2013年上半期 おすすめ本 2013.06.27
1.世界の経営学者はいま何を考えているのか
2013年上半期のビジネス本の中で、最もおすすめするのが、入山章栄著 「世界の経営学者はいま何を考えているのか」 です。タイトルこそ「経営学者」になっていますが、私たちにもわかりやすく書かれています。
紹介されているテーマを2つに大別すると、1つ目は経営学そのもの。経営学の本質や現状、将来性など。2つ目は世界の経営学者が注目する分野。競争戦略、イノベーション、ソーシャル、国民性、ベンチャー投資など。
日常業務に追われていると、知らぬ間に視野が狭くなり、スランプに落ち込んでしまいます。新たな視点やヒントに気づくためには、定期的に広範囲を見渡す必要があります。その意味でも本書は役立つことでしょう。
2.居酒屋トークと経営学の違い
同業者や勉強仲間と居酒屋で飲むことがあります。そこで花が咲くのはやはり経営の話。「高級車に乗る社長の会社は赤字経営」などと語る人もいます。この居酒屋トークと、経営学にはどのような違いがあるのでしょうか。
それは「理論による分析」と「実証による分析」の有無なのだそうです。先ほどの「高級車〜」も、これだけでは居酒屋トークに過ぎません。そこに理論的な証明として、「高級車に乗ると顧客より車が大切になる」などの仮説を立てます。
さらに「社長の車」と「会社の業績」の統計を集めます。もし両者に相関関係が認められれば、「高級車〜」も、初めて経営学のテーマになる可能性が? 経営学は手間暇かかるものだということがわかります。
3.ドラッカーは経営学ではない?
日本では評価の高いピーター・F・ドラッカーの理論も、米国の経営学者はほとんど研究しないのだそうです。なぜなら前述の「理論による分析」と「実証による分析」が行われていないからでしょう。
つまり科学的な根拠がない。私はドラッカーファンですが、その事実にうすうす気づいていました。「事業の目的は顧客の創造である」と明確に言い切っていますが、その証拠は?・・・しかしドラッカーはよく当たります。
私の見解として、経営学者は何十年かかっても、理論の完璧化を目指すべきでしょう。一方、経営者は明日の利益を確保しなければいけません。完璧な理論を求めることに大きな意味はないと考えています。
4.経営学を学ぶより人間通になれ?
経営学は歴史が浅く、経営学者は既存の3つの分野からアプローチを試みています。まずは経済学。人間はすべて合理的な選択をするという前提です。しかし著者も述べていますが、「企業経営とはしょせん人間がすること」です。
だから人間や集団が、何をどのように考えて行動するのかを知らなければ、経営はうまくいきません。これらの理由もあり、社会学と認知心理学の2つの分野からも、経営学へのアプローチが行われています。
注目すべきは、経営者にもタイプがあるという点です。自分の好みや考え方が、3つのうちの何れの分野に近いのかを知り、その方向から経営を攻めていくのが、理解を深めるための1つの方法かもしれません。
理論 | 前提・仮定・背景 | 企業とは何か | どんな人向きか |
経済学 | 人は常に合理的な選択をする → 他の組織に出し抜かれると考える | 効率性を求める存在だ | 契約や組織のデザインに興味がある人向け |
社会学 | 統計学から社会現象を分析する → 人・組織の社会的相互作用に関心 | 他企業と力関係、相互依存関係にある | 人とのつながりを重視する人向け |
認知心理学 | 人の情報処理能力は優れていない → 組織の行動にも影響ありと考える | 経営資源(強み)の集合体 アイデンティティを共有する | イノベーションに関心がある人向け |
5.激しい競争社会(ハイパー・コンペティション)を勝ち抜く
競争社会を勝ち抜くためには2つの戦略があります。1つ目は競争の少ないポジション(業界・商品)を選んで、競争を避ける「守りの戦略」。2つ目は競争行動(新製品、販促活動、低価格化など)によって、競争を進める「攻めの戦略」です。
