小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


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評価が180度変わったオランダ「ビッグ・ブラザー」


 先週の金曜日放映された、オランダ版ビッグ・ブラザー(今回は「偉大なる臓器ショ-」)について昨日書いたが、やや補足したい。

 まず、オランダの臓器移植法では「親類や友人でないと臓器提供ができない」と書いたが(いくつかのニュース報道を基にしてそう書いたが)、いくらなんでもそうではないようで、オランダのラジオ局(ラジオ・ネザーランズ)のウエブサイトによると、規制が出来たのは1996年。臓器提供者本人かあるいは家族・親類の同意が必要、ということだ。臓器移植バンクという仕組みがあって、これに「死後臓器提供をするかどうか」を登録する。(日本もこれに似た仕組みになっているはずだが。)しかし、臓器移植が必要な人の数は多く、平均4年半ぐらい待たねばならない。その間に亡くなって行く人もいるという。

 1999年以降、18歳以上になると、この「国民臓器提供リスト」に臓器提供者として登録するかどうかを聞かれる体制になっているという。最もニーズが高いのは肝臓だ。今年5月時点で、肝臓提供希望者は1,074人。

 ロイター電によると、臓器移植提供を待つ人はEU全体では4万人。15%から30%の人が、提供を受けられずに命を落としているという。

―ビッグ・ブラザーのアイデアはオランダ人の発想

 もともと、「ビッグ・ブラザー」形式(男女のグループが、外界から遮断され、一定期間、一定の場所で生活をし、これをカメラが24時間記録し、放映。毎週誰を外に出すかを視聴者が投票し、最後に残った人が賞金を手にする)のリアリティーTVの発想は、オランダ人のジョン・デ・モルという人が考え付いたものだった。

 この人がテレビ製作会社エンデモルENDEMOL社を使って、1999年からオランダで番組放送が開始。現在までに、世界各国70カ国で放映中だが、生活をする期間の長さやどういう人が参加するなどは様々なバリエーションがある。

 英国では2000年から「ビッグ・ブラザー」というタイトルで放映され、欧州でもかなりの数の国で放映中。例えばオランダ、英国を除くとベルギー、ブルガリア、クロアチア、チェコ、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、イタリア、ノルウエー、ポーランド、ポルトガル、ルーマニア、スロバキア、スロベニア、スペイン、スエーデン、スイス。米国でも放映されている・されたと聞く。

 英国とオランダのビッグブラザーだが、それぞれの国ではそれぞれの国の参加者が番組に出演するので、国によって違う「ビッグ・ブラザー」が放映されることになる。開始時期や人数、ルールなどもその国よって変わる。ただし、英国とオランダの「ビッグ・ブラザー」で共通点は、(偶然かもしれないが)、エンデモルというオランダの製作会社が関わっている点か。

―ニュースの広がり

 英国でのメディアの扱いや、グーグルでニュースを拾うと分かるのだが、先月末頃にオランダで今回の番組が問題になり、それが英国及び欧州、世界中に広がっていったようだ。英国ではラジオ、テレビのニュース、新聞各紙が(1面ではないが)、それぞれ掲載。臓器提供者「リサ」さんが女優だと分からなかった時点から、「行き過ぎではないか」という論調の記事が英国の新聞に出るようになった。ニュースとしての報道の上に、コラム、オピニオン論説記事などが出た。その後「リサさんは女優」ということがオランダの番組放映で分かったので、英新聞もこれを追った。

 最近英国(+英語圏)で「ビッグ・ブラザー」(+リアリティーTV)がいっそう批判的な目で見られるようになったのは、今年1月、インド人女優のシェルパ・シェティーさんに対し、出演者の1人が人種差別的発言をし、これにインドの国民(の一部)が怒る(英国旗を焼くなど)、という流れがあったからだ。5月24日、通信業界を規制するオフコムという団体が、この番組を放送したチャンネル4という放送局が放送規則を違反した、という結論を出し、新しい「ビッグ・ブラザー」の放映開始直前(先週末)に、謝罪を放送することを義務付けた。

