2012年5月5日土曜日

アフリカのコーヒー農場労働者の生活改善に必要なこと

このエントリーをはてなブックマークに追加
Pocket

小松原織香氏の反論に、やまもといちろう氏が反反論している。

先物相場にも経済的な意味があり、アフリカのコーヒー農家の生活が苦しいのは、生産するコーヒー豆の品質が悪く、コモディティ化しているためだそうだ。書いている事は間違ってもいないが、議論が少し噛みあっていない。

コーヒーと搾取とブロガー」で言及したけれども、この議論を再整理して、サブサハラアフリカのコーヒー農場労働者の生活改善に必要なことを考察してみたい。

1. 農園経営者≠農園労働者

まずは混乱の整理から。やまもといちろう氏と小松原織香氏の議論では、コーヒー農園経営者とコーヒー農園労働者の経済状況が同一として扱われているが、コーヒーはプランテーション作物なので、両者は分けて考える方が適切だ。先進国では社長の方が従業員より苦しいケースもあるわけだが、途上国の農園では農園労働者の方が生活が苦しい。以下ではコーヒー農園労働者の生活を考えて行く。

2. ポイントは生産コストの削減

やまもといちろう氏が取り上げた先物/直物とコモディティ化の話は、少しポイントがずれているように感じられる。

小松原織香氏のブログ本文では、南米とアフリカのコーヒー豆価格がリンケージしている事にだけ触れており、先物/直物は議論に関係ない。

差別化に失敗していると言う批判も、エチオピアにはモカ、タンザニアにはキリマンジャロと言うブランドがある。アラビカ種で、インドネシア等のロブスタ種よりは付加価値が高い。もちろんコーヒーよりも収益力のある生産物があれば転作するのが望ましいが、日本の園芸農家と違いお金持ちの消費者は遥か遠くに住んでいる。

そもそも大型化による労働者一人あたりの生産コストの削減は、その地域の生産量やブランドに関係なく行うべき問題のはずだ。生産者規模が問題なのであれば、合併して大生産者になれば良い。それができていない理由こそが、大きな問題のはずだ。

3. コーヒー農園の労働生産性が低いと、高い賃金を払えない

大生産者では無いと言うことは、トラクターやスプリンクラー等の資本投入量が少なく、労働生産性が低いために労働者へ払える賃金が低い事を意味する。なぜ資本投入量が少ないかと言うと、サブサハラアフリカは、人口増加が激しく安い労働力が余っていたり、経済的水不足の地域であるので農地を増やすのに限界が出ている事があげられる。実は安い賃金で人手を使う方が、コーヒー農園経営者にとって合理的なのであろう。資本投資が経済的でなければ、規模経済性が低くなるので、小規模農家も増える。

4. コーヒー農園の労働生産性だけが高くても、高い賃金を払わない

やまもといちろう氏は、付加価値の増大が不十分だと主張しているわけだが、人間の価値がとても低い地域では、安い労働力で安い商売をしている方がコーヒー農園経営者にとって合理的なこともあるわけだ。また、付加価値の高い農場経営が望ましいとしても、コーヒー農園経営者が、コーヒー農園労働者の賃金を上げる理由は無い。安い労働力で高い商売をしたほうが、農園経営者の利益になるからだ。

5. 単純なフェアトレードが賃金を引き上げる事もない

フェアトレードはコーヒー豆の買取価格を上げるので、契約しているコーヒー農園の労働生産性を増大させる。しかし、その利益を得るのは農園経営者であって、農園労働者ではない。農園経営者としては、労働市場で決まる相場以上の賃金を、農園労働者に払いたがらないであろう。農園労働者は特別な技能労働者では無いであろうから、特別な交渉力を持たないためだ。つまり、エチオピアやタンザニアの労働者全体の労働生産性を上げないと、コーヒー農園労働者の賃金も改善しない。

6. 改善したフェアトレードも問題を抱えている

農園労働者の賃金を引き上げる契約にしているフェアトレードもあって、そちらは一定の効果はあるであろう。しかし、価格統制になるのは変わらない。世界中で広く行われるようになったら、コーヒー豆の需要自体を少なくしてしまうかも知れない。そうすれば、雇用量が減るために農園労働者の環境は悪くなる。また、コーヒーよりも経済的な転作作物があった場合でも、転作する意欲をなくしてしまう。

7. 労働市場全体の労働生産性を引き上げられるか?

