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川崎重工製のN700系新幹線の亀裂箇所は痺れる設計だった

川崎重工製の新幹線台車に亀裂が入っていたインシデント、ショッキングな破損画像と「安全神話」が謳われる新幹線の問題ということで、大きく取り上げられています。

川重、事故招きかねず悪質 新幹線の台車亀裂 :日本経済新聞

この件で川崎重工が報告書を公開しています。破損部の構造や製造工程、具体的な数値まで載せてあり設計者として読んでいて楽しい報告書なんですが、 問題個所が製造的な観点からしてあまりに厳しい設計に見えたので、ちょいと反応したくなりました。

問題の箇所

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(引用元:川崎重工説明資料)

問題個所の模式図です。問題の部品はコの字のプレス板材を抱き合わせて、曲げ先端同士で溶接しています。凸部は平面が欲しかったらしく、コの字部品がプレス加工だけで平面を出せなかったところを、削ってつじつま合わせをしたということですね。

曲げ先端に精度を要求する、痺れる設計です。プレス設計やった人ならわかると思うんですが、これ製造的に滅茶苦茶キツイ要求なんですよね。

プレス加工とは

プレス加工、ざっくり言うと凄い荷重で板材を変形させて形を作る加工法です。
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一発曲げて形状が出てくれれば何も難しいことは無いんですが、曲げ加工のあとに材料は自身の張力で少し戻ります。これをスプリングバックといい、強度が高い素材ほどこの戻りが大きいです。 問題の起きた部品は強度部材ということで、曲げ加工に精度を求めるのがそもそも難しかったのでは…と思います。

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加えて、曲げの根元が直角ではなく丸まった形状になっています。(R曲げと言います)通常、曲げを直角に近づけたい場合は曲げの根元を直角にし、さらにパンチを根本だけ出っ張らせて板材に食い込むようにさせます。これをストライキングといい、曲げの寸法を出すには必須です。ところが、問題の形状は丸まっており、スプリングバックが起きやすい形状となっています。

むかしプレス屋さんに検討してもらったんですが、板厚0.4mmのSUS304を高さ4mmのR曲げにして、先端のバラつきが0.3程度になるといわれました。今回は材料の張力も、曲げの高さも比較にならないくらい厳しい条件ですが、精度は0.5mm以下で要求されています。痺れますよねー。

製造をおろそかにしてはいけない

ここの設計難しかったと思うんですよ。プレス加工してるのは、切削だと削り量が多すぎて作れず、鋳造では強度が担保出来ないからでしょう。R曲げも強度事由だと思います。この形状じゃないと強度と重量のバランス取れなかったのかなと、形状が訴えてくるようです。

でも製造に無理を押し付けても、作れないものは作れないんですよね。作業指示をしていても、それが現実離れしているものであれば現場の人を苦しめるだけです。

特に、今回は図面公差範囲のバラつきの部品でも平面が出てなかった場合があると述べてあります。設計要求通りの部品が来てるのに、いざ組み立てると何故かうまく組み立てられない。現場としてできるのは部品を突き返して設計元に文句言って仕事をストップさせるか、削ってつじつま合わせをして製造を続けるかですね。報告書では「班長」の指示に問題があるようにも読めますが、そもそも設計が成り立っていないのです。

強度は板厚の3乗で効いてくる

最後に、強度はざっくり板厚の3乗で効いてきます。8mmの板厚が最薄で4.7mmになっていたそうですが、これは部分的に強度が8割減になっているってわけです。怖いですね。

設計は要求と製造のバランスを取る職だと思います。どちらかに偏ると、ろくなことが起こりません。無理をどこかに押し付けたツケは大きいぞ…と自戒の意味を込めて記し、〆とさせていただきます。

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