九州紀行【宮崎】~日南②『日本の棚田100撰坂元棚田』
- 2011/04/30(Sat)
九州紀行【宮崎】~日南②
『日本の棚田100撰坂元棚田』
昨日の続き・・・
日本の棚田100撰に選ばれている坂元の棚田に行って参りました♪
以外と棚田好きなのよねぇ~わたくし!
なんか見てるだけでホッっと懐かしい感じが大好き☆
勿論お米も大好きよぉ~
『坂元棚田』
坂元棚田は、日南市の最高峰である小松山(988.8m)の南斜面標高200mの麓に位置し、
小松山を水源の清らかな水が谷川から棚田へと流れ込んでいます。
棚田の元地は、集落共有の屋根を葺く茅を刈る原野で茅場とよばれていたところです。
その茅場が棚田へと変わっていったのは昭和の初めで、国の補助事業を導入して
大正の末から測量が始められ、昭和3年5月に坂元耕地整備組合を設立して
同年9月から本格的に工事が始められました。
工事は5年間、19,747円と、当時としては高額の費用をかけて昭和8年8月に約100枚、
5ヘクタールの棚田が完成しました。
石積みは全て現地の石を利用したもので、小さな自然石と大石を割ったものを
垂直に近い斜面に高く積み上げる技は大変難しく、専門の技術者を入れて工事は始まりました。
工事が進むにしたがって地元の人々も見よう見まねで技術を習得し、
十数枚の田が出来上がった頃からは、地区の人々を中心に家族総出で工事が進められたようです。
この棚田は馬耕を前提としており、全国的に類をみない幾何学的に整備されたもので
1枚辺り5アールの面積やあぜ道の幅などすべて馬耕の思想が見られます。
開田と同時に、灌漑用水工事も行われ、小松山中腹の赤ナメラ谷、
半四郎窯谷の二つの谷から約1500mの水路開削工事も進められました。
当時は渇水が激しく、田の表土も硬く、稲の収穫は現在の半分にも及ばない程でしたが、
農家の努力によって年毎に耕作し易くなり、徐々に増収へとつながってゆきました。
現在地元農家(平均64歳)13戸が約70枚、3.5ヘクタールの水田を耕している。
農林水産省は平成11年7月26日、文化的遺産や国土保全、
動植物生態系の維持などを果たしている役割を評価して「日本の棚田百選」に認定しました。
また、棚田保全活動のひとつとして農閑期にレンゲを蒔き、
毎年4月の第二週の土・日曜日には棚田一面がれんげの花で彩られる「棚田まつり」が行われ、
訪れる人々の心を潤しています。
『こちらが棚田です~・・・あれ?』
『レンゲ畑???』
『日南では早場米の田植えしてたのでこちらもOK?っと思ったらまだでしたぁ』
『気を取り直して・・・棚田全体が見える展望台へ』
『では棚田をごらんあれ♪です~』
『ジャンッ♪こちらが坂元棚田です!』
次回は・・・田植え後に行きたいなぁ~♪
未来に残そう美しい日本の美!
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