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中学受験から「詩」がほぼ消えかけている。ていうか消える。「詩」人は「著作権」についてとくにやかま... 中学受験から「詩」がほぼ消えかけている。ていうか消える。「詩」人は「著作権」についてとくにやかましく、つまり入試問題に使用される際に著作権を主張するので、受験校としてはうぜえから「詩」を出題することを避けることとなる。ところでこんなことをして日本の「詩」は生き残れるのだろうか? 相当に怪しいと私は思う。 他国の場合、「詩人」は尊敬されることが多い。国と国が陸続きであるので、それぞれの言語を鍛え守らねばならず、それぞれの言語圏の言葉を豊かにしているのは「詩人」だという意識がそれぞれの言語圏で共有されているからだ。 日本において「詩人」は尊敬されているだろうか? というより、尊敬に値するだろうか? 日本語表現は詩人によるよりもむしろ翻訳によって表現が豊かになったのがこの140年間ではないかと思う。1960年代くらいまで、情緒を基調とした文学系統の言語と、理性を基調とし翻訳語によって切磋琢磨した
2012/06/16 リンク