昨年の米Apple社の租税回避*1が話題になったのを覚えている人はまだ多いと思うが、大企業がタックスヘイブンと呼ばれる法人税率が安い国や地域を使って反則的な租税回避を行なっているのは、それを防止する規則が幾つもあるのにも関わらず、もはや常識として受け止められているようだ。しかし、こういう節税や脱税の手段になるだけではなく、資金洗浄や規制回避の道具にもなる事も認識している人は少ないであろう。「タックスヘイブンの闇」は租税回避地が抱える問題を詳しく追いかけて非難している本で、それが備える守秘法域と言う特性の問題を認識させてくれる。
1. 低税率、非在住者取引、守秘法域
タックスヘイブンは税率が極端に低いことが特徴なのだが、オフショア取引が認められており、法人の所有権や会計情報を隠匿してしまう守秘法域も特徴として備えている事を、本書では強調している。むしろ、この三つの特徴がある所がタックスヘイブンと言え、ケイマン諸島やジャージーのようなタックスヘイブンらしい地域だけではなく、シティ・オブ・ロンドン、米デラウェア州と言った先進国の中の地域もそれに該当すると主張されている。英国の税金が安いイメージは無いであろうが、ノンドミサイル*2は租税が免除される所があるそうだ。
2. 守秘法域であるから脱税や規制回避の温床になる
タックスヘイブン言えども、低い税率を享受するには工夫がいる。原則的に利益はそれが生じた国で課税されるわけだが、タックスヘイブンにあるのは書類上の会社で実態はないので、利益の上げようが無いからだ。グループ会社間で架空の取引を行い、その取引価格を操作することによって、タックスヘイブンにあるペーパー・カンパニーが利益を出したように見せかけるなどする必要がある。そうで無いと、消費者や従業員のいる国で、高い税率で課税されてしまう。
ここで守秘法域である事が重要になってくる。税務署もバカではないので、帳簿をつき合わせる事ができれば、容易に上述の移転価格が設定されている事は見抜いてしまう。しかし、タックスヘイブンは守秘法域なので、外国司法の要請には応じず帳簿の突合せをさせない。帳簿どころか法人の所有者なども隠匿してしまうので、犯罪者のマネー・ロンダリングを可能にしてしまうし、インサイダー取引などの温床にもなってしまう。
マネー・ロンダリングやインサイダー取引も金融規制の違反だが、法定準備率の制約を受けなかったり、自己資本比率規制を回避できるようになる問題もある。過剰にリスクを取ることを防止する目的で、金融機関は融資など保有資産にあるリスクに応じて一定以上の自己資本を持つことが義務付けられている。しかし、タックスヘイブンにある金融子会社の財務状況や所有構造は守秘法域なので十分に把握できない。リスクの高い債券を持つ金融子会社のリスクを低く見せかけたり、事実上の借入金を自己資本であるように見せかけたりする事も容易だそうだ。
3. 守秘法域であるから脱税や規制回避の温床になる
本書ではこういう状況が強く批判される。まず、タックスヘイブンで税収が下がることが問題だ。タックスヘイブンで租税回避されるだけではなく、タックスヘイブンと減税競争を強いられる側面がある。次に、タックスヘイブンで公平性が損なわれる。その利用者は大企業や高額納税者などになるから、累進課税の意味が無くなる。次に、開発途上国ではタックスヘイブンを使った資本逃避が見られ、経済成長を阻害する。権力者が移転価格で裏資金を作り出すわけだ。最後に、タックスヘイブンもその税制によって発展しているわけでは無いそうだ。少なくとも、オフショア金融業に依存した歪んだ経済になる。なお、批判するだけではなく、最後のむすびで改善策が提言されている。
4. タックスヘイブンの是非を巡る論争
突き詰めると国際資本の活動を規制するべきか、税率や税制はいかにあるべきかの論争になってしまうせいか、全般的に政治色の強い議論になっている。著者は税収が公的サービスの充実が国民の福祉には重要で、低税率が高成長をもたらすとは言えないことを力説しており、国際的な企業活動を外国政府が把握できるようにすべきとしているから、リベラルな考えの持ち主のようだ。最近は情報開示をするようになったと言うニュースを見かける*3し、少なくとも本書が書かれた時点でタックスヘイブンに問題があったのは間違いないと思うが、新自由主義者には面白くない本かも知れない。
5. タックスヘイブンの歴史が分かり面白い
身元不明の怪しい人物が著者に接触してくる話があるなど、全般的に陰謀論的な臭いがする本でもある。それでも現在のタックスヘイブンがどういう経緯で生まれたのかについても説明されているし、この経緯は興味深い。この側面だけでも読む価値はあると思う。元祖オフショア脱税実業家のヴェスティ兄弟の事件については知らなかった。現在のタックスヘイブンの発生経緯は場所によってまちまちなのだが、金融機関のロビイストが活躍したケースが少なく無いようだ。国際資本が世界を悪くしていると言う陰謀論に、やはり行き着く話になっているわけだが。
*1「焦点:米アップル、アイルランドの抜け穴使い課税回避」を参照。なお、この記事によると、Apple社の場合は米国からもアイルランドからも税務上の居住者と見なされないように法の抜け穴をついた節税だったようだ。
*2英国に永住する意思のない居住者。ただし、実態ではなく法的分類でそうなるので、英国生まれの英国育ちの英国生活者がノンドミサイルになりうる。
*3「イギリス、ジャージー島の金融機関が情報開示へEU居住者のタックスヘイヴンのメリットが消滅[橘玲の世界投資見聞録]|橘玲の世界投資見聞録 | 橘玲×ZAi ONLINE海外投資の歩き方 | ザイオンライン」
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