 また、同じく5月末、オーストラリアの「ビッグ・ブラザー」で、参加していた女性の父が亡くなったのだが、番組制作者側はこれを本人に告知しなかった。父は長年病気だったという。番組参加中に父が亡くなるかも知れないことを女性は知っており、亡くなっても知らされないだろうことを了解済みでの参加だったが、オーストラリア及びこのニュースを聞いた英国内で「何と残酷なことか」と批判が出た。

―オランダでは・・・

 オランダでは、バルケネンデ・オランダ首相も放映に反対。「オランダの評判を落とす」など。欧州委員会も「悪趣味」と批判。文化大臣ロナルド・プラステルク氏は、番組は倫理に反するが、放送を止めることはできないと発言。憲法で、事前検閲は禁じられているからだそうだ。

 倫理的ではない、臓器提供が得られない患者が可哀想、という声が多く、ある調査ではオランダ国民の75%がこの番組を見ない、と答えていたそうだ。

 放映中、最後になって、実は臓器提供者の「リサ」さんが女優だったことが分かる、というどんでん返し。放映後、番組のプリゼンターだったパトリック・ロディアズ氏は、スコットランド紙の取材に答え、「毎年200人が臓器移植を受けられずにオランダで死ぬ事実のほうがショッキング。番組を通じて臓器を提供はしなかった。いくらなんでもそれは行き過ぎ」とし、番組の目的の1つが移植に関する法律を変えることだったと述べている。

 番組はオランダで120万人が視聴し、この数字は、これを放映したテレビ局BNNにとって、7番目に大きい数字だそうだ。また、臓器を提供したいと番組を通じて申し出た人は1万2000人だったと言う。

 放映後、番組に対する評価は180度といって良いほど変化したようだ。政治家も「すばらしい」と絶賛。「デ・フォルクスクラント」紙のテレビ欄のコメンテーター、ビム・デ・ヨング氏は、「番組を見て、私たちは(驚きで)口を開け、(称賛で)帽子を脱いだ。素晴らしくも見事な仕事だ。歴史的なテレビ番組になった」と書いたそうだ。

―かつては衝撃的内容も

 これまでに「ビッグ・ブラザー」形式のリアリティーTVは様々な衝撃的場面を放映してきた。ネットで過去の例を検索してみると、例えばオランダでは「襲撃と飲み込み」と題された最近の番組では、メインとなった人物が麻薬吸引や様々な性的搾取の行為に関わった。「パティーの要塞」という番組では浣腸を受けた人物の排泄物が画面一杯に映し出された(!!)。 

 2005年に放送予定だった番組では精子提供者にスポットを当て、ある女性がカメラの前でどの男性を子供の父親にするかを選ぶ様子を撮影するという企画を立てたものの、オランダ国内で強い反対の声に押され、企画はお流れに。

 英国のケースでは、米俳優シルベスター・スタローンの元妻で女優のブリジット・ニールセンさんと、スタローンさんの母(つまりニールセンさんの元姑)が番組に出た。スタローンさんの母を怖がるニールセンさんにとって、非常にプレッシャーのきつい番組となった。また、性行為をした男女もいるようだ。性行為の場面そのものはものかげに隠れて見えなかったけれど、性行為があった、とされているようだ。精神不安定な参加者が、番組終了後、心理的ダメージを受けた場合もあった。

―オランダの「偉大な臓器ショー」の意味

 今まで、「ビッグ・ブラザー」と言えば悪質な、悪趣味な、という形容詞がよくついていたけれど、若者層を中心に視聴者は多い。先週始まった英国の「ビッグ・ブラザー」も初日の視聴者は600万人。バックグラウンドとして、テレビをつけっぱなしにし、見るともなく見ている、という人が多いと聞いた。

 しかし、今回のオランダの番組は、衝撃的な方法を用いながら、善いことを達成した(臓器移植に関する理解を高める、オランダの厳しいと言われる臓器移植法の緩和・改正を提唱する、究極的には1人でも臓器移植を待つ人が臓器を提供されることで命が助かることを目指す)という意味では珍しい事態となった。

 こういうこともできる、ということで、「ビッグ・ブラザー」形式の番組のバラエティーが一つ増えた感じがした。そういう意味で画期的かつ意義があるのではないかと思った。

 ただ、オランダの政治家などで、「確かに目的は善いことだったかもしれないが、こんな方法でやる必要はない」という声があったのは確かだ。
by polimediauk | 2007-06-05 20:14 | 放送業界