2023/07/02 - 2023/07/22
1位(同エリア44件中)
マリアンヌさん
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トレント2日目は、美しき村のサン・ロレンツォ・イン・バナーレへ遠足に出かけた。そしてトレントに戻って街の散策を楽しんだ。
7/3 ヴェローナ
7/4 ヴェローナ
7/5 ボルゲット,ヴェローナ
7/6 ヴィピテノ
7/7 キウーザ,ボルツァーノ
7/8 チロル城,カステルロット
7/9 トレント
7/10 サン・ロレンツォ・イン・バナーレ,トレント
7/11 トレヴィーゾ
7/12 アーゾロ,バッサーノ・デル・グラッパ
7/13 ヴィチェンツァ
7/14 サン・ボニファッチョ,ヴィチェンツァ
7/15 ガルドーネ・リヴィエラ,デゼンツァーノ・デル・ガルダ
7/16 コモ
7/17 ベッラッジョ,メナッジョ
7/18 トレメッツォ,レンノ,ベッラッジョ
7/19 ヴァレンナ,ベッラーノ
7/20 ミラノ
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前日に駅近くのバスターミナルに行ってバスチケットを購入しようとしたら、当日発券とのことで7時頃出発。
トレント発7:48 B201
ポンテ・アルケ・ヴィア・カザーレ・バッティスティ8:34着 -
ポンテ・アルケで乗り換えということで、20分位あるので付近を散歩。
バスターミナルから降りて行ったら川に遭遇。 -
テルメという表記を見かけた、このあたり温泉も出るのかな。
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ポンテ・アルケ・ヴィア・カザーレ・バッティスティ発9:00 B208
サン・ロレンツォ・キエーザ9:37着
バス停にある教会から裏道に向かう。 -
坂道を10分ほど登って、教会に着きました。
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Chiesa S. Rocco e S. Sebastiano
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小さな単身廊の教会。
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素晴らしいフレスコ画で装飾されている。
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ガイドより
1994年にトレント県によって行われた修復作業中に、東壁と北壁にある他の2つの興味深いフレスコ画が明らかになりました。後陣の底部に描かれた暗示的な傑刑像は、その部分が調和しています。典型的なゴシック様式の直線主義を特徴とするこれらの人物像は、黄土色、レンガの赤、緑の色合いで選ばれた色は、非常に効果的な場面を描写し、マグダラのマリアと敬虞な女性たちの顔にある絶望の表情は非常に現代的な雰囲気を持っています。 -
正面の上部。
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福音書記のよう。
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こちらも。
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中央祭壇に向かって右側の壁には、玉座の聖母、聖セバスティアーノ。右は看護者聖ジュリアーノ(san Giuliano l'Ospeda)ではないかと。
トレントのドゥーモのフレスコ画にあった聖ジュリアーノのようで、鷹と剣がこの聖人のアトリビュートとされているよう。
看護をする人という名前のとおり、ホテル経営者、旅行者、看護人、看護婦、旅芸人、巡礼者などの守護聖人となっている。 -
ガイドより
聖なる最後の晩督は、残念ながら湿気によって部分的に損なわれています。レイアウトは中世の図像に従っています。キリストが中央に配置され、使徒たちはテーブルの後ろに整然と座っています。この場合、テーブルはルネットのスペースによく合うように惰円形になっています。ユダは伝統的に中世の絵画に描かれているように、常にテーブルの反対側に孤立したバシェニスの工房に描かれています。イエスは追随者たちに、そのうちの一人が間もなく自分を裏切るだろうと告げ、座っている使徒たちの顔にそのような知らせを与えたところである。 -
ガイドより 示唆されているの使徒がよくわりませんが。
彼の近くでは、驚きと困惑の表情が見られます。 私たちは、悲しみに暮れて頭を下げ、イエスと怒りのしぐさを示しながらナイフを手に持つペテロに慰められる使徒ヨハネをはっきりと認識します。 -
ヨハネがキリストの方にもたれかかっているのはイエスがヨハネにわたしと共に鉢に手を浸した者が、わたしを裏切ると伝える場面なのでは?
