ドラマ版『大草原の小さな家』の科学とニセ科学

ドラマ版『大草原の小さな家』が4Kリマスターされ、吹替声優陣も一新されて、NHKで放送されている。
旧バージョンをおそらくほとんど再放送で見ていた世代だが、とても好きなドラマだった。リマスター版も素晴らしいので毎回楽しく見ている。

大人になって改めて見ると、宗教的含意*1や、科学の扱いに目がいく。

科学については、科学的思考と感情との絡み合いといった方がいいかもしれない。今にも通じるテーマがたくさん取り上げられていることに驚く。

「熱病の家」(原題:Quarantine、1977年)

つい最近放送されたこの回(シーズン3第13話)は、まさに時宜にかなったテーマ、感染症と隔離の話だ。
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主人公の少女・ローラの一家が住むウォルナット・グローブから少し離れたエルムスビルの町で、「伝染性の熱病("mountain fever")」が出た。エルムスビルは封鎖された。
要請を受け、ウォルナット・グローブからも医師のベイカー先生がエルムスビルへと応援に駆けつける。舟でベイカー先生を送って行ったのは、ローラ一家ととても親しいエドワーズおじさん。なぜなら、エドワーズおじさんは、既にその熱病に罹ったことがあるからだ。
しかし、エドワーズおじさんは、エルムスビルからの帰り際、振る舞われた酒を一口、瓶から直接飲んでしまった。その瓶に口をつけていたのは、まだ発熱はしていないが「伝染性の熱病」に特徴的な発疹が出ている男だった……。

というシーンから始まるこのエピソード。
不顕性感染者からの感染、休校・自宅待機中の子供たちの心情*2、発症した患者を自宅で看護する親の心情などが盛りだくさんに描かれている。
隔離(quarantine)の重要性と、隔離生活から生まれる人々の思いとが絡み合う描写がとても濃やかで、今、この時期に見るとすさまじいリアリティがある。

「愛の贈り物」(原題:The Gift、1975年)

ホメオパシー登場回。

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ウォルナット・グローブの町で慕われているオルデン牧師の誕生日に、日曜学校の子供たちがプレゼントをしようとお金を持ち寄った。集まった金額は1ドル67セント。
新しい聖書を買ってプレゼントすることにみんなで決め、ローラの姉・メアリーがお金を預かって、聖書の選定と注文を任される。
家でカタログを見ていたローラは、モロッコ革表紙に金文字装幀の素敵な聖書を見つけるが、その値段は3ドル。集まった資金では到底買えない。
なんとかオルデン牧師に素敵な聖書をあげたいローラは、カタログをめくっているうちに、魅力的な広告を見つけてしまった。その名も「ブリスキン先生の家庭用お薬(Dr. Briskin's Homeopathic Remedies)」。
ありとあらゆる病気に対応するというそのお薬の詰め合わせ(12瓶入り)を1ドル50セントで買って、一瓶25セントで売れば、なんと3ドルに! という触れ込みだ。
まんまと信じ込んだローラは、渋るメアリーを説得してそのお薬を注文し、意気揚々と町の人々に売りに出かけるが、まったく売れず。
絶体絶命のローラとメアリーは……?

という、共感性羞恥の強い向きにはなかなかつらいストーリー展開ではあるものの、そこはさすがにみごとなエンディングが用意されている。興味のある方は安心してご覧になって大丈夫だと思う。

興味深いのは、この「ブリスキン先生のお薬」がうさんくさいものだと徹底して表現されていることだ。

まず、ローラが目を引かれた広告ページには「ひと稼ぎしたい方、みなさんに大儲けを(Do you want to earn money? A large income to all intersted)」というコピーがでかでかと添えられている。ひと目見ただけで、これはアレなやつですね、とわかる。

また、ローラがとある家で訪問営業をしている最中、小さな子が勝手に薬瓶を開けて、中の砂糖玉とおぼしき丸薬を豚の餌にまきちらしてしまうシーンも。視聴者には、それが毒にも薬にもならないものだということが一発で伝わるシーンだ。

さらにローラは、ある老婆の哀れみを誘って薬を売りつけようとするのだが、逆に哀れみを誘われてタダで薬をあげてしまったりもする。その老婆は、ローラが去った後、巻き上げた薬瓶を開けて、中のエリキシル剤的なものをおいしそうにキュッとやるのだが、薬瓶のラベルには「リューマチ用 アルコール60%」と書かれている。要は酒の効果しかない、ということがよくわかる。