ブラジルのコーヒー農園が大型化をして、労働生産性を引き上げ、農園労働者の賃金が上がったのは、ブラジルの経済が好調なのも少なからず理由にある。つまり問題は、貧困国全体の労働生産性である。逆に言えば、サブサハラアフリカのコーヒー農園が小型で、労働生産性が低く、農園労働者の賃金が低いのにも同じ理由があげられる。この理由を何とかしないと始まらない。

追記(2012/05/05 04:00):2010年の1人あたりGNI(購買力平価ドル)は、ブラジルが$11,000、タンザニアが$1,430、エチオピアが$1,040で、ここ20年間で差が拡大している。賃金水準も同様に大きな差があるものだと考えられる。

8. 人口の抑制と資本装備率の増大

国全体で人口を抑制して、教育資本を含めた資本装備率を高めて、労働生産性を上げていかないと、結局は改善しない問題がそこにある。先進国と開発途上国で圧倒的な賃金格差があるため、ちょっと先進国が気前良く振舞えば、開発途上国の貧困がなくなるような錯覚があるが、実際には自助努力が無いとどうにもならない

9. 賃金決定メカニズムへの理解が必要

やまもといちろう氏は経営者感覚で、小松原織香氏は素朴な感性で議論をしているのだと思うが、どちらもそもそも農園労働者の賃金がどのように決定されるのかと言うメカニズムを考慮していないので、何か宙に浮いた感覚を感じる。筆者はフェアトレードに否定的と言う意味でやまもと氏に近い意見を持つわけだが、単に農園の努力が不足していると言う主張には同意し難い。

10. 正しい解決策を理解したい

フェアトレードが無くても東・東南アジア諸国は、人口の抑制と資本装備率の向上と貿易や直接投資の促進で、東アジアの奇跡と呼ばれる急激な経済成長を達成した。つまり大きな問題としては、人口の抑制と資本装備率の向上を目指せないことであり、フェアトレードが良いとか悪いとかで、分かりきった事が不明瞭になっていくのは残念な感じだ。

もちろんサブサハラアフリカの問題で、日本人にとっては問題ではない。誤解があっても些細な事だ。しかし、深夜のコーヒーで多少の縁がある地域でもある。貿易相手国の問題を整理して理解することも、そんなに悪い事では無いはずだ。

A. 補足

やまもといちろう氏からコメントを頂いたのを読んで、小松原織香氏、やまもといちろう氏、本エントリーの主張を整理しておいた方が良いと思い、図表を追加してみた。

アフリカのコーヒー農園の現状だが、コスト競争力でブラジルに押されているので、概念的には以下のようになる。

アフリカの生産量は常に一定としている。ブラジル不作時はアフリカにも利益(=生産者余剰)があるわけだが、ブラジル豊作時はアフリカは費用の安いブラジル産に押されてしまう。その結果、生産者余剰は大きく減り、さらに損失も出るようになる。各人の主張をここで整理すると、

  1. フェアトレードで価格(P線)を上に動かせ(小松原織香氏)
  2. アフリカはコーヒー農地に向く耕地が微妙なので、ブラジルと競合しない商品に転作(やまもといちろう氏)
  3. アフリカの労働生産性を改善し、生産費用をブラジル並みに低下(本エントリー)

となる。(2)と(3)のどちらが妥当かは現地の状況次第になるが、フェアトレードでは価格を引き上げるため、コーヒー需要と生産量の低下をもたらす。利益率は増すので農園経営者は良いかも知れないが、労働投入量が減るので、一部の農園労働者は失業者する羽目になる。

以下の図は、この世にフェアトレード商品しかなくなった場合の需給状態の一例を表すが、生産者余剰が増加する一方で、労働投入量の減少を含む生産コスト減が発生している事が分かる。

0 コメント:

コメントを投稿