松浦弥太郎さんの新刊『正直』がいよいよ発売となりました。
今回は担当編集者が綴る、刊行までの経緯をお届けします。
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かわくらメルマガ読者の皆様、いつもありがとうございます。
先日、『正直』を刊行された松浦弥太郎さんの担当編集です。
松浦弥太郎さんを知っていますか?
知らない方は、これを機にぜひ知ってください。
18歳で渡米、アメリカの書店文化に惹かれ、
帰国後、オールドマガジン専門店「m&co.booksellers」を赤坂に開業。
2000年、トラックによる移動書店をスタートさせ、
2002年「COW BOOKS」を開業。同時に、執筆・編集活動も行う。
紆余曲折を経て、2006年に雑誌「暮しの手帖」編集長に就任。
昭和23年に発刊されて以降、親から子へと読み継がれていくようにして続いてきた、
長い「暮しの手帖」史上、最も発行部数を増やしたところで、
まだまだ「これから」を期待される中、本年3月に編集長を退任。
9年間の編集長生活に自らピリオドを打った後、4月1日にクックパッドに入社。
ますます今後に目が離せない、いま注目の人。それが、松浦弥太郎さんです。
ご存知の方も多いかもしれませんが、
松浦さんは、これまでにも沢山の本を出版されてきました。
多くの書店で松浦弥太郎コーナーが設けられているほど、根強い人気を誇っています。
衣食住にまつわるセンスやクオリティを真摯に問いながら、
「生きる」ということへの姿勢にまで言及されたあたたかなエッセイの数々に、
私も、かつて何度も救われてきた者の一人でした。
私が初めて松浦さんの本に出会ったのは、今から5年前の冬の夜。
仕事を終えて家路を急ぐ途中で立ち寄った書店で、松浦さんの本が目に入りました。
その日、私はとても疲れていたので、自分を奮い立たせてくれる本を求めていました。
弱った心にもまっすぐにやさしく刺さる、襟を正されるようなタイトルに惹かれて、
松浦さんの本を3冊買って帰宅しました。
読み始めてみたら、読むのをやめられなくなりました。
どんどん心が軽くなっていき、私の頭と心の中に巣食っていた鈍く重たい何かが、
いつのまにか、キラキラとしたきれいなものに変わっていました。
この3冊の本に心を3回入れ替えられたような気がした私は、読了した時に、
「いつか必ず松浦さんとお仕事をご一緒させていただこう」と決意しました。
私にとっての読書の原体験=幼少期に読んだ絵本に死の意味を考えさせられた、
そんな時間に限りなく近いものを、この時に感じたからです。
いつもならここですぐに執筆依頼の連絡をするところですが、
何となく松浦さんとはその時には会えないような気がして、すぐには動かず、
いつも松浦さんの新刊が出版されるたびに読むだけ、に留めていました。
それから約3年後、ようやく松浦さんと自然にお会いできる時が訪れました。
私が編集したとある本を書店で買って読んでくださった松浦さんが
「暮しの手帖」の編集後記でその本の感想を書いてくださっているのを見つけた私は、
何か運命的なものを感じ、すぐさま松浦さんに御礼状を書くことを思いついたのです。
「暮しの手帖」購読者への愛にあふれた素晴らしい編集後記への感想と御礼だけでなく、
「ずっとお会いしたかった」「新しい仕事をご一緒させてください」と書いた手紙を、
「どうか松浦さんにお会いできますように」と祈りながら、その日の内に投函しました。
10日後、松浦さんご本人から「会いましょう」とのお返事をいただくことができました。
その時の嬉しさを、今も忘れていません。とても大切なご縁になる予感がしました。
いつも楽天的で気が早い私は、既に松浦さんとの仕事の始まりを予期しつつ、
2週間後、昼下がりの新宿のホテルのラウンジで待ち合わせた松浦さんにお会いしました。
その日、約束の時間より40分も早く着いてしまった私の前を、松浦さんが通り過ぎました。
「あっ、待ってください。松浦さんですよね?」と急いで駆け寄り声をかけて、
お互いに「早く着き過ぎてしまいましたね」と言い照れ笑いを交わしながら席に着き、
一緒にサラダランチを食べながら、私が松浦さんにお願いしたい仕事の話をしました。
お忙しい中お時間をくださった松浦さんに無駄な時間を過ごさせてはいけないと思い、
ほとんど私が一人で早口でしゃべり続けたようなその時間の最後に、
松浦さんがまるで私を許すかのような眼差しで、真っ直ぐに私の目を見つめながら、
「いい企画だと思います。やりましょう」と、「約束」してくださいました。
その「約束」の日から約1年半の時を経て、『正直』はできあがりました。
タイトルそのもの、『正直』は、本当のことしか書かれていない本です。
松浦さんが生まれてから今に至るまでの軌跡が、そのままそこにあります。
松浦さんが心の奥深くにしまいこんできた「あの日、あの時」の気づきを、
一つひとつ丁寧に取り出すようにして、一字一句を綴ってくださった本です。
その結果、今まで松浦さんがどこにも話したことのないこと、
どこにも書いたことのないこと、がこの本の中にたくさん立ち昇ってきて、
松浦さんがご自分の人生を振り返ることにまでなりました。
決して平坦ではないその人生を、一歩一歩、
ただ一点だけを見つめるようにして、前進してきた松浦さん。
どんなに道が険しかろうと、自分に厳しく、人には優しく。
そのひたむきな生き方に、誰もが、心の中にある大切なものを思い起こすはず。
自分の人生を問われながら、励まされるに違いありません。
原稿をいただくたびに、私自身、「このままでいいのだろうか」と考えさせられました。
「本当に自分は、自分だけの人生を生きているか」と自問自答させられながら、
松浦さんの「本気」がつまった原稿をいただくことに生かされるような日々でした。
新しい原稿をいただくたびに、嬉しくて、楽しくて仕方ないまま、時が過ぎていきました。
あまりにもそれが幸福な仕事であったので、本が完成した時には、寂しさを覚えました。
企画段階には想像していなかったような本に、いつの間にか育っていました。
松浦さんと私の「約束」の数々の後に、
生まれるべき時に、生まれるべきかたちで、生まれた本です。
熱烈な半生記でありながら、すべての読者を包み込むような人生論に仕上がりました。
49歳になった松浦さんが、新天地に転身された「理由」。
それが、この本を読むとおわかりいただけます。
そしてその「理由」は、私たち一人ひとりが共有すべきものだと私は思います。
「成功の反対は、失敗ではなく何もしないこと」
帯に載せたこの一文を噛みしめながら、『正直』をお読みいただけたら幸いです。
最後に、「おわりに」から松浦さんのお言葉を一部抜粋します。
「読者にとってこの本が、たとえ時間がかかったとしても、
自分にとっての『正直』とは何かを見つけるきっかけになってくれると心から嬉しい。
これからを生きる上で、または新しいチャレンジをする上で、
『正直』が自分の決め手となり、信念となることを願う」
(編集担当)
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【関連書籍】
松浦弥太郎『正直』
(初出:『かわくらメルマガ』vol.72 「編集担当者が語る、松浦弥太郎『正直』ができるまで」)