ワインの価格上昇とこれから日本酒に起こること
追記;補足とコメント
近年のワインの価格上昇がすさまじい。
といっても値上がりしている銘柄/地域は全体から見ればほんの一部ではあるが、まあ凄い。
ブルゴーニュ・ボルドー・シャンパーニュ・あと一部カリフォルニアはこの10年程度毎年5~20%づつ値上がりしており、特にブルゴーニュについては10年前の倍の価格になっている銘柄も多々存在する。
これは主に需給バランスの問題で、中国をはじめとする需要増もあるが供給の問題も大きく、特にブルゴーニュについては2010年以降ずっとかなりの不作で(2017・2018は並か豊作)、生産量半減・8割減の年もあり、その為の値上げがあった。
そうした価格上昇に伴い、様々な問題が発生した。
まず、これまで買えていたワインが買えなくなった人・買わなくなった人が増えた。
5000円で買って飲めいたワインが、1万円になった時に、それを買おうと思う人はやはり多数ではないし、また日本の景気の問題でそれだけの予算感を持てる人は少ない。
レストランで使われるワインも、明らかにグレードが落ちた。ペアリングするワインは予算の問題もあり(他の国がもちろん素晴らしいこともあり)、メインになんとかボルドーかブルゴーニュのそこそこの物(5級や村名)を持ってくるといった程度になった。
ソムリエやインポーターはお手頃価格のワインを探すことがより求められるようになった。
ワインラバーや業者は、どこまで金を積めるか、できる限り速く金を用意できるかのチキンレースに突入した。
良いVTだった今年発売の1万円のワインと、そこそこのVTでしかない来年/再来年のワインの1.2/1.4万円を比較して、今のVTのワインをできる限り買うことが正解になる。
現時点では、自前のお金だけでなく、借りられるだけお金を借りて買うことが正解になっている。
こうした問題が日本で起こっていて、まあこれはこれで大変なのだが、地元の人に起こっている問題は恐らくもっと深刻なものだ。
2019/2にボーヌで行ったレストラン/バーで出てきた5~10EURのグラスワインに、値上がりの激しい有名村(シャンボールミュジニー、ジュヴレ・シャンベルタン、ヴォーヌ・ロマネ、ムルソー、シャサーニュ/ピュリニー・モンラッシェ)は無く、ショレイ・レ・ボーヌ、メルキュレ、サンロマンといったちょいマイナー村のワインばかりだった。
個人的には、あまり日本に入ってきていないワインの発掘や、マイナー村のテロワールの確認ができて楽しいのだが、しかし地元の人たちの気分はどうなんだろう。
過去、レストランで6EURでムルソーを飲めていたのが、今やグラスワインからムルソーが無くなり、ボトルでも40EUR程度払わないと飲めない。
地元で作っているワインが、地元で気軽に飲めなくなった。
日本でビールが高くなって第三のビールやチューハイ人気が出たのに近い問題が、よりローカルな文化の部分で発生したのだ。
地元の特産物が、世界的に人気になったため需給によるプライシングが通用する状況で、値段を上げていった結果、地元の人が楽しめなくなった。
これは今後、幾つかの日本酒に発生する/既に発生しつつある問題でもある。
日本酒の輸出量は増えており、今後とも増加していくことが予想される。
そして元々日本酒は価格帯が安く、美味しい日本酒でも4合瓶で1500~2000円の価格帯が中心で、一部高級なものが3000円程度、そして最高級品が5000円という感じだと思う。
(もちろん飛び抜けて高いものも存在するが、今回は平均的な話なので置いておく)
海外に輸出するのであれば、送料と関税と利益を考えると概ね日本の1.5~2倍の価格になるので、中心価格帯が3000~4000円、EURに直すと24~32EURになる。
お手頃シャンパーニュ、有名村ブルゴーニュ、ボルドー3級あたりが同価格帯で、昔安かったワインを今の値段で買うよりは、珍しい日本の酒を試しに買ってみようと思える価格帯でもある。
(同様に日本でも、5000円のワインより日本酒買った方がいいじゃん派がそれなりに増えている)
こうして日本酒の海外展開が増えていくことで、プライシングはより挑戦可能になっていく。
なんせ日本だけがデフレで海外はインフレなので、そもそも安いこともあって毎年5%づつ値上げをしても大して問題にはならないと予想できる。
そうして、恐らく2030年頃には美味しい日本酒は4合瓶で4000円、高級な物は7000円、最高級は1万円といった価格帯になり得る可能性がある。
その頃に日本がインフレをある程度経験できていなければ/格差の拡大を克服できなければ、とても普段飲みに開けられる酒では無くなっているだろう。
晩酌に平政のお刺身を食べながら、醸し人九平次 純米大吟醸を楽しんでいたオジサン(「酒はこのくらいの値段でいいんだよ」が口癖)は、それまで勤めていたメーカーの業績不振と共に給与が低迷する。しかしもはや転職を考えられる年齢でもキャリアでもなく、そしてオジサンは会社を裏切るようなことはしたくなかった。自身と日本の高齢化と共に、上昇を続ける社会保険料・消費税が、高くも無く、しかし低すぎる訳でも無い給与を直撃する。今月使える酒代は昔より減ったが、会社の人が減っても業務は減らず、日々は目の前の業務を懸命に掻き分けていくことで精一杯になっていた。オジサンがそうして日常を必死に保っている内に、日本酒は世界へと羽ばたき、大人気になっていた。ほんの10年前に毎晩飲んでいたあの程よい、しかし素晴らしい日本酒達は、あの時の倍の価格になってしまい、今の、そして将来を考えたこの財布にはあまりにも重くなってしまった。そうして、彼は腰痛になってようやく自覚した腹回りのことも考えて、糖質ゼロ月桂冠と鯖缶の晩酌を楽しむことになる。もはや彼には味を気にする余裕は無く、健康を気にしながらも辛い現実を酔って耐え忍ぶために買える範囲の酒を買い、かつては共にしていた筈の日本の文化の微かな残り香と共に朽ちていくのだ。
※既に現時点でもこうした会は既存の日本酒のプライシングを超え、殆どの日本酒ファンの参加できる会では無くなっている。僕ももう飲めくなると予想したので参加した。