けん‐ばい【剣▽舞】
読み方:けんばい
岩手・宮城両県に分布する民俗芸能。念仏踊りの一種で、鬼剣舞・念仏剣舞・鎧(よろい)剣舞・雛子(ひなこ)剣舞などがある。笛・太鼓・鉦(かね)などの囃子(はやし)で、激しく跳躍しながら踊るものが多い。
けん‐ぶ【剣舞】
剣舞
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/07 04:15 UTC 版)
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剣舞(けんぶ、けんまい、けんばい)は、伝統的な踊りの一種。一般に剣を持って踊る。人類の歴史上、人間が剣を使うようになってから、さまざまな文化圏で剣舞が行われてきた。武器を持った舞は武舞(Weapon dance)と呼び、剣舞はその一種である。
観賞、祭り等の演目、邪霊を払う等の目的で行われた[1]。
アジア
日本
日本では次のような踊りが行われてきた。
中国、ベトナム
剑舞もしくは剑器舞。紀元前4世紀ごろに書かれた『山海経』の中山経には干儛(盾の舞)を神に奉納する儀式として書かれている。また中国の地理書『山海経』海外西経には古代の戦神である形天が盾と斧を持って舞ったという記述がある(「操干戚以舞」と書かれ、刑天舞干戚と言われる)。四字熟語の干戚羽旄(かんせきうぼう)も武舞と文の舞を示す語である。
朝鮮半島
クォンム(劍舞)
- 著名人:黄倡郎
インド
ガッカ、Paika akhada、Chholiya
ヨーロッパ
- スペインのバスク、オランダのフランドルなど、多くの地域で踊られている。
- ドイツ ニュルンベルクの剣・鍛冶ギルドの剣舞は、1350年から記録されている。
- ロシアのコサック人の踊り:ホパーク
- ピュリケー - 古代ギリシャ、特にスパルタで好まれた武舞で当初は戦闘訓練として行われていたとされる。
中東
剣舞のアラビア語ラテン文字翻字:raqs al-saïf
オセアニア
オーストラリアには、ブーメランを打ち鳴らす踊りがある。 トンガには、Kailaoという民族舞踊がある。
ギャラリー
脚注
- ^ Sprenger, Guido (2010), “From Power to Value: Ranked Titles in an Egalitarian Society, Laos”, The Journal of Asian Studies (ABI/INFORM Complete) 69: 403–425, doi:10.1017/s0021911810000069
- ^ [1]
関連項目
- 剣の舞(つるぎのまい) - アラム・ハチャトゥリアンの楽曲
- 中国唐代の詩人杜甫の作品:观公孙大娘弟子舞剑器行
- 予祝芸能 - 農作業や戦の前に祝い、豊作や勝利を現実化しようとする儀式
- タフティーブ - エジプトの棒術、棒踊り
- チャタル・ヒュユク - 新石器時代の壁画に弓を使い、フレームドラムの音楽と共に狩りの踊りをしていた記録が残されている。
- 軍楽隊、マーチングバンド
- ダンスと格闘技、文化
剣舞
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/12 15:23 UTC 版)
剣舞は、広い意味では、刀剣を持って舞うこと。ここでは、詩吟に合わせて日本刀を用いて舞うことを指す。演目によっては、刀に加えて扇子を用いることもある。 日本の古舞の中に、剱の舞、剣の舞と称するものがあり、これは剣を持って目に見えない邪心や悪霊を切るに擬したもので、当時は神楽の部門に含まれていた。また、その他に古代武術の技巧を取り入れた、久米の舞と吉次の舞とがあって、その何れも剣を振って敵を撃つ有様を舞った。しかし、恐らく近世の剣舞は、以上の古典が歴史と共に移り変りつつ、数世紀を経て今に及んだものとみるべきである。 安政の時(1855~1860年)、昌平坂学問所の書生が酔った際に、山陽等の詩を吟じ、刀剣を抜き舞ったという。また、王政復古に際しては姿なき協力者として、勤王の志士の間に大いに歓迎され人心を掻き立て、あるいは士気を鼓舞する等、適時適所に少なからず役立ったという。 明治維新後、榊原健吉が行った撃剣興行の余興として剣舞が披露された。その後、日比野正吉(雷風)、長宗我部林馬(加藤鶯鳴,秦霊華)が剣舞を系統だて整理し、前者は神刀流、後者は弥生流を発表した
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「剣舞」の例文・使い方・用例・文例
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