愛の渇き
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『愛の渇き』(あいのかわき)は、三島由紀夫の4作目の長編小説。大阪の農園を舞台に、亡き夫の父親(舅)に身をまかせながらも、若く素朴な園丁に惹かれる女の「幸福」という観念を描いた物語[1]。園丁の恋人である女中への激しい嫉妬の苦しみに苛まれた女の奇怪な情念が行き着くところを劇的に描き、その完成度と充実で高い評価を得た作品である[2][3]。
注釈
出典
- ^ a b c d e f g 「あとがき――『愛の渇き』」(『三島由紀夫作品集2』新潮社、1953年8月)。28巻 2003, pp. 100–103に所収
- ^ a b c d e f g 「第四回 時代の代表たろうと 『獅子』『愛の渇き』『青の時代』」(徹 2010, pp. 50–62)
- ^ a b c d e f 吉田健一(渇き・文庫 1988, pp. 232–237)
- ^ 井上隆史「作品目録――昭和25年」(42巻 2005, pp. 393–395)
- ^ a b 山中剛史「著書目録――目次」(42巻 2005, pp. 540–561)
- ^ 久保田裕子「三島由紀夫翻訳書目」(事典 2000, pp. 695–729)
- ^ 山中剛史「映画化作品目録」(42巻 2005, pp. 875–888)
- ^ 「大阪の連込宿――『愛の渇き』の調査旅行の一夜」(文藝春秋 1950年6月号)。27巻 2003, pp. 305–313に所収
- ^ a b c d e 「第三章 問題性の高い作家」(佐藤 2006, pp. 73–109)
- ^ 田中美代子「解題――愛の渇き」(2巻 2001)
- ^ 「十八歳と三十四歳の肖像画」(群像 1959年5月号)。31巻 2003, pp. 216–227に所収
- ^ 「自己改造の試み――重い文体と鴎外への傾倒」(文學界 1956年8月)。『亀は兎に追ひつくか』(村山書店、1956年10月)。29巻 2003, pp. 241–247に所収
- ^ “豊中の500冊”. 豊中市立図書館. 2022年5月11日閲覧。
- ^ “豊中105町「旭丘」”. 豊中市. 2020年4月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年5月11日閲覧。
- ^ a b 花﨑育代「愛の渇き」(事典 2000, pp. 3–5)
- ^ 小坂部元秀「愛の渇き」(旧事典 1976, pp. 4–5)
- ^ a b c d 本多秋五・中村光夫・三島由紀夫「創作合評」(群像 1950年10月号)。旧事典 1976, p. 5、事典 2000, pp. 3–4
- ^ a b c 「戦後派ならぬ戦後派三島由紀夫」(本多・中 2005, pp. 97–141)
- ^ 松井忠「『仮面の告白』から『愛の渇き』へ」(武蔵大学日本文化研究 1984年9月)。事典 2000, pp. 4–5
- ^ a b 富岡幸一郎「三島由紀夫論」(えん 1987年7月号)。事典 2000, pp. 4–5
- ^ 秋元潔『三島由紀夫―〈少年〉述志』(七月堂、1985年8月)。事典 2000, p. 5
- ^ a b 「III 人生の重力のなかで――1『愛の渇き』――日常のなかの非日常」(田坂 1977, pp. 145–160)
- ^ a b 柴田 1996
- ^ 花田清輝「解説」(文庫版『愛の渇き』角川文庫、1951年7月)。事典 2000, p. 5
- ^ a b c d e 山内由紀人「第六章 原作映画の世界 『愛の渇き』その他――原作映画へのコメント」(山内 2012, pp. 172–183)
- ^ a b 「昭和42年」(80回史 2007, pp. 162–167)
- ^ 「昭和42年」(85回史 2012, pp. 240–248)
- ^ 「あ行――愛の渇き」(なつかし 1989)
- ^ 山内由紀人「三島由紀夫の映画化作品――映画人を刺激し続ける主題」(太陽 2010, pp. 146–149)
- ^ a b c 「映画的肉体論――その部分及び全体」(映画芸術 1966年5月号)。34巻 2003, pp. 90–97に所収
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