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2010年2月 6日 (土)

「対岸の火事」と北朝鮮

 「対岸の火事」という諺がある。向こう岸で起こっている火事は、自分に災いをもたらす心配がないとの意味から、自分には無関係でなんの苦痛がないことを言った言葉だったと思う。最近の北朝鮮の報道をみていると、報道姿勢は、ほとんど対岸の火事のような見方が気になる。

 

太平洋戦争中、大本営が報道管制をしき、特高を配置し、思想統制を行った暗黒時代と金政権との間にどれほどの違いがあるのだろう。それが、あたかも日本は長年にわたって民主国家であって、遠い過去に思想統制を置き忘れたような報道には違和感を覚えざるをえない。

 

あの思想統制の時代、果たして国内からの変革は可能だったろうか?少しでも戦争に反対を訴えた者たちは、何人も牢獄で死んでいったはず。日本は敗戦を通してしか、初めて民主主義が入って来たと言ってよいだろう。しかし、その戦争のために何百万人の命を犠牲になってしまった。

  

ときどき、北朝鮮の報道を聞いていて、戦慄がはしることがある。歴史に「もしも」という言葉はないのだが、日本が無条件降せず、連合軍との泥沼の戦争に入っていたらどうなったのだろう。

現在の北朝鮮の姿とその後の日本がダブッてくる。おそらく、大本営は、地下壕に本部を移し、ゲリラ活動で、占領軍に徹底抗戦し、国民にも強いたことだろう。さらに徹底した秘密主義、完璧な思想統制、天皇の神格化、軍人の既得権化と優位性の継続、生物兵器、核兵器やミサイルなどの新兵器開発、反戦主義者の弾圧と政治犯収容所送りが続けられたことだろう。北朝鮮が行っている国のリーダーである書記の神格化、思想統制、新兵器開発、政治犯収容所とどこが違うというのだ。 

 

北朝鮮の政治犯収容所に関するドキュメンタリー報道や出版は、かなりの数が見受けられるようになった。その冷酷さと、地獄のような生活は、私たちに戦後シベリア収容所に送られ、強制労働を強いられた日本軍兵士の悲惨さと重ね合わせることができるし、関東軍防疫部、第731部隊の行った残虐な人体実験を思いおこさせる。森村誠一は「悪魔の飽食」という本で、人体実験の詳細を記述したが、資金源まではさかのぼっていない。いったいあれだけの実験施設や、人員を投資するにあたって、最終的な許可をだした人間は誰だったのだろうか?当時首相であった東条英機が無関係だと言いきれるだろうか?

 

こう考えると、朝鮮問題は実は「対岸の火事」ではなかったことがよくわかる。私たちの国とまったく別世界で起きているように思う事など単なる幻想にすぎない。歴史の引き金がほんの少し異なったら、日本でも北朝鮮とまったく同じ事が起きていたのだ。

 

北朝鮮の問題解決には、外圧も含めた、人民の命を犠牲にしないソフトランディングこそが望ましいとは誰もが思うことだ。日本の歴史をふりかえれば、そこに北朝鮮問題を解決する糸口のようなものがあるのではと思えるのは考えすぎだろうか?

 

そのために、若い人には、中国や朝鮮半島に関する日本の近代史を、もっと重点的に学んでほしい。学校を卒業してからでなければ、中国や朝鮮半島で日本軍が何を行ったのかという歴史が学べなかったのは残念だし、多くの日本人が近代史を振り返らず、学校で学んだのみの歴史観で、外交や親善を行うのは、厚顔になってしまう。

 

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