interview 言葉を超える、イメージのかたち
Sing, Sing, Sing ほか 語り 須摩光央、二俣公一
写真 白石和弘、文 山田泰巨

目黒川と山手通りが交差するエリアに建つ古いビル。その2階に2018年末、〈LICHT(リヒト)〉と名づけられたギャラリーがオープンしました。ギャラリーを運営するのは北欧家具を中心に取り揃える中目黒のショップ〈HIKE(ハイク)〉のオーナー、須摩光央さんです。

2000年にオープンした〈HIKE〉は厳選されたヴィンテージ家具と美しい世界観で人々を魅了し、ヴィンテージの北欧家具を扱うフォロワーを多く生み出したことで知られます。しかし〈LICHT〉では、〈HIKE〉の世界観と異なる視点を打ち出したことで関係者を驚かせました。店内に並ぶのは、ヘリット・トーマス・リートフェルト、エットレ・ソットサス、内田繁、フィリップ・スタルク、ジャスパー・モリソン、テヨ・レミといった幅広いデザイナーの家具。製造を終えた家具と現在も製造が続く家具が並列に扱われ、なかでもポストモダンが流行した以降の1990年代前後に生まれたデザインに力を入れます。最近、そこに倉俣史朗の家具が加わりました。

この白い光に包まれたような〈LICHT〉の空間設計を手掛けたのは、空間・プロダクトデザイナーの二俣公一さんです。二俣さんもまた、〈HIKE〉の開業と同じ2000年に自身の設計事務所〈CASE-REAL(ケース・リアル)〉を開設しました。二人はともに、倉俣が逝去したのちに家具店のオーナー、デザイナーとなり、デザインに深い関わりをもつようになります。そしてともに、倉俣とは「少し距離を置いていた」と振り返ります。いま二人の目に倉俣は、どのように映るのでしょうか。

須磨さんは自身を含む同世代のデザイン関係者たちが活動を始めたころ、「ポストモダンを葬り去ろうとしていた」のではないかと振り返ります。

「僕たちはバブルという時代を忘れたかったんです。僕自身は北欧の古いデザインを起点にヨーロッパのさまざまなデザインを探っていきましたが、海外の新しいデザインに活路を見出す人も多かったように思います。正直に言うと、当時は倉俣作品にまったく惹かれませんでした。それがここ最近になって倉俣さんのものづくりや価値観に強く惹かれるようになったんです。なかでも《ミス・ブランチ》は圧倒的で、一度目にすると忘れられない。まさか自分がポストモダンの時代に立ち返ることになるとは思っていませんでした」

二俣さんもまた、ディテールの積み重ねで全体を構築していく自身のデザインのあり方は倉俣と対極にあるものと言います。

「僕は素材に興味があり、ディテールの追求から始める作り方に関心があります。一方で倉俣さんの作品群は、瞬発的なイメージを形にするものではないでしょうか。宙に浮くような軽さ、無のなかにあるような家具といった評価がなされていますが、デザイナーは物質に頼らなくてはものを作ることができません。ですから透明を表現しても透明にはならず、どうやっても物質化されてしまいます。倉俣さんはイメージを捕まえ、これまで家具の素材として扱われることのなかったものをよく理解したうえで、その矛盾を超えた家具や空間を実現していきました。職人とは夜な夜な作業をし、けして諦めない人であったと聞いています」

二人は〈LICHT〉に入荷した倉俣の椅子《Sing, Sing, Sing》を眺めながら話を続けます。これは1985年にデザインされ、フィリップ・スタルクがジュラール・ミアレとともに設立したフランスのインテリアブランド〈XO〉社から発売されたアームチェア。スチールメッシュの座面がキャンティレバーのフレームで支えられ、倉俣らしい不思議な浮遊感をもちます。かつてイデーが販売した《How High the Moon》とともに、アメリカのメトロポリタン美術館に収蔵される名作の一つです。

「倉俣さんのスケッチを見ていると、そこに構造を気にする様子はまったく見られません。そもそも構造を気にしていたらこの形にならないと思うんです」と二俣さんは言います。

