複素数
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/10 14:35 UTC 版)
数学における
- z = a + bi
と表すことのできる数のことである[注釈 1]。1, i は実数体上線型独立であり、複素数は、係数体を実数とする、1, i の線型結合である。実数体 R 上の二次拡大環の元であるため、二元数の一つである。
複素数全体からなる集合を、太字の C あるいは黒板太字で ℂ と表す。C は可換体である。体論の観点からは、複素数体 C は、実数体 R に √−1 を添加して得られる体の拡大である。代数学の基本定理により、複素数体は代数的閉体である。
複素数体はケーリー=ディクソン代数(四元数、八元数、十六元数など)の基点となる体系であり、またさまざまな多元数の中で最もよく知られた例である。
複素数の概念は、一次元の実数直線を二次元の複素平面に拡張する。複素数全体に通常の大小関係を入れることはできない[5][6]。つまり、複素数体 C は順序体でない[注釈 2]。
数学での分野、概念や構成において、考えている体構造が複素数体であるとき、それを、それらの概念等の名称に、多くは接頭辞「複素-」を付けることで反映させる。例えば、複素解析、複素行列、複素(係数)多項式、複素リー代数など。
概観
定義
i2 = −1 を満たす数 i を虚数単位という。実数 1 と i は実数体上で線型独立である。実数 a, b を係数として 1, i の線型結合で表される数 a + bi を複素数と呼ぶ[注釈 3]。
任意の実数 a は a + 0i と表せるので複素数である(実数全体の複素数全体への埋め込みは、四則演算および絶対値を保つという意味で、位相体の埋め込みである)。bi = 0 + bi (b ≠ 0) の形の複素数を純虚数と呼ぶ。
複素数 z = a + bi (a, b ∈ R) に対して、
- a を z の実部 (real part) といい、Re(z), ℜ(z), Re z, ℜ z などで表す。
- b を z の虚部 (imaginary part) といい、Im(z), ℑ(z), Im z, ℑ z などで表す。虚部とは実数「b」を指し複素数「bi」ではないことに注意[7][8]。
- 虚部が 0 でない、すなわち実数でない複素数のことを虚数という。
- 実部、虚部がともに整数のときガウス整数といい、その全体を Z[i] と書く。
- 実部、虚部がともに有理数のときガウス有理数といい、その全体を Q(i) と表す。
複素平面
複素数 z = x + iy(x, y は実数)は実数の対 (x, y) に 1: 1 に対応するから、複素数全体からなる集合 C は、z = x + iy を (x, y) と見なすことにより座標平面と考えることができる。この座標平面を複素平面という。カール・フリードリヒ・ガウスに因んでガウス平面、ジャン゠ロベール・アルガンに因んでアルガン図と呼ばれることもある。これと異なる語法として、C は複素数体上一次元のアフィン線型多様体であるので、複素直線とも呼ばれる。
複素数平面においては、x座標が実部、y座標が虚部に対応し、x軸(横軸)を実軸 (real axis) 、y軸(縦軸)を虚軸 (imaginary axis) と呼ぶ[9]。
複素数 z, w に対して
- d(z, w) = |z − w|
とすると、(C, d) は距離空間となる。この距離は、座標平面におけるユークリッド距離に対応する。複素数平面は複素数の計算を視覚化でき、数直線の概念そのものを拡張した。
複素数球面
複素関数論においては、複素数平面 C を考えるよりも、無限遠点を付け加えて1点コンパクト化した C ∪ {∞} を考える方が自然であり、議論が透明になることもある。複素数球面またはリーマン球面と呼ばれ、以下に示すように2次元球面同型 S2 と位相同型である。無限遠点にも幾何的な意味を与えることができる。
複素数平面 C を、xyz座標空間内の xy平面とみなし、z ≥ 0 に含まれ xy平面と原点で接する球面 x2 + y2 + (z − 1)2 = 1 を考える。この球における原点の対蹠点 (0, 0, 2) を北極と呼ぶことにする。任意の複素数 w に対し w と北極を結んだ線分はこの球面と、北極以外の一点で必ず交わり、それを f(w) と書けば f は単射、連続写像である。f の像は、球面から北極を除いた部分である。また、w → ∞ のとき f(w) → (0, 0, 2)(北極)である。そこで、f の定義域を C ∪ {∞} に拡張すると、f : C ∪ {∞} → S2 は同相写像になる。
この同相写像 f は、複素平面上の円を円に写し、複素平面上の直線を、無限遠点を通る円に写す。このことは、複素平面上の直線と円はほぼ同等であることを表している。
基本的な性質
相等関係
二つの複素数が等しいとは、それらの実部および虚部がそれぞれ等しいことである:
二つの複素数の和は、複素数平面では、平行四辺形の対角線を作ることに当たる。 - (a + bi) ± (c + di) = (a ± c) + (b ± d)i(複号同順)
- (a + bi)(c + di) = (ac − bd) + (bc + ad)i
