Moretti(2013) 年収は「住むところ」で決まる
これまた積ん読だったモレッティ本を読了した.労働経済学の論文しか読んだことがないが,都市経済学でも著名な経済学者である.
年収は「住むところ」で決まる 雇用とイノベーションの都市経済学
- 作者: エンリコ・モレッティ,安田洋祐(解説),池村千秋
- 出版社/メーカー: プレジデント社
- 発売日: 2014/04/23
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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このモレッティ本,主題はタイトルのとおりで,居住地が所得に与える影響が非常に大きいということを示している.冒頭に以下の文章がある.
今日の先進国では,社会階層以上に居住地による格差のほうが大きくなっている.もちろん,グローバル化と技術の進歩は押しとどめようがなく,この二つの要因の影響を強く受ける経済では,教育レベルの低い働き手より教育レベルの高い働き手のほうが有利なことは間違いない.しかし,雇用と給料がこの二つの要因からどのような影響を受けるかは,個人がどういう技能をもっているかより,どこに住んでいるかに左右される.p.22
「どこに住んでいるか」が所得に与える影響というものは,我々が思っているより大きなものなのだ.ではどういう場所が所得に上昇効果をもたらしているのだろうか.それはイノベーション産業であるというのがモレッティの回答である.
イノベーション産業は労働市場に占める割合こそわずかだが,それよりはるかに多くの雇用を地域に生み出し,地域経済のあり方を決定づけている....(略)...私がアメリカの320の大都市圏の1100万人勤労者について調査したところ,ある都市でハイテク関連の雇用が1つ生まれると,長期的には,その地域のハイテク以外の産業でも5つの新規雇用が生み出されることが分かった.p.83
ハイテク産業の乗数効果はものすごいそうである.上記の乗数効果の論文はMoretti(AER 2010)に掲載されているので後ほど目を通してみたい.都市が厚みのある労働市場を擁しているといくつかの思いがけない効果があることの事例であるが,こうした恩恵を受けられるのは大卒者等の高学歴者に限らず,高卒者等にも巡ってくることがポイントだろう.
とくに注目すべきなのは,技能の低い人ほど,大卒者の多い都市で暮らすことによる恩恵が概して大きいということだ.p.135
このことはMoretti(2004)で指摘されているが,もう少し細かくみると以下のことが言える.すなわち,ある都市に住む大卒者の数が増えれば,その都市の大卒者の給料が増えるが,さほど大きな伸びではない.一方で,高卒者の給料の伸びは大卒者の4倍に達する.高校中退者の場合は5倍だそうだ.これには驚いた.
それではそうしたハイテク産業が集中する都市があるとして,その都市になぜ企業が集中するのだろうか.第4章で検討されているのがこの「引き寄せのパワー」である.問題意識は明確である.
アメリカのイノベーションハブが形成されている場所は,一見するとなんの必然性もないように見える.従来型の産業では,個々の産業がどの土地に栄えるかは,たいてい天然資源と密接に結びついていた......それと異なり,なかなか説明がつきにくいのが,イノベーション産業の集積地の分布状況だ.p.160
この問いについて様々な視点から検討されているが,興味深いのは,知識の伝播がどのように生じているのかを検討している箇所だ.迅速なコミュニケーション手段が発達し,航空料金も昔に比べれば安くなった時代に,地理的な近さを重んじる必要などあるのあろうか.大いにあるというのが回答である.Jaffe et al.(QJE 1993)は,特許における先行技術の引用状況を調べ,イノベーションがどのように伝播していったのかを辿っている.
ジャフィーらが見いだした結果は,驚くべきものだった.発明家たちは特許申請の際に,遠く離れた場所の発明家ではなく,近くの発明家の業績を引用する傾向があったのである.取得された特許の内容は誰でも閲覧できるので,引用状況が地理の影響を受ける必然性はない.たとえば,ノースカロライナ州ダーラムの発明家がダーラムで生まれた特許について知る確率は,ほとかの土地で生まれた特許の場合と変わらないはずだ.ところが実際には,ダーラムの発明家は特許申請するとき,ほかの都市の発明家の先行特許より,ダーラムのほかの発明家の特許を引用する確率がはるかに高いのである.p.185
研究者のモレッティはこのことがよく分かると言う.少々長くなるが引用する.
遠くの研究仲間とは電話や電子メールで連絡を取り合っているが,本当に優れたアイデアは,たいてい予想もしていないときに思いつく.同僚とランチを食べているときだったり,給湯室で立ち話をしているときだったり.理由は単純だ.電話や電子メールは情報を伝達するのに適しており,研究の核となるアイデアを見いだせたあとに研究プロジェクトを進めるうえではきわめて有効な手段だが,新しい創造的なアイデアを生み出す手段としては最適ではないのだ.......いつ遠方の同僚と電話するかをあらかじめ決めておいて,そのときに新しいアイデアを思いつこうと計画するのはばかげた発想だ.大半の研究者は同意してくれると思う.アカデミズムの人間が大学に誰を採用するかを決めるために多くの時間を割くのは,どういう同僚と一緒に過ごすかによってみずかの生産性が左右されるからでもあるのだ.p.187
生産性の高い人に囲まれていると自らも生産性が高くなるという話は,Ph.D留学経験者からしばしば耳にする話だ.この点について,面白くかつ巧みなアイデアでセレクションバイアスを除去したAzoulay et al.(QJE 2010)が紹介されている.こちらも長くなるが引用する.
学界のスーパースター級の研究者と共同研究をおこなうと,医学研究者たちの研究の質にどういう影響があるのかを調べたのだ.この点に関して因果関係を割り出すのは簡単ではない.いわゆる自己選択のバイアスが作用する可能性があるからだ.スーパースター研究者は能力の高い研究者と一緒に研究したがるので,もし共同研究者たちの研究の生産性が高いとしても,スーパースターから知識が伝播したというより,その人たちがもともと優れているからにすぎないかもしれない.こうしたバイアスの影響を排除するために,アズレーらは賢明な方法を思いついた.スーパースターが急死した場合(そういうケースを112件見つけた)に,その前後で共同研究者たちの研究の生産性がどのように変化するかを調べたのだ.すると,共同研究者たち自身の環境は変わっていないにもかかわらず,「質を考慮に入れた場合の論文発表率は,長期にわたって5~8%の落ち込みが見られた」という.研究者同士が地理的に近くにいると,発表する論文の数だけでなく,質にも好ましい影響が及ぶようだ.p.188
以上のように,本書では興味深い結果が多く提示されており,またストーリ展開もエキサイティングであり,読み物として飽きない.モレッティは経済学者であるが,都市経済学の話は都市社会学とも密接に関連しているので,社会学者が読んでも得るものが大きいのではないのだろうか.トップジャーナルに何本も業績をもつモレッティが,きちんとした学問的根拠に基づいてストーリーを展開している点が本書の売りであろう.