「倉俣さんの家具はスケッチが最優先されます。そこに、自分の内側から出てきたイメージを捉える純度の高さがあります。一筆書きのような線は、フレームを示すものなのか、座面を示すものなのか……そうではなく、もっと純粋にフォルムを描いたものです。思い浮かんだ形を実際に制作することで、浮遊感をもつデザインが実現されたのではないでしょうか。僕はデザインをするうえで、浮くはずのないものは浮かばなくていいし支えるべきものは支えたいと考えています。つまり普通を標榜しながら、そのなかで新しい表現を実現することでデザインに強さをもたせ、その過程に面白さを見出します。けれど倉俣作品はパッと見て新しい。直線と曲線の多彩な表現に驚き、考え抜かれた構成力と知的な遊びを感じます。それでもなお倉俣さんが遺したエッセイにもあるように、夢で見たという家具のもつ強さ、真新しい感覚としての強さがある。そこにデザイナーとして羨ましさを感じます」

《Sing, Sing, Sing》のディテールに着目しながら「溶接がきれい」だと言う二俣さん。それはヨーロッパの自転車に見られる巧みな溶接技術を思わせる、と続けます。自転車に着想を得た椅子と言えば、マルセル・ブロイヤーがキャンティレバーに挑んだ名作《チェスカ・チェア》を思い出すことでしょう。〈LICHT〉では《チェスカ・チェア》も扱っており、両者を俯瞰して眺める楽しみがここにはあります。たとえば、単純な素材をミニマルに構成しようと試みたリートフェルトの視点は近年のデザイナーにも影響を与えるものだろうと須磨さんは考えています。時代を超えた家具をともに置くことで、歴史を重ねたデザイナーたちの多様な視点が見えてくることでしょう。

「家具が発表された当時をただそのまま伝えるのではなく、いまという時代、これまでに積み重ねられてきた時代背景や評価といったものをさらに重ねたうえで家具のもつ魅力を伝えたいと考えています。ここは階段的な場所となって次の場へとつなぎ、次の見方を作る役割を果たしたいんです」と須磨さんは話します。

また〈LICHT〉では、数量を限定した家具ライン《EDTION》の発表を始めました。第一弾として発表されたのが、二俣さんによる《PYOD(ピオド)》です。以前に企画展で制作したものをあらためて突き詰めて製作された新作です。

「〈LICHT〉ではデザイナーの実験や試行錯誤から生まれたものを扱いたい」と須磨さん。日本ではデザイナーが評価されない現実に危機感を覚えます。
「いまは、不完全なもの、不確かなものがこぼれ落ちてしまう時代です。僕はそこに興味があります。面白いもの、興味をひかれるものも、しっかりと世に出るべきではないでしょうか。着想点や工程を伝えながら、なにより若い人たちに関心を持ってもらいたい。視点を変え、ものづくりを面白いと思ってもらいたい。それを伝えるサポートしていきたいんです」

あらためて須摩さんは、倉俣を「外からではなく、自身の内側から生まれたものを発信できる稀有なデザイナー」であると表現します。二俣さんはそれを受け、「言葉で伝わるものがすべてではないんですよね」と続けます。
「言葉は駆使することで退屈になってしまうことがあります。言葉を超えて惹かれるものが倉俣にはあるんです」

須摩 光央すま みつお

2000年に北欧中古家具店・ハイクを、2019年にデザインギャラリー・リヒトをオープン。

二俣 公一ふたつまた こういち

空間・プロダクトデザイナー。福岡と東京を拠点に空間デザインを軸とする「ケース・リアル」と、プロダクトデザインに特化する「二俣スタジオ」両主宰。インテリア・建築から家具・プロダクトに至るまで、多岐に渡るデザインを手がける。主な空間作品に香川県の豊島にある「海のレストラン」ほか、ボタニカルケアブランド「イソップ」との恊働など。近作のプロダクトには2019年のミラノサローネで発表し、アルテックよりリリースされた「キウル ベンチ」などがある。

倉俣 史朗くらまた しろう

戦後のレイトモダニズム全盛の時代にあって、感性によるデザインではじめて評価をされたデザイナー。「How High the Moon」、「Miss Blanche」など、エキスパンドメタルやアクリルといった素材を驚くほど詩的な表情に仕立て上げた家具で一世を風靡した。今なお世界的な評価が非常に高く、ニューヨーク近代美術館などで、ミュージアム・ピースとして多くの作品が収蔵されている。東京都出身。

倉俣史朗の家具ラインナップ
#02 倉俣史朗