1kgの鉄と1kgの鉄、どちらが重い?

同じ質量の綿と鉄はどちらが重いか。

この問題は簡単ではない。どんな質量の綿や鉄を想定するかによって答えは違う。例えば、1000億太陽質量の鉄と綿だったら両者とも即座にブラックホールだ。両者の終状態はほとんど変わらない。ブラックホールは元の天体が持っていた個性をベリベリと引き剥がしてしまう。

では、もっと質量を減らして1億地球質量だったらどうか。

1億地球質量の綿と1億地球質量の鉄、どちらが重い?

だいたい恒星質量の上限域に相当する。300太陽質量だ。

綿は自己重力で潰れていき、位置エネルギーの解放によってどんどん温度を上げる。中心部の温度は100万Kを超え水素の核融合が起こる。巨大な赤ちゃん星の誕生だ。莫大なエネルギーが発生し物質が宇宙空間に激しく流出する。ただし、綿は質量の大部分を炭素と酸素が占めており、恒星と白色矮星の中間のような組成だ。わずかな水素を使い果たすまでは延命すると予想はしてるが、こういう異常な天体の未来は即答できない。

一方、300太陽質量の鉄は核燃焼しない。果てしなく潰れ続けることでしか重力に対抗する圧力(温度)を維持できない。恐らく綿より寿命は短く、collapsarから脱出する物質も少なく、最終的に残るブラックホールは鉄のほうが重いだろう。

このあたりの質量は重量比較のレギュレーションが悩ましい。宇宙空間で質量1kgの物体の重量は~0kg重だ。ちょっと難しそうなのでさらに質量を小さくしてみる。

1ピコグラムの鉄と1ピコグラムの綿は、どちらが重い?

1pgの鉄を用意したとしよう、数百ナノメートルの微粒子だ。

おそらく1ピコグラム重にならない。このサイズになると、周囲の分子からコツコツ叩かれる影響が無視できない。また、鉄粉が空気中で自然発火するように反応性も高いだろう。吸着や電荷の影響も大きい。綿と鉄が平均的にどっちが重いかは私にはわからない。


1kgの鉄と1kgの綿はどちらが重い?

その中間、質量1kgの綿と質量1kgの鉄の重量は比較的容易に比較できる。1kgの綿は鉄より体積が大きく1.3g重/Lの浮力が働く。鉄の浮力は160mg重だ。また、繊維類は乾燥していても水分を含んでいることが知られている。1kgの完全に乾燥した綿を気温20℃・湿度65%の場所に放置すると自重の8.5%(公定水分率)の水を吸う。これは浮力を打ち消すに十分だ。普段イメージするような環境では綿のほうが重い。

1kgの鉄と1kgの鉄はどちらが重い?

完全に同質量の鉄同士を持ってきて比較したらどうだろう。

無論、両者が同じ重量になることはない。2つの鉄を同じ位置に重ねて置けない以上、環境の違いによる微細な影響がある。例えば、自転による遠心力の効果だ。1nmでも赤道に近い方が軽い。遠心力は赤道で重力の3000ppm(0.3%)に達する。他にはちょっと思いつく範囲で

  1. 表面吸着や洗浄による影響(真空中に置かれたキログラム原器ですら~0.06ppm)
  2. 地球中心から離れることによる重力の低下:0.2ppm/m (机の高さで結果が変わる。)
  3. 湿度の影響や熱膨張、気圧の変化
  4. 気流の乱れ、照明などによる上昇気流
  5. 重力異常 (~100ppm)
  6. 太陽や月の影響、地面振動の影響
  7. 近くの物体からの重力:機械、人、机、建物
  8. 照明器具から受ける光子の圧力
  9. 表面電荷の違いや地磁気の影響
  10. 温度(熱運動)による質量の増加、相対論的効果:1℃上昇する毎に水素原子3兆個分(4pg)重くなる。
  11. 重力波:極めて僅かな影響だが0ではない
  12. 環境放射線、宇宙線、54Feの寿命(10^22.5年以上)

2つの鉄の重さをぴったり合わせるよう環境を制御するのは至難。綿同士はたぶんさらに難しい。