小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


by polimediauk

グーグル取材こぼれ話②グーグル副社長ネルソン・マトス氏インタビュー(上)

 今、東京で「Google Enterprise Day 2008 Tokyo」というイベントが開催されているという。詳細は「@IT情報マネジメント」というサイトに出ていた。http://www.atmarkit.co.jp/news/200811/12/apps.html

 グーグルアースが古代ローマを立体復元化(ネット上で)した、というニュースも出ている。

http://news.bbc.co.uk/1/hi/technology/7725560.stm

 様々な情報がグーグルに一元化されてゆくことに危惧を感じているが、グーグルが本当にオープンになって、一種の公的サービスになってゆく、という道もあるのかなと思ったりする。その時には一民間企業ではなく公的機関になっている、という想定だが。

 グーグルに関してはここに来られる方の方が情報をたくさん持っていらっしゃると思うが、一つの参考情報として、9月の「東洋経済」グーグル特集用に、グーグルのロンドンオフィスで取材した内容を2回に分けて出したい。

 最初のインタビュー相手は、在スイス・チューリッヒのネルソン・マトス氏である。エンジニアリング部門のバイス・プレジデント(このタイトルの訳は普通「副社長」となるようだ。日本の感覚で言えば、副社長とは社内に一人――ナンバー2としてーーだが、「バイスプレジデント」は米国の会社では複数いる。)
 
 世界で12箇所にあるグーグルのエンジニアリング・R&Dセンターの中で、チューリッヒが最大であるという。

 グーグル社内のフラットな組織作り、イノベーションの起きる環境や、いわゆる「ベータ版を先に出してゆく」という考え方が、個人的には大きな参考になった。これは英新聞業界のネット戦略にも通じる。「ネットでまず出して、間違いがあったら後で直したり、補足してゆく」というのが普通になってきている。すると、「最初から完璧を求めない」編集方針でやっていることが分る。また、スピード感を正確さよりも重視していることも分る。これはかなりの思考の変換だ。新聞に出ていること=十分にチェックされた情報・・では必ずしもなくなっている。(日本で、紙の新聞を作っていた時、間違いがあると、場合によっては、上司が始末書を書くはめになったものだ。恥であり、おおごとだった。今後は、事実の確認などに対する考え方が変わってくるのだろうか。また間違いがあれば、これを淡々と正して紙面上で報道する「ガーディアン」のように、あえて間違いを隠さない方向に向かうのだろうか。)

          ****

グーグル成功の「6つのルール」とは?

 グーグル副社長EMEAエンジニアリング担当ネルソン・マトス(Nelson Mattos)さんのインタビュー(上)

―グーグルのサービスで、例えば検索エンジンのみを見た場合、どの点で、技術の面からいうと、他にはない、固有なものがあるのだろうか?他社が絶対に追いつけないものが技術的にあるのだろうか?

マトス氏:グーグルの検索エンジンは非常にユニークだ。過去10年間、検索のアルゴリズムを劇的に向上させてきた。グーグルの強みは検索エンジンの結果の質が違う点だ。第2に それぞれの地域や言語に応じた検索サービスを提供している。

 第3として、グーグルのインフラの規模が大きい点が特徴として挙げられる。検索エンジン業界で、おそらく最大のインデックスを使っている。どのウェブサイトをどれぐらいの頻度でクロールすればどれぐらいの質の高い検索サービスを提供できるのかを何年にも渡って研究してきた。他の検索エンジンはグーグルほど頻繁にはクロールしていない。

―もしあなたほどの経験のある人が(マトス氏はIBMに長年勤めた)グーグルを今辞めて、グーグルのライバルとなる検索サービス会社を立ち上げる・・・ということは可能だろうか?グーグルの「巨大なインフラ」がない場合、できないのだろうか?

マトス氏:まあそれは・・・(笑い)過去10年、検索サービスの向上にグーグルはずい分投資してきたし、誰か一人が短期間でこれをしのぐことは非常に難しい。

―インデックスの数とデータセンターなどで使うコンピューターの台数は?

マトス氏:それは教えられない。

 付け加えたいのは、グーグルは他社と比べて技術面で優位に立つが、組織運営、人材、イノベーションや製品開発のやり方が他社とは異なる。

―では、製品開発やR&Dなどの面で、グーグルはあなたがこれまでに勤務した会社とどこが違うのか?

マトス氏:まず、大きな違いは会社の構造だ。グーグルは非常にフラットな組織体制となっている。会社の中のコミュニケーションが非常にスムーズに縦横に進む。会社の最高経営責任者や創業者たちに誰でもがコンタクトを取れて、議論できる。会社としての意思決定が非常に早く、ものごとが効率的に進む。

 次に、雇う人材だ。技術能力が高い人を雇うわけだが、特に起業家精神にあふれる人を採用する。新たなテクノロジーを市場に送り込み、ユーザーの生活を変え、世界を変えられる人だ。

 内部の仕組みも違う。プロジェクトは少人数のチームで手がけるので、良いアイデアが非常に早いスピードで発展して行く。グーグルの開発サイクルはIBMやマイクロソフトよりもはるかに早い。

 グーグルの哲学とは、何かを発明して、これを市場に送りこみ、ユーザーからのフィードバックをもらい、これをアイデアとして取り入れ、製品をどんどん向上させてゆく、何度でも。これでグーグルは市場により近くなるし、ユーザーが欲しいものに近くなる。顧客からのフィードバックが製品の将来の方向性を決めてゆく。

