photography 目黒区総合庁舎
CHIYODA SOFA 写真・文 鈴木理策

建築を経験することは、美術館で作品に出会う経験と似て、作者の考えや人柄に触れることができます。1966年に完成した村野藤吾設計の目黒区総合庁舎(旧千代田生命保険相互会社本社ビル)は2003年の改修を経て、いまも私たちに氏の思想を伝えています。
駒沢通りの坂を上り、右手に建物を見ながら入口に向かうと、更に緩やかな丘があらわれる。高低差を生かしたアプローチが周囲の植物と溶け込んでいて、歩を進める程に建物の見え方が変化するという魅力的な出会いが設定されている。正面入口から建物に入ると、そこには驚くほど静謐な空間。両側の下部に開いた窓から穏やかな光が差し込み、作野丹平のモザイクを施したトップライトや岩田藤七のガラスブロックが光のやわらかさをつなげていて、全体と部分の経験の往来が空間を味わう気持ちを高める。建物を訪れた者は村野に導かれる様に自然と繊細な細部に目を向け、同時に空間全体の印象を味わい、建築で生まれる時間を経験する。これは村野建築の魅力だと思います。
これまで現代建築を何度か撮影しましたが、建築に写真的な見所が設定されてる場合が多く、撮りやすいという印象があります。視覚的経験の強さを優先した空間は写真との共犯関係が成り立つからです。今回の撮影では、1枚の写真に多くの情報を取り込んでイメージの強さを目指すのではなく、そこにいる人のために村野藤吾が用意した生きられた時間を表せたらと思いながら撮影しました。

鈴木 理策すずき りさく

1963年和歌山県生まれ。主な個展に2007年「熊野 雪 桜」(東京都写真美術館)、2015年「意識の流れ」(丸亀市猪熊弦一郎現代美術館、東京オペラシティアートギャラリー)、2016年「意識の流れ・水鏡」(田辺市立美術館・熊野古道なかへち美術館)、2016年「Mirror Portrait」(タカイシイギャラリー)。写真集に『SAKURA』『White』(共にedition nord)、『海と山のあいだ』(アマナサルト)、『Atelier of Cézanne』(Nazraeli Press)、『熊野 雪 桜』(淡交社)等。

NOTES

2003年より目黒区総合庁舎として使用されているこの建物は、もともと1966年に千代田生命保険相互会社の本社ビルとして建てられた建築家・村野藤吾の代表作です。村野はこの建物を設計するために、数多くのスケッチと粘土模型を製作したといいます。その痕跡を探すのもこの建物を楽しむ醍醐味のひとつといえるでしょう。
まずその表情を特徴づけているのが、建物の全面を覆うアルミ鋳物のルーバーです。竣工時は周囲が住宅街であったため、光を跳ね返さずに吸い込むことを意識したといいます。同時にアルミに巧みな表面処理を加えることで、冷たさを感じさせない肌で触れたくなるようなしっとりとした質感に仕上げました。またこれらルーバーのやわらかなフォルムには、角を好まなかった村野が柱や桟に至るまで面取りを指示していた、というこだわりを見てとることもできます。そして、この建物のゆるやかで美しい曲線をもった階段は、階段の名手として知られた村野の建築でも特に傑作と名高いものです。あたかも宙に浮いたかのような浮遊感をもたらす1段目は、出色の出来といえるものでしょう。
現在イデーが販売する「TMD-CHIYODA」は、この建物の役員室のために村野がデザインしたソファです。ソファ内部の木枠に繊細なカーブを施すことで生まれる優美なフォルム、脚先のステンレスといった素材づかいの妙といったディテールもまた、村野藤吾の美意識がインテリアや家具にまで息づいていたことをいまに伝えるものです。建物同様、いまなお豊かな体験に満ちたソファは私たちに名品のもつ普遍性を改めて教えてくれる家具となりました。

村野 藤吾むらの とうご

1891年佐賀県生まれの昭和を代表する建築家。 ディテールにこだわり、仕上がりに高い技術を求めた作品には、「人間の手でものを作り上げる」という彼のヒューマニズムの精神がちりばめられている。主な作品は世界平和記念聖堂、旧千代田生命本社ビル(現目黒区総合庁舎)など。 常に空間の隅々まで気をめぐらせ、家具や照明のデザインも多数手がけた。

村野藤吾の家具 特集