- 矢樹純『血腐(ちぐさ)れ』新潮文庫
- 織部泰助『死に髪の棲(す)む家』角川ホラー文庫
- 愛川晶『モウ半分、クダサイ』中央公論新社
昨年あたりからメディアではホラー・ブームが取り沙汰されており、隣接ジャンルであるミステリーにもホラーとの融合を試みた作例が散見される。だが、その融合の技法は、作家ごと、作品ごとに異なっており、それぞれの腕の見せどころと言えるだろう。
矢樹純の短篇(たんぺん)集『血腐(ちぐさ)れ』は、タイトルの印象からしておぞましい。収録された六篇は、主に家族などの親密な人間関係を描いており、そこに悪意と怪異の影がひたひたと忍び寄る。
主人公の夫の霊は、認知症になった義妹に何を告げようとしているのか(「魂疫(たまえやみ)」)。縁切りに御利益があるというその神社は、祈りに対し本当は何を叶(かな)えてくれたのか(表題作)。地獄に堕(お)ちると火葬の際に骨が黒くなるという伝承の真偽は(「骨煤(ほねずす)」)……等々、各エピソードにはいずれも何らかの超常的な設定が織り込まれている。一方で、作中には強い悪意を持ち、超常的な力を利用して人を不幸に陥れようとする者も登場するが、それが誰なのかはわからない。二種類の恐怖を作中に同居させることで足し算ではなく掛け算でパワーを発揮する小説技法は、短篇ミステリーの名手の著者ならではだ。
織部泰助『死に髪の棲(す)む家』は、第四十四回横溝正史ミステリ&ホラー大賞の読者賞受賞作。作家の出雲は、資産家・匳(くしげ)金蔵の自叙伝のゴーストライターを務めるため、金蔵が住む福岡県の祝部(しゅくべ)村に向かったが、村に到着して早々、金蔵の屋敷で身元不明の老人が首を吊(つ)って死んだと知らされる。
死人の傍(そば)で寝ずの番をする「死に番」という風習にまつわる禁忌、老人の死体の口に詰め込まれた毛髪……と、いかにもおどろおどろしい展開に相応(ふさわ)しく、登場する探偵役・無妙(むみょう)の職業は、怪談を蒐集(しゅうしゅう)する怪談師。だが、無妙は意外にも理詰めで謎を解こうとする。一連の事件は人間による巧妙な計画的犯罪か、それとも霊的な何かが介在しているのか、最終章まで予断を許さない。
愛川晶は「神田紅梅亭寄席物帳」シリーズや「落語刑事サダキチ」シリーズなどの落語ミステリーを得意としているが、『モウ半分、クダサイ』は、落語の中でも怪談噺(ばなし)に代表される暗い部分に注目した連作短篇集だ。
三つのエピソードの主人公たちは、盲目の落語家・花山亭喜龍の噺を聞くが、その内容は、他の人間が知らない筈(はず)の自分の秘密を想起させる。喜龍は何か超自然的な力で彼らの秘密を知っているのか、それとも……。怪談とミステリー、どちらに着地するかは読んでのお楽しみだが、本書の複雑に入り組んだ人間関係自体が、作中でも言及される三遊亭圓朝(えんちょう)の『真景累ケ淵(しんけいかさねがふち)』で描かれた因果応報の世界に似て暗鬱(あんうつ)極まりない。=朝日新聞2024年11月27日掲載