現代は競争が激しく、長期的に好業績を残す企業は、米国で2〜5%しかありません。常に好調に見える企業の多くが、実は短期的な好業績を繰り返しているに過ぎません。つまり何度も競争行動を仕掛けているのです。
統計上も競争行動の多い企業の方が、高い業績を残すようです。しかし常に競争行動を採っていると消耗します。「守りの戦略」で余裕を作りつつ、「攻めの戦略」を冷静に仕掛けていくのがよいのだそうです。
6.構造的なソーシャル・ネットワーク
人間関係には「強い結びつき」と「弱い結びつき」があります。それぞれ特徴があるので、目的によって使い分けるとよいそうです。たとえば「強い結びつき」では「知識の同質化」が進むため、既存の知識や情報を深めるのに役立ちます。
反対に「弱い結びつき」では「知識の多様化」が進みます。深い人間関係よりも、浅い人間関係の方が多様な知識や情報が伝わりやすいという実験結果が出ています。このような人間関係はイノベーションに有用と思われます。
また人間関係には隙間(ストラクチュアル・ホール)があります。たとえばA社とB社間には直接取引がなく、必ずC社を介さなければならない場合、C社にビジネスチャンスが生まれます。この隙間に注目しろということです。
7.不確実性時代の経営計画の立て方
経営戦略のプランニングには2つの考え方があります。1つ目は事前に細かく計画を立てる「計画主義」。もともと完璧な計画などありえないし、さらに不確実性時代には通用しません。実行する前にチャンスが過ぎ去ることでしょう。
2つ目は考える前にやってみる「学習主義」。これも大きな痛手を負う可能性があります。たとえば飲食店、新たな地域に出店するにもかかわらず、豪華な設備をそろえる人がいます。リスクに対してあまりに無防備と言えます。
「計画主義」と「学習主義」、両者のいいとこ取りをするのがリアル・オプションという考え方。当初の投資額を少額に抑え、状況を見極めながら進めていくという戦略です。不確実性時代には欠かせない考え方だと思います。
8.リアル・オプションでチャンスとリスクに対応する
リアル・オプションの中の「段階的な投資」には、次の3つのメリットがあります。
1.将来、望ましくない市場環境になった場合は、ケースによって①と②が選択できる
①長期的によくないと見込まれるケース・・・事業を撤退する(損失は当初の少額投資のみ)
②短期的によくないと見込まれるケース・・・事業をそのまま継続する
2.将来、望ましい市場環境になった場合は、ケースによって①と②が選択できる
①長期的によいと見込まれるケース・・・事業を拡大する(迅速に対応)
②短期的によいと見込まれるケース・・・事業をそのまま継続する
3.とにかく始めることによって、経験から様々な学習できる。学習が進めば不確実性も下がっていく。
本書には、メキシコへ進出するために、下記の手順を踏んでリスクを抑えながら、大きなチャンスをモノにしたウォルマートの例が挙げられています。善良な日本人なら怒り出しそうですが、これが世界標準というものなのかもしれません。
①メキシコの小売業最大手シフラと合弁会社を設立 → ②シフラに合弁会社を買収させる → ③シフラ本体を買収する
9.経営者による経営学の利用法
経済本と同様、経営本も怪しげなものが少なくありません。さらに学者が唱える経営理論の90%以上が検証もされず「言いっぱなし」の状態なのだそうです。現場で頭を悩ませる経営者には不要なものかもしれません。
しかし経営学という馴染みのない世界に触れることが、新たな発見につながる可能性もあります。何年も同じ思考回路を使い回してスランプから抜け出せない。このような状態から抜け出せるかもしれません。
今回は入山章栄著 「世界の経営学者はいま何を考えているのか」 の、ごくわずかなポイントのみをご紹介しました。人によって役立つページは異なるかもしれませんが、気になられた方はご一読いただければ幸いです。