編集委員のひらたです。すっかり秋で空気も冷たくなってきました。年末も近付きつつあり、忙しい毎日を過ごしているのですが、編集部からインフォバーンの小林さんこと「こばへん」が監修を手掛けた本「フリー」の日本語版の書評を書け、という依頼をいただいたのでお届けします。忙しい方のために結論だけ先に書いておきますが、これは「いい本」です。実は書評を依頼される以前に原書を購入して読んでおりました。ちょっとライフハッカーっぽくない本なのは気になるところですが、依頼なので気にせずに続けますね。

 

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Photo by dh
Random House Books発行のUK版

フリー』の著者はクリス・アンダーソン。あの「ロングテール」の著者でもあり、あの WIRED の編集長でもあります。ロングテールでもそうでしたが、世の中がデジタル化、インターネット化されておこる変化を巧みに説明していくのが、この本のポイントです。

インターネットでかわるポイントで、わたしも、常々、セミナーなどで「情報流通のコスト構造が抜本的に変化した」という話をしています。実体験だと、97年にOCNエコノミーを個人で契約したら月4万円で128kbps、いまは 100Mbps の光接続で月2000円くらいでしょうか。価格は20分の1でスピードは780倍、ビット単価でくらべると15600分の1ですよ。コスト構造が根本的に変わっていくなかで「フリー」をどう考えていくのか、をこの本では詳しく扱っています。

フリーといってもいろんな形があります。普段、ウェブサイトを見ているときに有料を意識している人はいませんよね。ネットだけでなく、普段の生活の中でも無料サンプル、一つ買うと一つオマケ、無料版と有償版の選択制、などいろいろあります。また、オープンソースなど最初からお金が動かない無料モデルもあります。この本では、そういったさまざまな「フリー」の形について、それぞれの特徴など説明してくれています。

「フリー」を積極的に活用して収益を上げる事例もとりあげています。プロローグにはモンティ・パイソンが YouTube に自らの映像をアップロードして無料で視聴できるようにしたが、結果的に売上が大幅に増加したことを紹介しています。プライス戦略に悩んでいるマーケッターにはちょうどよい本かも。

自分の体験に照らしあわせても『フリー』に書かれている内容には納得感があります。わたしの関わったブログソフト「Movable Type」では、最初「個人での利用は無料」「個別のサポートや商用利用は有料」というモデルでスタートしました。多くのユーザーが無料で利用していることが、別の人にとってはアプリケーションを購入する動機となっていく姿を目の当たりにしました。無償と有償というのは、そう単純なものではないことも学ぶことができました。そういった話が、この本のなかにもいろいろ書いてありまして、おもわずうなづくことも。

14章の「フリー・ワールド」もおもしろいです。「フリー・ワールド」はコピー天国として「フリー」で先行する中国とブラジルについての話です。中国の不正コピー天国ぶりを紹介しつつ、それすら糧としてマーケティングに活用するタレントの話もそうですが、どんな環境であっても、いまある環境に最適化してモデルを作りあげることができるんだなあ、と感心します。ブラジルの「マイクロソフト・オフィスとウィンドウズのライセンスをひとつ取得するためには、60袋の大豆を輸出しなければならない」という話もそうですが、コスト構造は人の行動を大きくかえるポイントですね。「フリー」という言葉は、人を動かす大きな力があります。

ちなみに、米国ではハードカバーは有料ですが、電子版は無料で読めたりと、本書の内容を地でいっています。日本でもハードカバーで1,800円のお値段がついていますが先着1万人限定で全編公開をするとのこと。はたして売れるのか売れないのか、楽しみでしかたがありません。はい。

ライフハッカー[日本版]編集委員・平田大治)