財務官(ざいむかん)(Vice Minister of Finance for International Affairs)
財務省で事務次官に次ぐ役職と位置づけられている。財務官の外国為替に関する発言は、政府の為替政策に関する立場を表明する機会として、内外から注目される。
財務省設置法によると、財務省に1人の財務官を置くことと規定されている。財務官は、財務省の所掌事務のうち、通貨・為替など国際的に処理することが必要な事務を担当する。ときには、G7などの国際会議に大臣とともに出席し、あるいは、その代理を務めることもある。
また、財務官の発言は、その時々の為替相場に影響を与える。財務官が円安を歓迎するとの認識を示せば、外国為替市場は通貨当局による為替介入を警戒し、円買いを控えようとする。その結果、円安の誘導につながるわけだ。
最近の円高傾向を受けて、財務省の黒田東彦財務官は「行き過ぎた円高は是正されなければならない」などと述べている。
(2002.12.26更新)
財務官
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財務官
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「ガイウス・ノルバヌス」の記事における「財務官」の解説
カエピオを有罪にしたことはノルバヌスにとって大成功であった。同年(紀元前103年)末の選挙で、ウルバヌスはクァエストル(財務官)に選出され、伝統的な出世コースであるクルスス・ホノルムに乗ることができた。彼はキリキアの海賊との戦いを任されていたプラエトル(法務官)マルクス・アントニウス・オラトルに同行して東に向かった。この作戦の実態に関しては良くわかっていない。実際、オラトルが通常の属州総督としてアシア属州を支配下に置いたのか、あるいは総督としての統治権は持たず、キリキアに対する軍事指揮権のみを与えられたのかは不明である。 東方の任地に向かう途中、オラトルとノルバヌスはアテナイとロードスに何日も滞在した。コリントスの記録には「執政官代理(名前が消されているがおそらくマルクス・アントニウス)が指揮する艦隊がコリントス地峡を越えてパンフィリアへと移動し、一方でアテナイでは別の部隊の装備が整えられていた」とある。これがオラトルのことか、あるいは息子のマルクス・アントニウス・クレティクスのことか不明であるが、歴史学者R. ブロートンとM. アブラムゾンはオラトルであると考えている。 おそらく、この執政官代理は海と陸の両方で海賊に対して軍事作戦を行ったのだろう。リカオニアからタウルス山脈の峠を通ってキリキアに侵攻したのかもしれない。いずれにしても、この作戦は大規模なものではなかった。関連する資料で残っているは、プリフェクトゥス(野営地責任者、レガトゥス、トリブヌス・ミリトゥムに次ぐ地位)のマルクス・グラティディウスが戦死したことである。グラティディウスはキケロの親戚で、その子マルクス・マリウス・グラティディアヌス(英語版)はガイウス・マリウスの甥にあたる。その結果、ローマは海岸沿いに多くの要塞を築いた。研究者の中には、これらの拠点が新しい行政単位であるキリキア属州に発展したと考える者もいる。
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「財務官」の例文・使い方・用例・文例
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