潜水艦戦
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/18 04:54 UTC 版)
「バルト海の戦い (第一次世界大戦)」の記事における「潜水艦戦」の解説
ドイツ軍は大型水上艦のかわりに潜水艦を投入した。1914年10月11日ドイツ潜水艦「U-26」はロシア装甲巡洋艦「パルラーダ」を雷撃、撃沈した。また、1915年6月4日にはロシア敷設艦「エニセイ」を「U-26」が撃沈している 一方、ロシアの潜水艦は整備不良と練度不足により戦力外となっていた。そのためイギリスが潜水艦をバルト海へ送り込んできた。10月18日、第一陣として「E1」と「E9」の2隻がバルト海に入った。さらに1915年には第2陣として5隻が送られた。同年、イギリス潜水艦は7月1日に装甲巡洋艦「プリンツ・アーダルベルト」を11月7日に軽巡洋艦「ウンディーネ」を撃沈するなどの戦果をあげた。 1916年になるとイギリス潜水艦の出撃は減少し、5月24日には「E-18」がドイツ駆逐艦「V100」により撃沈されている。1918年3月、ロシアがドイツと講和したためイギリスの潜水艦は自沈した。
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