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ガイドより
ユダは、服を着て、ニンプス(光輪)を持たず、とがった濃いひげ、大きく開いた目、アキリーニョの鼻を持って描かれています。これは、ユダをキリストの死に責任のあるユダヤ人の裏切り者のステレオタイプに近づける要素です。 さらに、いわゆるユダの聖体拝領の図像によれば、ヨハネの福音書で語られているように、イエスの手から一口のパンを受け取る行為が彼に示されています。 -
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天井の中央にはパンクトラールのキリスト。
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こちらは見つかったより古いフレスコ画とのこと。
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ガイドより
左側には礼拝堂があり、その中には興味深い木製の祭壇があり、1631年に当時イタリア北部で猛威を振るっていた深刻なペストの流行を受けて、奉納の捧げ物として住民によって金メッキされたものです。
聖母子と聖ロッコとセバスティアーノを描いた祭壇画は、祭壇の建設と同時代の貴重な 17世紀の作品で、ベルガモ出身の画家、国際的なマニエリスムの代表者であり信奉者であるドメニコカルピノーニ (1566-1658)の作とされています。 -
イチオシ
お花越しの山々、良い景色。
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かなり長い時間鑑賞してたのだけど、一組の観光客が数分いらしただけで、贅沢な時間だった。
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晴天で良かった。
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ちょっと暑すぎるけど。
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それでは、下に戻りましょう。
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さぁ、お目当ての村に行こうとバス通りから下に降りていくと…
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早朝出発だったし、まずは一休みしようかとカフェいただけますか?とホテルで聞いてみたら、系列のバールが少し先にありますとのこと。
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ここ、バールです。カプチーノとジェラートいただきました。
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水飲み場も古そう。ネコちゃんCiao☆
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ふぅ!いい景色。
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バールのおじさんが棟続きのこの場所に東洋人(日本人か中国人か不明)が住んでいたんだよと案内してくれた。
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周辺をウロウロして…
それにしても美しき村はどこ?と思ったのですが。
クリスさんに教えて頂いたのですが…
2015 年にサン・ロレンツォ・イン・バナーレは隣村のドルシーノと合併してサン・ロレンツォ・ドルシーノとなったそうです。
イタリアの最も美しき村サイトでは、サン・ロレンツォ・イン・バナーレと載っているのですが、コムーネのサイトは、サン・ロレンツォ・ドルシーノとなっていました。 -
ということはバス停下のこのあたりもサン・ロレンツォ・ドルシーノだったようです。
この時は何だか写真で見た家とかが無いなぁと…
通りかかったシニョーラが、そこを少し登ったところよと教えてくださった。 -
イタリアの最も美しき村のロゴマークも見えた。
サン・ロレンツォ・イン・バナーレ到着。 -
洗濯場?にもお花。
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坂道を登ると味のある建物がお出迎え。
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ガイドより
村の名前の由来は、サン ロレンツォとは「7 つの別荘」を意味し、かつては小さな独立した核であった 7 つの村落 (現在のものを含めると 9 つ) を意味します。
バナーレは、封建的な指導者や義務を指す汎ヨーロッパ的なルーツを持ち、バルカン半島のBanlieue、Banat、Banovinaと同じです。ジュディカリー渓谷の 7 番目の教区教会、サン ロレンツォは西側の部分を占めており、かつてはカステル ステニコに向かう近くのバナーレと区別するために、カステル マニに向かうバナーレと呼ばれていました。 -
紀元前 118 年、ローマ執政官クイント マルシオ レは、この地域に定住していた高山住民ストニ族を鎮圧します。ジュディカリー渓谷はファビア族のものとされるブレシア市に集約される。西暦774年、ジュディカリー家がロンゴバルド家からカール大帝のフランク家に渡った。1027年、トレント司教の世俗的権力の確立。12世紀には司教の要塞兼駐屯地としてカステル・マニが建設され、関税が課せられた。
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その後7世紀(1803年まで)、市の紋章が想起させるように、「カステル・マニに向かうバナーレ」は司教の権力の防波堤となった。1815年、ウィーン条約により、旧聖公国は王子領チロル郡に併合された。1914年、第一次世界大戦が勃発。1915年5月にイタリアが参戦したとき、バナーレとトレンティーノの「最も優秀な若者」はすでにガリシアの戦場で倒れていた。
1948 年から 1960 年にかけて、巨大な発電システムの建設がここで行われ、イタリア全土から技術者や労働者がサン ロレンツォに集まった。 -
ロッジアにお花が飾られて美しい。
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ほっこりといい感じ。
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この地方特有の建物で1階は納屋や家畜小屋、2階は台所、居室、3階や4階は麦打ち場や干草の置き場として使われているそう。
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奥にも行ってみましょ。
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センスあるオブジェだね。
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どの家も美しくお花が飾られている。
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子供の遊び場かな。
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子供部屋みたいだけど、秘密基地みたい。
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冬に備えて薪が並ぶ。
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この家も大きくてきれい。
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生活の道具が飾られている。
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可愛い窓辺。
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小さな村で2,3人とすれ違ったが、皆にこやかに挨拶してくださった。
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お洒落な扉口。
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石造りの古い家もある。
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あっワンコが寝てると思ったら、私をチェック。
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どの家もきれいにしてるなぁ。
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昔の錠前って美しい意匠だよね。
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村の中心から先に行ってみましょ。
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この家のテラス、いい眺めだねぇ。
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この先は、一番はじめに訪れた教会につながる。
引き返しましょ。 -
Chiesa di Sant'Apollonia v. m.