ドラマ制作時の1975年におけるホメオパシーの受け止め方の一端が伝わってくるエピソードだ*3。

「サーカスのおじさん」(原題:Circus Man、1975年)

このエピソードにも、怪しい薬が登場する。
しかし、単に怪しい薬ヤバいね、怪しい薬を売るやつヤバいね、というだけの話ではないところがよい。

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ある日、ローラたちの家の外に、「オハラ・サーカス団」の支配人を名乗る、ウィリアム・オハラという男が馬車でやってくる。
ローラの父・チャールズは、調子のいいオハラを少し警戒しつつも気に入って、家の敷地に滞在することを許す。
ある夜、オハラはあばら骨が折れたふりをして大騒ぎ。心配したチャールズに担ぎ込まれて首尾よく家に入り込むと、オハラは、ローラとメアリーの目の前で「シャミの秘薬」なる怪しい粉薬を飲んで見せ、これであばら骨は2日で治るが、くれぐれも秘密にするように、と言って聞かせる。
しかし、感動したローラは町の人たちに「シャミの秘薬」の話をしてしまい、やがてオハラのもとには「シャミの秘薬」を求める人たちがやってくるように。
「シャミの秘薬」は重曹と砂糖を混ぜただけのものなのだが、その信者は後を断たず、ついに、重大な症状が出ているにもかかわらず、医師のベイカー先生の治療を拒否する人まで現れて……。

という、典型的なニセ科学・ニセ医療の問題を扱っているエピソードである。

オハラは、医師になじられても「完全に治るとは言っていない。あとは神に委ねましょうと言ったのだ。それから、この薬に害はないともね」などと言い抜けるくらいのしたたか者だ。
しかし、自分のせいで医師の治療を拒否する患者と向き合ったとき、そして、自分の偽薬の効果で愛犬が快復したと信じて感謝するローラと向き合ったとき、オハラが見せた言動は胸を打つものがある。単純に断罪して切り捨てることはできない。
また、早くからオハラの嘘を見抜きつつも、オハラを受け入れていたチャールズの迷いもリアルだ。町のためにオハラを一度は追い出したチャールズは、やがてローラの必死の願いに応えて再びオハラを呼び戻しにいくのだが、自分ならそうはしないだろうと考える視聴者でさえ、チャールズの行動を単純に非難してすぐ忘れることはしないだろうと思う。

このドラマシリーズの中でもかなり好きな方に入るエピソードだ。

ちなみにリマスター版でオハラの声を吹き替えているのは千葉繁さん。本当に魅力的で素晴らしいオハラだと思う。

その他

ほかに、科学や医療が関わっているエピソードといえば、

「あらいぐま見つけた」(原題:The Racoon、1974年)
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(野生のあらいぐまと狂犬病のエピソード)

とか

「母さんの傷」(原題:A Matter of Faith、1976年)
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(針金で作った傷からの感染症のエピソード)

などがある。

「あらいぐま見つけた」は、とにかく狂犬病怖い、うかつに野生動物拾うのダメゼッタイ、という気持ちになる。

「母さんの傷」は、感染症怖い、傷はいいかげんな手当てしちゃダメゼッタイ、という気持ちになる。
のに加えて、ツッコミどころとしては、傷を処置した手で料理するのもだいぶ怖いのでは、というのと、聖書を家庭の医学みたいに使う発想はなかった、というのがある*4。

ドラマ版『大草原の小さな家』の科学・医療関係エピソードは、総じて、単に啓蒙的というだけにとどまらない魅力があると思う。
ほかのエピソードについては、また思い出したら書くかも。

*1:たとえばシーズン1第14話「ローラの祈り」

*2:「学校を休みにするのは、伝染を防ぐためだ。このまままっすぐ帰って、しばらくは誰の家にも行き来しちゃいけない」と言われているが、ずっと家にこもって宿題をしていなければならない子供たちの間で、きょうだいゲンカが頻発する描写もある。

*3:いちおう、ドラマ自体の舞台は1800年代後半である。

*4:切り傷から感染症になった母さんは、「もし足がつまずかせるのなら、その足を切り捨ててしまいなさい」という聖書の一節を読んで、患部を自分で切開処置するのである。