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子どもの頃の僕は、なにしろ臆病で、ちょっとしたことで人一倍怖がる子どもだった。 道を歩いていても、... 子どもの頃の僕は、なにしろ臆病で、ちょっとしたことで人一倍怖がる子どもだった。 道を歩いていても、人がいなければ、しんとして怖いと言い、人がいれば、あの人が怖いと言うように、何かあるたびに、いちいち怖がって、親に面倒をかけた。 8歳の時、町外れにあった柔道の道場に通うことになった。自宅から道場までは、歩いて30分の距離だった。夕方の暗くなった道を一人で歩くのだ。柔道を習うのは楽しいけれど、その行き帰りが僕には怖くて仕方がなかった。 「明るい道を歩けば大丈夫よ」と母は言ったが、途中にあるうっそうと茂った木々や、お化け屋敷に見える家や、なんだか不気味な曲がり角など、僕にとっては怖いものだらけだった。 目をつむって歩いたり、走ってみたり、時には大きな声で歌をうたいながら歩いたりと、子どもながらの工夫をするけれど、そうすればそうするほどに怖さは大きくなって、通うことに僕は、駄々をこねるようになった
2017/08/15 リンク