小さな村の教会。 -
入り口の家に戻ってきた。
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壁のくすんだグリーンもいい感じ。
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最後にバス停前のChiesa di San Lorenzo Martireへ。
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内部はこんな感じ。
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サン・ロレンツォ・キエーザ13:10発
ポンテ・アルケ・ヴィア・カザーレ・バッティスティ13:47着
途中、バスの車窓から。 -
緑がかった湖の色がきれい。
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バスの車窓の景色を楽しんだ。
ポンテ・アルケ・ヴィア・カザーレ・バッティスティ13:49発
トレント14:35着 -
バスの車窓からケーブルカーが見えたので、行ってみようと。
発着駅へ。 -
登るにつれて変わる景色が楽しい。
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わぁ結構高い!
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展望台から。
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よい眺め。それでは降りましょうか。
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割りと早いスピードのケーブルカー、運良く撮れました。
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Badia di San Lorenzo - Tempio Civico
駅に近い教会なのだけど、入れなかった。 -
ラストはプレトリオ宮へ。(中世初期からトレント司教の住居だった)
18時までということだったが17:30位着で受付で時間ないけどいいの?と。
入場料かかっても再度トレントに来れるかわからないから、ささっと見学。 -
とりあえず数展、撮りました。
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トレント公会議のその後…
ローマ教皇庁は公会議主義を抑えて教皇権の首位性を確立し,教皇庁の人々を司教などに叙階して聖職禄で経済的に支えつつ組織を整備,聖職売買や贖宥状の販売を通じて財政基盤の確立を図った。またイタリアに多大な影響を及ぼしたカール5世は1516年のスペイン王即位後に神聖ローマ皇帝ともなった。彼は軍事力でルター派諸侯と対峙しつつ,帝国内部の宗教対立を収束するため公会議の開催を支持した。
これに対しフランソワ1世はフランス王に即位,フランスがスペインや神聖ローマ帝国などカールの支配地に包囲されていく中で公会議に強く反対した。会議は俗権と教権,教皇と公会議,あるいは教皇権と帝国そして君主国間のせめぎ合いの場であった。 -
聖母子とサン・ジョルジョとサン・ヴィジリオと寄附者のゲオルグ・ノタフト
1490年2月22日にトレントで亡くなったレーゲンスブルク出身の寄贈者を追悼する碑文が関連付けられていた。彼は左下に描
かれている。天使の音楽家のグループが冠をかぶった聖母子の側面には、輝く甲青を着たクライアントの守護聖人であるサン・ジョルジョとサンン・ヴィジリオが描かれている。
この作品は、1480 年までザルツブルクで、その後パッサウで活動した芸術家、ルーラント・フルオーフ (1445 年頃-1507 年頃)によるものとされている。 -
ガイドより
この多翼祭壇画は、フェルシナ川の度重なる洪水により 1694年に放棄された、サン ベルナルディーノアレギアエにあるトレントのフランシスコ会の古代教会の最も重要な証拠です。シュラッテンベルク家から修道士たちに贈られたこの作品は、額縁なしで届きました。聖母と幼子イエスのレリーフの側面には互いに続き、その下にはパドヴァの聖アントニオ、トゥールーズのルドヴィコ、シエナのベルナルチーノ、アッシジのフランシスコ、ジョン?サイティスト、ルイ9世が描かれています。上はハンガリーのエリサテッタ、クレア、バーソロミュー、アレクサンドリアのカタリナ、そして正体不明の司教聖人二人。十字架はサイマチウムの中心にありました。 -
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San Domenico
Giovanni Battista(Venezia 1687 - Venezia 1767) -
キリスト降臨(Natività di Gesù)
Pieter van Edinghen detto van Aelst
(Waterloes 1450 circa- Bruxelles 1531-1533) -
磔刑図ですよね。
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ガイドより
この多翼祭壇画は、トレントのサンティピエトロエ・パオロ教会にある家庭の祭壇を飾るために、ドイツ出身の商人トーマスカッターペックによって依頼されました。裕福な商人とその家族は、扉のお祭り側の聖ドロテア (またはハンガリーのエリザベート)とバルバラの足元で祈りを捧げている姿で描かれてます。 -
後ろ側も美しく装飾されている。
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プレトリオ宮とドゥーモは繋がっている。
窓からドゥーモの内陣が見えた。 -
