冨嶽三十六景とは? わかりやすく解説

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ごひゃくらかんじさざいどう〔ゴヒヤクラカンジさざゐダウ〕【五百らかん寺さゞゐどう】

読み方:ごひゃくらかんじさざいどう

葛飾北斎による風景版画シリーズ富嶽三十六景」の作品の一。江東区大島付近にあった禅寺五百羅漢寺境内三匝堂(さんそうどう)から富士山眺め人々の姿を描いたもの。


富嶽三十六景

(冨嶽三十六景 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/12/17 15:32 UTC 版)

冨嶽三十六景』(ふがくさんじゅうろっけい)は、葛飾北斎による富士図版画集である。1831-34年(天保2-5年)版行。全46図。大判[注釈 1]錦絵版元西村屋与八(永寿堂)




「富嶽三十六景」の続きの解説一覧

冨嶽三十六景

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/11 18:13 UTC 版)

葛飾北斎」の記事における「冨嶽三十六景」の解説

詳細は「冨嶽三十六景」を参照 富士山主題として描かれ大判錦絵による風景画揃物で、主板の36図、および好評により追加され10図の、計46図。初版1831年天保2年)頃に開版33年頃に完結している。落款北斎改為一筆版元西村屋与八永寿堂)。 北斎代表作として知られる。「神奈川沖浪裏」を見たゴッホ画家仲間宛ての手紙の中で賞賛したり[要出典]、その後西欧芸術家多大な影響与えたとされている[要出典]。ドビュッシー交響詩『海』の着想をこの絵から得たとする主張俗説であるものの、初版スコア表紙には神奈川沖浪裏から写した波が描かれている。波頭崩れるさまは常人が見る限り抽象表現としかとれないが、ハイスピードカメラなどで撮影された波と比較すると、それが写実的に優れた静止画であることが確かめられる[要出典]。波の伊八製作した彫刻との類似性指摘されている[要出典]。

※この「冨嶽三十六景」の解説は、「葛飾北斎」の解説の一部です。
「冨嶽三十六景」を含む「葛飾北斎」の記事については、「葛飾北斎」の概要を参照ください。

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