人もいますよね。1on1をするときに一番のNGポイントは「自分が話し過ぎる、主張し過ぎること」。これは今まで紹介してきた8冊とも共通しますが、1on1が苦手だと思う管理職の人にはぜひこの本を読んでもらいたいですね。
黒田 1on1は難しいですよね。私も過去に1on1をしたことがありますが、上司と部下という関係で「キャリアについて好きなように話していいよ」と言われても緊張するし、正直には話しづらい…こともあります。「キャリア相談」となると話すのが難しいので、この本にもあるように、「1on1は人生の支援」と考えられれば、「今このときは私はこの会社に属している」「この上司の部下である」と俯瞰(ふかん)でき、もう少し気楽に話せるかもしれません。
上司の立場としても、今は「転職の時代」といわれるぐらい転職する人が増えていますが、「この職場は部下にとっては人生の通過点である」と捉えられれば寂しい思いをせずに済むのかなと思いました。今の時代に適した1冊だと思います。

取材・文/三浦香代子 構成・写真/長野洋子(日経BOOKプラス編集部)