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上には上がれないけど歴史を感じる階段。
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可愛らしいマドンナ。14C
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ブレシアの職人によるポルタの一部。12-13C
創世記のエピソードのよう。 -
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トレントの職人による聖水盤。10ー11C
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最後に夕散歩しましょ。
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特に目的もなく、そぞろ歩き。
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どこもお花が飾られていて、街の景観に気をつけているよね。
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まだこの通りを見ていなかった!ベレンツァーニ通り。
正面には、サン・フランチェスコ教会。1711年に建てられたバロック式の教会とのことだが入れなかった。 -
そしてこちらも美しいフレスコ画が描かれた館が並ぶ。
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アルベルティ・コリコ館(Palazzo Alberti-Colico)。
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美しい意匠。中世に戻ったよう。
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ジェレミア館(Palazzo Geremia)は、15世紀に作られた建物とのこと。
馬に乗る騎士の姿やバルコニーに人々がいるような装飾。 -
会議をしているような絵も。
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現在トレントの市庁舎として使われているトゥン館(Palazzo Thun)。
スグラフィット装飾でしょうか? -
この日は、パスティチェリアで美味しそうなパンを見つけ、B&Bで夕食。
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一休みしてからマジックアワーを見ようと22時頃、お散歩へ出かけた。
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イチオシ
ドゥーモ広場は、絵になるね。
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食後酒なのかな、宵を楽しむ人々。
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ネプチューンが青く照明されてるのが良いね。
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中世の雰囲気が薫るトレント、また来たいなぁ。
明日は、トレヴィーゾに向かいます。Buona notte☆
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この旅行記へのコメント (2)
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- クリスさん 2023/08/16 20:27:58
- またの名をサン・ロレンツォ・ドルシーノ
- 旅行記拝見しました。読んでいて少し村内で道に迷ったのではないかと思い書いています。
2015年にサン・ロレンツォ・バナーレは隣村のドルシーノと合併してサン・ロレンツォ・ドルシーノに変わりました。バナーレは旧名になりましたが、ドルシーノと2つの地区では双方ともに旧名がそのまま使われています。
バス停は村内の教会の停留所の名前で、休憩されたホテルも見学の教会もバナーレ村内のスポットです。教えていただいた場所は村内1の見どころスポットになりますね。
総てバナーレで紹介して良いのではないかと思いました。
蛇足になりますが、この村の北方にあるモルヴェノ湖の村モルヴェノはイタリアの小さな村の物語で紹介されました。私はそちらの方が印象深いです。
- マリアンヌさん からの返信 2023/08/19 19:13:01
- RE: またの名をサン・ロレンツォ・ドルシーノ
- クリスさん こんばんは。
確かに美しき村サイトのコムーネを開くとサン・ロレンツォ・ドルシーノとありますね。
いやぁすっかり昔の名前で出ています状態でした。
バス停は村内の教会の停留所の名前で、休憩されたホテルも見学の教会もバナーレ村内のスポットです。教えていただいた場所は村内1の見どころスポットになりますね。
総てバナーレで紹介して良いのではないかと思いました。
☆なるほど!教えていただきありがとうございます。
バス停から下に降りて、どうも中心的なスポットがなかったのですが、行政の合併などでこんな感じなんですね。
蛇足になりますが、この村の北方にあるモルヴェノ湖の村モルヴェノはイタリアの小さな村の物語で紹介されました。私はそちらの方が印象深いです。
☆小さな村の物語でもやったのですか。Google Mapで湖沿いのいい感じの村だなとは思いましたが、バスの便が上手く繋がりませんでした。再訪の機会はあるのかな。
マリアンヌ
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