複素数 z の共役複素数 z を取る操作は、複素数平面では実軸対称変換に当たる。 複素数 a + bi に対して、虚部 b を反数にした複素数 a − bi を z の共役(きょうやく、conjugate, 本来は共軛)複素数といい、記号で z(または z*)と表す[9]。
- z = Re z − i Im z
z と z を複素共役あるいは単に共役という。
複素数の共役をとる複素関数 ・ : C → C ; z ↦ z は環準同型である。すなわち次が成り立つ。
- z + w = z + w
- zw = z w
複素共役は実数を変えない:
- z が実数 ⇔ z = z
逆に、C 上の環準同型写像で、実数を変えないものは、恒等写像か複素共役変換に限られる。
複素共役変換 ・ : C → C ; z ↦ z は、C の全ての点で複素微分不可能である。
以下の性質が成り立つ。
- z が実数 ⇔ z = z
- z が純虚数 ⇔ z = −z ≠ 0
- z ± w = z ± w(複号同順)
- zw = z w
複素数 z は、複素数平面における絶対値 r, 偏角 φ でも表される。すなわち、複素数 z の極形式が
z = r(cos φ + i sin φ) あるいは reiφ
で与えられる。複素数を実部と虚部で表すのとは別の方法として、複素数平面上での点 P を、原点 O(0) からの距離と、正の実軸と線分 OP の見込む角を反時計回りに測ったものの対(P の極座標)で表す方法が挙げられる。これにより、複素数の極形式の概念が導入される。
絶対値
詳細は「複素数の絶対値」を参照複素数 z = x + yi(x, y は実数)の絶対値は
2 + i(青)と 3 + i(赤)の積の、複素平面における位置。
赤三角は、青三角の偏角だけ回転され、青三角の斜辺 (√5) は、赤三角の斜辺だけ拡大され
(2 + i)(3 + i) = 5 + 5i
を表す三角(灰)になる。
5 + 5i の偏角は π/4(ラジアン)であるから、偏角について
π/4 = arctan 1/2 + arctan 1/3
が成り立つ(arctan は逆正接関数)。逆正接関数は高効率で近似することができることに応じて、π を高精度に近似するこのような式(マチンの公式と呼ばれる)に用いられる。複素数の乗除・冪は、極形式表示をしてから行う方が、直交座標表示よりも、見通しがよくなる。2つの複素数の極形式を
- z1 = r1(cos φ1 + i sin φ1),
- z2 = r2(cos φ2 + i sin φ2)
とすると、積 z1 z2 は、三角関数の加法定理:
この節は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。(2013年6月)体構造
詳細は「可換体」を参照複素数全体からなる集合 C は可換体になる。つまり、以下の事実が成り立つ。
- 閉性:任意の二つの複素数の和および積は再び複素数になる。
- 反数の存在:任意の複素数 z に加法逆元 −z が存在してそれもまた複素数である。
- 逆数の存在:任意の非零複素数に対して乗法逆元 1/z が存在する。
- さらにいくつかの法則を満足する。複素数 z1, z2, z3 に対して
これらの性質は、実数全体からなる集合 R が可換体であるという事実の下、先に与えた基本的な和と積の定義式から証明することができる。
実数と異なり、虚数に通常の大小関係 (z1 < z2) はない。つまり、複素数体 C は順序体にはならない[5][9]。これは、自乗すると負である数(例えば虚数単位 i)が存在することによる。
代数的閉体
代数学の基本定理より、複素数を係数とする代数方程式の解は存在しまた複素数になる。つまり、
sin 1/z の色相環グラフ。内側の黒の部分は、とる値の絶対値が大きいことを表す。sin 1/z における z = 0 は真性特異点である。 詳細は「複素解析」を参照複素変数の函数の研究は複素解析と呼ばれ、純粋数学の多くの分野のみならず応用数学においても広汎な応用がもたれる。実解析や数論等における命題の最も自然な証明が、複素解析の手法によって為されることもしばしば起こる(例えば素数定理。あるいは代数学の基本定理のルーシェの定理による証明)。実函数が一般に実二次元のグラフとして視覚的に理解することができたのとは異なり、複素函数のグラフは実四次元となるから、その視覚化に際しては二次元や三次元グラフに色相(もしくは明度や彩度、輝度)による次元を加えたり、あるいは複素函数の引き起こす複素数平面の動的な変換をアニメーションで表したりすることが有効になる。
実解析における収束級数や連続性などの概念は、いわゆるε-δ論法において実数の絶対値を用いたところを複素数の絶対値で置き換えることにより、複素解析においても自然に考えられる。例えば、複素数列が収束するための必要十分条件は、その実部および虚部の成す実数列がともに収束することである。もう少し抽象的な観点では、C は距離函数
- 『複素数』 - コトバンク
- Weisstein, Eric W. "Complex Number". mathworld.wolfram.com (英語).