救出活動
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/05 06:13 UTC 版)
「2015年のエベレスト雪崩事故」の記事における「救出活動」の解説
地震翌日の4月26日午前にはヘリコプターが到着し、救出活動を開始した。重傷者22人を付近の集落ペリチェへ搬送したところで悪天候のため救出は一時中断された。ペリチェは登山者にとって重要な立ち寄り地で、ヒマラヤレスキュー協会から派遣された有志の医師らをスタッフとする簡素な病院が設置されている。 報道によればその日の遅くに数人の登山者がキャンプI(ベースキャンプの上にある最初のキャンプ)からヘリコプターで助け出されたが、100人程度の登山者がなおキャンプIとIIで下山路を失っていた。キャンプIに残された登山隊はクンブ氷瀑を通るルートを修復することにした。4月26日にはヘリコプターによってキャンプIに装備が投下され、シェルパや登山ガイドたちがルートの再構築を始めた。これと並行して、ベースキャンプから分遣されたチームも下側からルート工作を行った。しかし、雪崩が再発したことで作業は失敗に終わった。氷瀑の上を渡すために用意されていた梯子の多くが流されてしまい、さらに報道によればクンブ氷瀑にいた3人のシェルパが死亡し、死者は合計24人に達した。これ以上の救出は4月27日にヘリコプターで行われた。ベースキャンプにいた登山者たちは雪崩の翌日に現地の様子をTwitterに投稿した。山中に残された人たちの間では「大きな孤独感」や「大変な不安定さ」が広がり、このエリアにまるで核爆弾が落とされたように感じたという。Facebookにコメントしたある登山家は、上方に取り残された人たちは「捨て鉢になってきている」と述べた。4月27日にはキャンプIとIIからそれぞれ60人と170人が救出された。4月25日の時点で17人の遺体が見つかり、27日にはさらに1人の遺体が発見された。また4月26日にはカトマンズ・メディカル・カレッジ (KMC) 病院に収容されていた重傷者の1人が亡くなった。
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