言語化のうまい誰かに共感しているだけでは、思考が停止しそう。でも、この本には「よくぞ書いてくれた」と、つい手を合わせてしまう。
著者は現在31歳。夫とは子供を持たない選択で一致し、「DINKs(仮)」を自称する。それでも時折、「産んだ方がいいのかも」という気持ちの波が押し寄せる。本書の執筆は、子供をめぐる自身の考えを明らかにし、固めていく作業だったという。
子を産み育てる営みを「エベレスト登山」にたとえる。経験者の多くは「世界一の景色が見えた」と感動を語るが、登るには金と体力と知識が必要で、途中でつらくなってもおりられない。遭難すれば自己責任と言われ、犠牲者の声は世間には届かない。
そして、妊娠・出産に伴う体のダメージは男親には代われない。「誰がどう体を使って、どんな苦悩が生まれ、何が人生から剝奪(はくだつ)されるのか」。産むにせよ産まぬにせよ、諸問題への理解の「解像度」をパートナー同士でそろえる話し合いに、どこかで本書が役立てばとも願う。
親になった友達や先輩が「あっち側に行ってしまった」と感じていた。産まない自分が、未熟な進化前のポケモンのように思えた。「私は妊娠・出産にミラクルを期待しすぎていた」と、書くうちに気づいた。「子供を産んで格好良くなった人は、その人自身が葛藤したり頑張ったりして成長したわけで、それは自動的に得られる変化じゃない」。親になろうがなるまいが、自分の核は変わらない。ならば、子のいない人生でこそ見える景色を味わいたい。
ただし、「DINKs(仮)」はひとまずそのまま。価値観がひっくり返る出来事がこの先起きないとも限らないし、万が一にも離婚し、再婚した相手に連れ子がいるかもしれない。「何の選択にも属性にも(仮)はつくなと、最近は思うんですよ」
SNSが子の写真一色の友達も、会って話せば、好きだった彼女は意外と変わらずそこにいる。「ある種、ママ(仮)。属性によらないその人の一面も、(仮)をつけておけば、見逃さずに済むのかなと」(文・田中ゑれ奈 写真・山本佳代子)=朝日新聞2024年12月14日掲載