 他企業は、例えば開発サイクルが2年ぐらいになる。製品を完全に完成後に市場に出すと、変えたくてもほぼ不可能になる。危険なのは、市場に出すまでの2-3年で、市場やユーザーのニーズがすっかり変わっている可能性がある点だ。新しいニーズを追いかけなければならなくなる。私たちは4半期ごとに新製品を出す準備がある。そして市場に出してからすぐにユーザーからフィードバックが来るので、これを次の4半期で実現するようにする。

 また開発センターが12箇所あり、それぞれのセンターで独自にイノベーションが行われている。分権化されている。それぞれの場所の文化の違いを反映した製品作りとなる。アジアで開発された製品があまりに人気なので世界中で使う、ということもある。例えば、「グーグル・サジェスト」というサービスだ。「・・・こういう言葉ではありませんか?」と、お勧めの言葉をユーザーに出す。これは元々、漢字を使うアジア地域で考案されたものだった。もともとは、中国人、韓国人、日本人を想定して考えた。

―グーグルの社員は、勤務時間の20%を独自のプロジェクトのために使うという決まりは今でも変わらないのか?

マトス氏:そうだ。自分が関心のあるプロジェクトのために20%を使う。これが、ボトムアップのイノベーションを可能にする一つのやり方だ。全く新しいプロジェクトの場合もあれば、以前のサービスを改善する場合もある。Gメールはこの20%ルールから生まれた。グーグルアースはここチューリッヒの20%から生まれた。

―部下となるエンジニアたちの「効率性」をどうやって達成しているのか?

マトス氏:具体的な例を挙げて説明したい。私はグーグルに来る前に、IBMで16年間働いていた。グーグルに移ってから、一ヶ月、グーグル内部の仕事の仕方を観察した。何故グーグルはこれほど成功しているのか、何故これほどイノベーションが多いのか?成功のために6つのルールがあることが分った。

 最初のルールとは、まず、グーグルには業界内で最高にレベルが高いエンジニアが集まっている。他の会社も「最高の人材が揃っている」というかもしれないが、中に入ってみると、違いが分る。

 例えば、人を雇う時、採用を担当する幹部マネージャーによる査定と、幹部の同僚や部下などの査定とが同様の重みを持つ。これは非常に重要で、このマネージャーはあるプロジェクトを成功させるという課題を背負っており、成功のためには、目の前にいる就職希望者の資質で気に入らないところがあっても、何とか妥協しようとする力が働く。たいがいの企業は、採用担当マネージャーが最終的な採用の全決定権を持つ。グーグルでは多くの人が査定に加わり、本当に公正な評価が行われる。最高の資質を持った人物が雇用される。

 2つめのルールは、技術上の知識が豊富なだけでなく、起業家精神にあふれ、20%の勤務時間を独自のプロジェクトにつぎ込める人を選ぶこと。

 従業員同士のネガティブな競争をなくするために、グーグルでは透明性を重視する。これが3つ目のルールだ。すべての内部情報に誰でもがアクセスできる。すべての進行中のプロジェクトはデータベースの中に入っている。そのプロジェクトのゴールは何で、誰が関わっているのかが分る。エンジニアたちが何かアイデアを思いついたら、社内のデータベースにアクセスしてみる。誰かが似たアイデアをもう既にやっているかもしれない。すると、その人に連絡して、ダイアローグを開始できる。

 4半期ごとの達成目標はすべての従業員に設定されている。最高経営責任者から秘書職でも。ネガティブな競争がなくなり、共同で働くことができる。

 それでも競争が起きそうになったらどうするか?どうやってあるプロジェクトやアイデアが他のアイデアよりもいいと分るのか?それはグーグルの4つ目のルールになるのだけれど、良い・悪いなどの主観的決定をするには、データでの裏づけを示すことだ。データをグーグルは重要視する。

 さて、データを見ても、良し悪しを判断できない場合はどうするか?それはユーザーに焦点を合わせる。ユーザーがまず第一になる。収益やマーケットシェア、利益率などなど、すべが次に来る。ユーザーにとって良いことなら、グーグルはそのプロジェクトに着手する。

 最後のルールはスピードだ。ネットの世界ではスピードは本当に重要な要素だ。早く開発して、市場に出し、フィードバックを元にアップデートし、また市場に送り出すー何度も。とにかく早く動くことだ。この6つのルールがあるかないかで、グーグルは他企業と大きく違う。

―それでは、IBMから移って、慣れるまでにずい分時間がかかったのではないか?

マトス氏:グーグルは「違う」ということは働き出す前から知っていたが、勤務し出してから初めてこんなに違うものかと実感した。その違いを身体で覚えこみ、効率的に動けるようになるまでには、2-3ヶ月かかったね。

 グーグルのエンジニアリングの文化にはこの6つのルールが色濃く反映されている。これがグーグルの競争力の要因だ過去10年間、早いスピードで開発が可能になった理由だ。

―グーグルのエンジニアと他社のエンジニアは違うと感じるか?

マトス氏:違う。一人一人の人間はそれぞれ同じではないけれど、大きな違いは、人間個人として違うというよりも、働く環境が違うのだ。企業文化が違う。グーグルの企業文化の中ではイノベーションがどんどん発生しやすい。このため、適材もどんどん集まってくる、という状態がずっと続いている。(続く)

参考:

ネルソン・マトス氏のバイオ
http://www.google.com/corporate/execs.html#mattos

「グーグル取材こぼれ話①」
http://ukmedia.exblog.jp/10065152/
by polimediauk | 2008-11-13 23:02 | ネット業界